ある日突然もう一人の妻が現れたら・・・(9)
気がつけば年も明け、あっという間に春になろうとしていた。
3月でもまだ夜は寒い。
新学期や新生活に向けて、世間でも希望と不安が入り混じる時期だ。
「進級すると、上履きとか用意するものも増えるのか。」
私は、保育園からの便りを見てそう呟いた。
「しんきゅうってなーに?」
「お姉さんになるってことだよ〜」
「もうエミ、おねえさんだよ?」
「そうだね。保育園のお友達も一緒にお兄さん、お姉さんになるんだよ。」
娘は変わらず、クリスマスにもらった人形を大切にしている。
「アキちゃん」という名前をつけていた。
保育園に連れて行くんだと駄駄を捏ねる日もあった。
いつものように夕食を終え、後片付けをしていた。
洗い物をしていると、夫と娘が笑いながら遊んでいる声が聞こえた。
洗い物を終えたら、あとは寝るだけ。
長いような短い1日を終えようとしていた。
……
『ピーンポーン』とチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だろう?」と言うと、夫が「出るよ。」と言った。
夫が何かをネットで注文したのかと思い、私は娘と寝室に行った。
玄関のドアが開く音がした。夫が小声で話している。
でもそれは、ただ配達員と話している雰囲気ではないと感じた。
様子が変だと思い、寝室を出ると、女性の声がした。
「寒いけど、ここでちょっと待ってて。」と夫の声がした。
この違和感はなんだと思いながら、私は廊下に出て玄関を覗いた。
そこには抱っこ紐をした女性が、スーツケースを持って立っていた。
誰なの?と目で夫に訴えた。すると夫は私のほうに歩みながら言った。
「今から説明するから、落ち着いて聞いてほしい。」
「なんなの?」
「いきなり連れてきてすまない。もっと前にちゃんと説明するべきだった。」
娘が人形を連れて「ママ寝れないよ〜」と寝室から出てきた。
「アキちゃんと羊を数えて、先に寝ててくれない?」と言って、寝室に行くように促した。
娘は不服な顔をしながらも、ただならぬ雰囲気を感じてか寝室へ戻った。
廊下に戻ると、夫がゆっくりとドアを閉めていた。
あの人たちの姿は見えなくなった。
私は再び、「いったいなんなの?あの人たちは誰なの?」と夫に尋ねた。
「……」夫はしばらく黙っていたが、覚悟を決めてこう言った。
「もう一人の妻と子どもだ。」
私は夫の言っていることが理解できなかった。
何かの悪い冗談かと思った。
「何がしたいの?ドッキリかなんかやってる?」と私は言った。
「信じたくないと思うけど、事実なんだ。」
ドアの外で赤ちゃんの泣き声がした。
「外で待ってるのも寒いから、入れてやってもいいか?」
「嫌だよ!どこの誰かもわからない人たちを家に入れるなんて。」
「だいたいこんな夜遅くに、赤ちゃんまで巻き込んでどうかしてるよ。」
「泣いてるのは俺との子どもなんだ。上の子は連れ子だけど。」
「は?」
夫が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
「近所迷惑になるから、とりあえず入ってもらおう。」と言って、夫が玄関のドアを開けようとした。
私はわけがわからなくて、パニックになった。
もう何の声も聞こえない。目の前もぼやけて見えない。
夢に落ちるときのような感覚と、意識が遠のいているということだけはわかった。
しばらくして、頬に硬くて冷たいものを感じた。
遠くで、娘が「ママ〜」と泣き叫んでいる気がした。