ある日突然もう一人の妻が現れたら・・・(14)
元同僚のユカと会うのは久しぶりだった。
貿易会社で働いていたときは、朝から晩まで週5日どころか毎日会うときも
あった。
ユカは私の唯一の同期だった。
他にもいたが、ほとんどが辞めてしまった。
ユカとは新入社員の頃からずっと切磋琢磨して働いてきた。
入社した当初からサバサバしていて、かっこいい女子だなと思っていた。
ショートヘアにパンツスーツで颯爽と歩く姿は、まさにキャリアウーマンという感じだ。
私とユカは正反対のタイプだ。いつしか、こういう女性になりたいと思い
私は憧れていた。
そんな彼女は意外にもゴシップ好きなエンタメオタクだった。
英語を学び始めたきっかけも、海外のセレブや俳優のゴシップ記事が読みたかったからだそう。
自分の人生に刺激がないから、人のスキャンダルをネタに酒を飲むという。
幼いころ香港に住んでいたので、広東語も話せるトリリンガルだ。
丸の内の駅で待ち合わせをした。
「おーい。」とユカが手を挙げて颯爽と歩いてきた。
「ごめんね、出張前の忙しいときに。」
「なに言ってんの、それより久しぶりに会えて嬉しいよ!」
「まさか久しぶりの再会で、お互いこんな大きい問題抱えてるとは思わなかったけど。エミちゃんはどうしたの?」
「エミは今お母さんのとこにいるよ。今週末はとりあえず実家にいようと思って。」
「そうだよね。旦那の顔も見たくないでしょ?わかるよ。」
「離婚したときそんな感じだったの?」
「うん。もうなんなら匂いも嫌だった。それまで、そんな風に感じたこと
なかったのに。なんかもう存在が無理みたいな。」
「価値観の違いって言ってたけど、よっぽど許容できなかったんだね。」
「そう。まあ私も悪いんだけどね。もっと相手のことをちゃんと見定めてから結婚すればよかったなって。」
「交際から結婚まで3ヶ月くらいだったし、初めてのアプローチで舞い上がっちゃったんだよね。」
「確かに、結婚まで早かったよね。でも私は10年付き合ってもよく旦那のことわかってなかったけどね。」と言うと、ユカが突然立ち止まった。
「あんたは悪くないよ。10年付き合った上に、子どももいるのに裏切った
アイツが悪い!」と私の肩に手を置いてそう言った。
「だよね。ありがとう。」
ユカの歩くスピードが早いため、店にはすぐ着いた。
こんなに早く歩いたのは久しぶりだった。
いつもは娘の歩くスピードに合わせているから、息が上がった。
店に着くと、手際良くユカがいろいろと注文してくれた。
オフィス街にあるこのカフェは、以前は休日ともなると穴場だったのだが
今は休日にも関わらず外国人観光客などで賑わっていた。
おとといの一連の『事件』をユカに話した。
ユカは二言「きっつ。ほんと最低だな。」と言った。
彼女はゴッシプに慣れてるからか、自身が離婚の経験があるからか絶句することなく冷静だった。
「私はラッキーだったなと思う。確かに離婚を決断するまでは、私にはこの人しかいないと思ってたし。」
「この人に捨てられたら、私は生涯天涯孤独だなとも思ってた。」
「でもそれは子どもがいないから、自分だけの問題だからそう決断できたんだと思う。」
親友の言葉が核心を突いていて、身に滲みた。
私の目からは気づいたら涙が流れていた。
その涙が頰を伝って、テーブルにポタっと落ちた。
ユカがハンカチを差し出して、隣で背中をさすってくれた。
「泣きたかったら泣けばいいよ。」
その言葉を聞いて、私の目からはまた涙が溢れた。
人目をはばからず、わんわんと泣いた。
向かいの席の外国人観光客が、どうしたんだと言わんばかりに見てきて
私は我に返った。
「今が一番辛いと思うけど、必ず覚悟を決めなきゃいけない日がくるよ。」とユカは言った。
「うん。」私の中で覚悟は決まっていた。
「私も悩んでたとき誰にも相談できなくてさ。でも自分の親には話さないといけないなと思って。自分の親に話すのが一番しんどかったんだけどさ。」
「でも、話したらうちの親が意外と楽観的って言うか、悩んでるんだったらもう別れちゃいなさいって。離婚したらそれはそれで人生に箔がつくでしょって。」
「なんかその言葉聞いて、唖然としたけど、肩の荷がすっと降りてさ。結局は、うちの親も娘の幸せを願ってるんだなって気づいて。」
「早く孫の顔見せてよって言われてたから、もう孫の顔見せられないのは申し訳ないけどさ。」
「そんなのまだわからないじゃん。」
「いや、私たぶん独身でいるほうが幸せなんだよね。」
「誰かに縛られたくないって言うか、自分の時間もお金も自由に使えるし。
結婚が幸せって思ってたけど、そうでもないかもって。」
「確かに、そうだね。結婚だけじゃないよ、人生の幸せは。」
「自分以外の人生を背負ってるメグは偉いよ。」
「なにかあったら、またいつでも話聞くから。」
「ありがとう。そういえば、仕事はどう?」
「新人?1人は見込みあるけど、あとの2人はもう辞めそう。」
「メグ、仕事戻ってみる気ない?出張は私とか他の人が行くから内部の
サポートできる人探してて。」
「私は性格きついから向いてないけど、メグは人当たりいいし、そういうの得意じゃん。新入社員の教育もメグのほうが全然上手だった。」
「落ち着いたら考えてみてよ!」
「うん、ありがとう。」元同僚の思いがけない言葉に驚いた。
彼女は人のことをあまり褒めないのに、私のことを認めてくれていたことが知れて嬉しかった。
ユカは相変わらずかっこいい女性だなと思った。