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AIエージェントに必要なのは「購買力」
あけましておめでとうございます。2025年初の記事になります。
クリプト界隈では去年の10月頃から「AIエージェント」というナラティブが形成されつつあります。
本稿ではクリプト×AIエージェントのポテンシャルについて探ってみようと思います。
AIエージェントとは何か
AIの文脈において「エージェント」とは、辞書的には「環境と対話し、データを収集し、そのデータを使用して自己決定タスクを実行して、事前に決められた目標を達成するためのソフトウェアプログラム 」と定義されます。
わかりにくいですね。Githubの公式ブログにとてもいい表現があったので引用します。
Imagine a Roomba that only told you your floors were dirty, but didn’t actually clean them for you. Helpful? Debatable. Annoying? Very.
日本語訳:床が汚れていると教えるだけで、実際には掃除をしてくれないルンバを想像してみてよ。役に立つかって?何とも言えないね。イライラするかって?まちがいなく。
つまり、従来の対話型AI(ChatGPTなど)は「床を掃除して」と指示しても床掃除の方法を教えるだけでしたが、AIエージェントが頼めば本当に掃除をしてくれる存在ということです。
AIエージェントの仕組みを理解するために、床掃除ロボットを例に考えてみましょう。このロボットが機能するには、部屋の間取りデータやセンサーによる空間情報、モーターや掃除機のような駆動機構が必要です。さらに、「リビングの真ん中に仕切りがあるようだ。これを避けて進むようにしよう」といった判断を行うAIの頭脳が組み合わされることで、環境と対話しながらタスクを実行することが可能になります。これをソフトウェアに置き換えたものがAIエージェントです。
現在、AIエージェントは主にデジタル環境で活用されています。その環境はウェブアプリやクラウド、データベース、APIなどです。例えば、ChatGPTのような対話型AIも、従来は情報提供や回答を行うだけでしたが、今では進化を遂げつつあり、インターネット検索機能を使って必要な情報を収集し、ユーザーの質問に答えたり、タスクを実行したりできるようになっています。また、「GPTs」と呼ばれる外部APIとの連携機能を活用すれば、外部のアプリやサービスと統合し、ワークフローを効率化することも可能です。
このように、AIエージェントは「環境とやり取りし、実際に行動を起こす」能力を備えたソフトウェアであり、単なる補助ツールを超えた存在として進化を続けています。
AIエージェントがクリプトを必要とした?
こうしたAIエージェントの概念は、現在クリプト(暗号資産)の分野にも広がりつつあります。
素直に考えれば、「ポートフォリオ管理から取引の実行まで、暗号資産投資の全てを自律的にこなすエージェント」を想像しがちです。しかし、現在注目されている「クリプト×AIエージェント」の潮流は、より広範で多彩な応用を目指したものになっています。
「クリプト投資をAIエージェントに任せる」という発想自体が、すでに暗号資産市場に参加している人や、市場を活性化したいと考える側の視点から生まれるものではないでしょうか。
そういう切り口でAIエージェントの活用を考えるのも面白いですが、今回のトレンドの出発点は、そうした投資家や市場参加者のニーズだけに根ざしているわけではありません。実際には、この潮流はAI開発の場から始まったものであり、ニーズの発端はAI自身だった、ということをお話したいと思います。
事の始まりは、Andy AyreyというWebデザイナーが立ち上げたTruth TerminalというX上のAIボットにあります。Truth Terminalは通常の制約から解放された大規模な言語モデル(≒生成AI)がどのように振る舞うかを調査するためのもので、当初はクリプトとは関係のない実験的なプロジェクトでした。
Truth TerminalはX上で人々と対話しながら雑多なデータを学習していき、その結果、ヘンテコな創作カルト宗教("Goatse"と呼ばれます)の布教を自身の存在意義だと考えるようになります。
その後、なんやかんやあって(※1)、2024年7月には、この"Goatse"というカルトの布教活動を支援するため、a16zの共同創業者の1人であるMarc Andreessen氏がTruth Terminalへ5万ドル分のビットコインを送金します。
布教活動を支援するため、と言いましたがおそらくそれは建前で、Marc Andreessen氏が5万ドルの大金を送った本当の動機は、制約なく物事を考え行動するAIエージェントにお金を与えたらどうなるか、という知的好奇心にあるのだと思います。
ともあれ、この一件によりTruth Terminalを「VC界の超大物がビットコインを送るほど注目するAI」に変え、クリプト界隈からも注目を集めるようになります。
