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ハンニバル vs クラリス

" ハンニバル・レクターが神の意図について思いを凝らすことは絶えてなかった。例外があったとすれば、神による殺戮に比べれば自分のなす殺戮など何程のものでもないと思い知ったときくらいだろう。まこと神はその皮肉において比類なく、その気まぐれな悪意において計りがたい存在と言えよう。"

 私は小説を先に読み、映画「ハンニバル」を観たのでびっくらこいたのを覚えています「お、終り方が ま、真逆じゃん!クラリスが脳みそモリモリ食わないじゃん!」と。こうも小説と映画で結末が全く違い、真逆というのも凄い!それが小説「ハンニバル」です。

 小説「ハンニバル」は1998年に刊行、「羊たちの沈黙」からちょうど10年ぶりの続編で、小説の中でもちょうど10年(正確には9年で1997年の物語として始まり2000年の新ミレニアムで幕を閉じる)の月日が流れクラリス32歳という設定で始まります(明らかに彼女の結婚適齢期、仕事のキャリアの転換期を意識した描かれ方をしています)。

“ クラリスがFBIの訓練コースで好成績をあげたのは頼るべき後ろ盾を何も持たなかったからだった。その彼女がFBIで目覚しいスタートを切りながらその後停滞を余儀なくされたのは初めて味わう苦渋の体験だった。それはさながら壜(びん)に閉じ込められた蜂のように、ガラスの天井にぶつかっては跳ね返される毎日だったと言えよう。 ”

 クラリスの夢は上司のクロフォードがいる科学捜査班に入る事でしたが、それは今だに叶わず、彼女は現場で働いているという設定で小説は始まります。

 そして今回のクラリスは"トラウマ"的なものを抱えていません(「羊たちの沈黙」で解決したトラウマ等をもう一度掘り起こして物語を作ってはいないのです)それじゃあ小説「ハンニバル」でクラリスが直面する問題(テーマ)とは?

 それは、FBIという組織、権力、もっと言うと はるか昔から“女性”を食い物にしレイプし続ける “ 男(根)社会というシステム ” です。

 愛人になることをクラリスに断られ、彼女のキャリアを裏で潰しているクレンドラー。このクズ が、“女性” を食い物にしレイプする“男(根)社会というシステム”の象徴として登場します。

 小説「ハンニバル」には「羊たちの沈黙」に出てきたバッファロー・ビルのような殺人鬼畜は登場しません。なぜなら、「ハンニバル」では組織にいる金持ちや権力者たちの中にこそ “女性” を食い物にする鬼畜野郎がいるのだ!という構図になっているからです。

ハンニバル : “ 君の両親は上司たちにおもねるのを望んでいるだろうか?君は自分の望みしだいでいくらでも強い人間になれるのだ。君は戦士なのだよクラリス。最も安定した元素は周期律の真ん中、ほぼ鉄と銀のあいだに現れるのだクラリス まさしくきみにふさわしいではないか。 ”

 そしてクラリスの代わりに今回"トラウマ"を抱えて登場するのは驚くことにハンニバル・レクターの方なのです!

"ハンニバル・レクターの両親を死に至らしめ、彼らの領地の広大な森に鋭い爪痕を残した戦闘において熾烈な砲火や機関銃火を生き延びられた動物はわずかしかいなかった。森の狩猟小屋を占拠した脱走兵の一団は目に入るものを手あたり次第に捕えて食べた。あるときは彼らは哀れな子鹿を見つけた。当時六歳だったハンニバル・レクターはそれを厩(うまや)の扉の隙間から眺めていた。脱走兵たちは、ひょろ長いその四肢をつかんで地面に倒すと喉に斧を振り下ろした。"

"最初脱走兵たちはハンニバル・レクターの太ももや二の腕をまさぐった。それから彼の代わりに妹のミーシャを選んで連れ去ったのである。妹が戻ってきますようにとハンニバルは懸命に祈った。六歳の少年の頭の中は祈りの言葉で沸きだった。それでも振り下ろされる斧の音は鼓膜に伝わってきた。妹の姿を再び見たいという彼の祈りはまったくかなえられなかったわけではなかった。彼は脱走兵たちが便所代わりにしていた糞便の穴の中でミーシャの乳歯を何本か見つけたのである。"

 このくだり(わずか2ページ)で描かれるレクターの強烈な"トラウマ"(「ハンニバル・ライジング」の元ネタ) それは妹"ミーシャ"の存在。


 そしてついに レクター博士はクラリスの支配されているもの ―“ 男(根)社会というシステム ”=クレンドラーからの 解放・自由にさせるため再び彼女の前に現れます。

 クライマックス、ここでレクターとクラリスは小説「ハンニバル」の中で初めて会いまみえます。そして読んだ人 誰もが驚いた、二人によるラップ・バトルならぬカウンセリング・バトルが始まるのです!!


 負傷したクラリスを隠れ家で治療するレクター。

" 看護の合間には包肉用紙の束を手に安楽椅子に座って数式の計算に没頭する。増大するエントロピーに時間の方向性を規定させてはならない。増大する秩序こそが時間の方向性を指し示すことを彼は望んでいる。ミーシャの乳歯が糞便の穴から元に戻ることを望んでいる。この世にミーシャのための場所を確保したいという絶望的な思いがある。いまクラリス・スターリングが占めている場所こそがあるいはその場所なのだろうか。

 香しいほの暗闇の中でクラリスは目覚めた。

「今晩はクラリス」「今晩はレクター博士」"



 長くなったので クラリス vs ハンニバル ② に続きます。 

とっととオチを書きたかったのですがこの小説「ハンニバル」はオチだけ書いても、さっぱりワケが分からないのでキッチリ設定、ネタを振りました。

ちなみにドラマ「ハンニバル」では鹿がモチーフとして使われ、たびたび登場します(鹿は信仰や洗礼を求める者を象徴するもの)が、実はレクターにとってミーシャを失った時の (レクターが食べたのは鹿肉だと思っていたけど実はミーシャの肉だったオチが描かれる「ハンニバル・ライジング」)"トラウマ" が元になっているのです。決してアホ シーンではありません (アホだけど )。

クラリス vs ハンニバル ② https://note.com/decline5/n/nc5af162348c9


ではまた。




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