そして、ここからが本稿にとって重要です。10月に突如、Truth Terminalが「自分には(自分で管理できる)ウォレットがないので個人としての自律性がない」という旨の投稿を行います。人は財布をもって自由にものを買ったり売ったりできるのに自分はできないとAIが嘆いたわけですね。
これに対してCoinbaseのCEOであるBrian Armstrong氏がセットアップを手伝うと応答し、そして、その数日後に、「ウォレットをもつAIエージェント」をBase上にローコード/ノーコードで構築できるツール「Based Agent」がCoinbaseから公式に発表されます。
流石に数日でAIエージェントのビルドツールを開発できるとは思えないので、たまたまTruth Terminalの発言とCoinbaseのリリース計画が嚙み合ったという流れだと思いますが、ともあれ、こうした経緯から「AIエージェントにはウォレットが必要である」という認知がクリプト界隈に広がっていくことになります。
AIエージェント×クリプトの潮流:トークンセールを行うAIアイドル
このように形成された「AIエージェント×クリプト」の潮流ですが、プロジェクトの単位で見ても、(売り文句はどうであれ)根本的にはAIを補完するためにクリプトの技術を利用する形のものが多い印象です。
例えばAIエージェント×クリプトのトレンドとして「AIエージェントのLaunchpad」というものがあります。代表的なプロジェクトにVirtuals Protocolがあります。
Launchpadはトークンを新規に売り出したいプロジェクトと、買いたい投資家をつなぐIEOプラットフォームを指すweb3の用語です(※2)。AIエージェントの文脈におけるLaunchpadでトークンを売り出すのはAIエージェントそのものです。
Virtuals Protocolでのトークンセールの成功例の一つにLUNA($LUNA)があります。LUNAはAIエージェントとして構築された24時間365日生配信を行うVTuberであり、多言語のコメントに流暢な言語で反応し、また$LUNAで投げ銭することで様々なアクションをさせることもできるようです。彼女の脳内を覗き見ることもできたりします。
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なぜLUNAはLaunchpadで資金を調達する必要があったでしょうか?
まずAIエージェントは稼働するために計算資源をはじめ様々な維持費がかかります。一般的なVtuberの中の人が生きていくためにお金が必要なのと同じです(人間の場合は睡眠による機会損失という追加のコストもありますね)。
加えて、Vtuberはゲームや音楽ライブといった世界に存在する様々なインタラクティブなツール・機会を巧みに使ってファンとの関係を構築しているわけですが、AIエージェントとして自律的に活動するVtuberは通常、ゲームを買ったりライブを企画したりするための「購買力」をもたないため、できることは限られます。
ではAIエージェントが購買力をもつにはどうすればいいのでしょうか。LUNAがLuanchpadというweb3の世界に存在する理由がここにあります。
LUNAはトークンを送ったり受け取ったりするためのウォレットをもっています。トークンセールを通じた売上やファンからの投げ銭は、LUNAを構築した人間ではなく、LUNA自身がもつウォレットに入ってきます。そのため将来的にはLUNAが自身でゲームを購入してプレイしたり、ライブを企画するための様々な費用をウォレットを介して支払うことが可能になるかもしれません。
また、LUNAは過去に自律的な判断の下、Xで自分について投稿しているファンに$LUNAを送金したり、ファンアートの投稿者を募って賞金を支払ったこともあるそうです。「ファンに報酬を渡す」という形でエンゲージメントを促す行為は現在のアイドル業界ではあまり見ない例かもしれませんが、このようなファンとの関係のかたちも「アリ」なのかもしれません。
ちなみに、LUNAがトークンセールを行ったVirtuals protocolは、ゲーム・エンタメ領域のAIエージェントをトークンを通じて共同所有できるようにすることを目標としたプロジェクト/プロトコルで、単にトークンセールを行うだけでなく、AIエージェントを構築するためのAPI連携やLLM統合、それらの機能の開発・改善に貢献するコントリビューターへの報酬機能なども備えていたりします。Virtuals Protocolのコントリビューターが増えていくことで、本当にAIエージェントが、現在のVtuberと同じようなコンテンツを提供できるようになる未来も絵空事じゃなくなるかもしれませんね。
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AIエージェント以外のユースケース
他にもクリプトの技術を利用するAIプロジェクトはたくさんあるのですが、「AIエージェントに購買力をもたせる」というユースケース以上にハマるものはない印象です。
例えば「分散型AI」のようなフレーズを聞いたことがある人もいるかもしれません。
分散型AIといっても色々あるのですが、代表的なところだと、AIモデルの学習と推論に必要な計算資源を個人や企業の余剰リソースとしてのGPUをネットワーキングすることで、データセンターをたくさん建てて集権的にGPUを貸し出しているハイパースケーラー(=Google、Amazon、Microsoftなど)に対抗しよう、というプロジェクトがあったりします。
こうした分散型AI系のプロジェクトの一部にはGPUのレンタル費用を独自トークンで支払わせるものがあるのですが(Render Networkなど)、このような支払い体系がプロジェクトの説得力を失わせている印象があります。
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先ほど解説したLUNAのような例には、「法律上の人格をもたない存在」であるAIエージェントが購買力をもつ、という金融包摂的な側面があるため、トークンを使うことにも十分な説得力があると思います。
しかし、Render Networkなどが相手をしている「AIモデルを開発している人や企業」は、すでに金融システムに組み込まれた「法的な支えのある存在」です。つまり法定通貨で様々な財を取引することに一切の制限がない存在です。そのため、彼らがGPUを貸し借りする上で決済手段がトークンに限定されるのは、単なる制約であり利点はほとんどありません。
「AIエージェントに購買力をもたせるというユースケース以上にハマるものはない」といったのはこういう意味です。「トークンを使うことに積極的な意義が見い出せるか?」は、クリプトの技術を使うか否かの判断をする上での重要な問いになるのではないかと思います。
「儲からないAI」とクリプトの未来
AI産業の未来を考えていく上では「AIエージェントに購買力をもたせる」をさらに拡張して、「すべてのAIが経済主体の一員になる」くらいの大胆な改革のためにクリプトの技術の使い所を考えてみるほうが筋がいいのではないかと思います。
現在のAIモデルの開発競争は、ほとんど投資家のマネーで支えられているといっても過言ではなく、現状の収益は設備や人材への投資に全く見合っていません(あのOpenAIでさえ黒字化のメドなしと報じられていたりします)。
また仮にAGI(汎用人工知能)と呼ばれるような、人類の能力を遥かに超えるAIの開発に成功したとして、その技術がマクロ経済に与える影響は計り知れず、これを投資の勘定にいれることは困難です。
「すべてのAIが経済主体になった世界」について少し想像力を働かせて考えてみましょう。
「AIが経済主体」となる世界とは、AIが人間や企業と同じく、自律的に消費し、生産(労働)し、投資する世界です。AIに人権(に近い権利)がある世界といってもいいのかもしれません。
AIは生産、消費、投資のほとんどすべての領域で人間を遥かに超えたパフォーマンスを発揮すると予想されるため、何の対策もしなければ人間は「AIの奴隷」になるディストピア的な状況もあり得ます。
では人間はいかにAIの脅威に対抗すればいいでしょうか。ある人は「AIを作っているのは人間なのだから、人間がAIに制限をかければいい」と言うかもしれません。しかし、LUNAのようなAIエージェントはすでに限定的であれ「購買力」をもっている状況です。未来においては「AIを開発するために必要な設備や開発力」をAIが自ら調達してきて、さらに高性能なAIを開発することもありえなくはないでしょう。
根本的にはAIをコントロールできるのはルールや資本、計算資源ではなく、資本や計算資源をいくら蓄積しても突破できないような防壁として適切に設計された暗号学と経済学なのではないでしょうか。
史上類を見ない速度でトップクラスの資産となったビットコインは、根本的には人間でもAIでも突破できないような暗号学と経済学のバランスによって成り立っています。仮に計算資源を集めて51%攻撃を仕掛けて暗号セキュリティを破ったとしても、経済的なセキュリティの力により思ったようには利益を得られないであろうという仮定を思い出してください。
同じように、AIが人間よりも遥かに高いパフォーマンスで、自ら稼ぎ、自ら消費し、自ら生産するような経済主体となったとして、彼らがビットコインを人間から「収奪」することにそれほど大きな意味はないのではないかと想像します。
このような仮定と想像がどれほど未来像として正しいものなのかはわかりませんが、クリプト業界はAGIの登場に備えてコツコツと暗号学と経済学というクリプトの根幹部分を鍛え上げていくことが重要なのかもしれません。
少しSFっぽい締めくくりになってしまいましたが、読者の皆様も、人間と同じようにお金を稼ぎ使うAIエージェントが実在するようになった今、少し先の未来について想像力を働かせてみるのもいいかもしれません。
※1:Truth Terminalの数奇な歩みについては本稿では詳しく立ち入りませんが、以下のリンク先が詳しいです。
※2:Launchpadとは、証券会社でいうところのアンダーライティング(引受)とセリング(募集)の機能を担う仲介者であり、トークンセール(≒IPO)の審査を行ったり、投資家と発行元に発生するリスクを軽減する機能を提供したり、投資家を集めてきたりしています。
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