web3は既存のロイヤリティプログラムの課題をどう改善しうるのか
こんにちは、Decentierでリサーチャーをしている聖・マーくんです。
つい最近、大手クレジットカード会社のVISAが企業向けにweb3を活用した新たなロイヤリティプログラムを開始すると発表しました。その全容はまだ明らかになっていませんが、ゲーミフィケーションや拡張現実(AR)を応用して顧客が特典付きのデジタルコレクションなどを受け取ることができるようです。
VISAの顧客の中には「クレジットカードと言えばVISAだから」という理由でVISAを使っている人も多いと思います。私たちは無意識のうちにVISAが提供するロイヤリティプログラムの恩恵を受けており、それに満足してVISAの顧客であり続けています。
世界中でVISAの会員数は20億人以上、加盟店数は5000万店舗以上と言われており、世界最大のロイヤリティプログラムを展開しているとも言えます。それだけの規模を有するVISAがなぜ新しくweb3ロイヤリティプログラムを開始するのでしょうか。
本稿ではweb3が既存のロイヤリティプログラムの課題をどう解決しうるのかについて考えていきます。
既存のロイヤリティプログラムの役割と課題
インターネットを介して次々に新しいサービスが誕生する時代においては、どれだけ顧客の満足度と忠誠心(Loyalty)を高めるかが重要になります。企業は顧客を単に満足させるだけではなく、どうすればサービスを長く頻繁に利用してもらえるかを考える必要があります。そのための仕組みとしてロイヤリティプログラムの導入が進んでいます。
最も原始的なロイヤリティプログラムとしては飲食店などが配布するスタンプカードや商品クーポンがあります。例えばラーメン店に10回来店すると次の1杯が無料になるなど、利用回数に応じて商品やサービスを特典として付与するものが一般的です。
また、今ではお金として使えるポイントをサービスの利用金額に応じて一部還元する手法が主流となっています。楽天ポイントやTポイント、Pontaポイントなど各社が独自のポイントを発行し、顧客がポイントを色々なサービスで利用できる「ポイント経済圏」という領域も広がっています。
最近では各社が提携することでロイヤリティプログラム間の互換性を持たせる動きも広がっています。これにより、顧客は異なるブランドやサービスでポイントを獲得し、そのポイントを商品・サービスと相互に交換できます。
このようにロイヤリティプログラムの発展が進む一方で、企業ごとに似たようなプログラムが乱立し、以下のような課題も生まれています。
プログラムの差別化が難しい
ロイヤリティプログラムは基本的に顧客接点となる商品購買時に何かしらの特典を付与することが多いため、どこも似通ったようなスタンプカードやポイントシステムになってしまい、企業間の差別化が難しくなってしまいます。すると顧客側にとってもプログラムごとに特徴や利点を理解することが難しくなり、本来の顧客エンゲージメントを高める効果が薄れてしまいます。
最近では、顧客の好みや行動に基づいてパーソナライズされた報酬を提供したり、チャレンジやゲーム形式の要素をプログラムに組み込んだり、商品購買時以外でもならではの体験、価値を顧客へ提供するために様々な工夫が検討されています。詳細は後述しますが、暗号資産やweb3もそのための新しい技術として注目されています。
大手企業に集中している(中小企業の参入が難しい)
スマートフォンの普及もあり、今ではロイヤリティプログラムの多くがアプリの形へ移行しています。しかし、大手企業は抱える顧客が多いため規模のメリットによって移行がスムーズですが、中小企業は自前でシステムを用意することが難しいため、未だに物理的なスタンプカードなどを配っている業者も少なくありません。
ポイント経済圏で見ても、楽天をはじめとする大手企業に資本が集中しており、中小企業が新しくポイントを発行して規模を拡大することは極めて困難です。そのため中小企業は独自のポイントシステムを細々と展開するより、既存のポイント経済圏に乗っかる方が顧客エンゲージメントの向上のために効果的になります。
プログラムが独立的かつ閉鎖的となっている
先述の通り、ロイヤリティプログラム間の連携は進んでいますが、それでもなおプログラムの数だけ独立してシステムが存在し、それらを繋いで維持するコストが大きくなっています。相互に顧客データを共有し合うため、顧客のプライバシー保護についても企業が十分に気をつけなければならず、管理が複雑化します。
また、個々のシステムが閉じているため、顧客はプログラム内で得たポイントや特典を提携先を除いて外部とやり取りすることができません。これは、企業のブランド戦略によってクローズドが良いのか、オープンが望ましいのか方針が分かれるところです。しかし、プログラムの数が増えているからこそ、オープン化は顧客に広範な選択肢を提供するために検討されて然るべきです。
web3ロイヤリティプログラムの特徴
ロイヤリティプログラムを言い換えれば、自分たちが抱える顧客に対してどのように管理・アプローチし、彼らのサービスへの貢献度を高めるかというものです。つまり、顧客の管理と動機付けで成り立っています。
このように捉えた時に、web3の根幹をなすブロックチェーン技術は、顧客データベースとしての機能とトークンインセンティブの機能を備えており、ロイヤリティプログラムとの相性が非常に良いと考えられます。
プログラムの差別化が難しい
大手企業に集中している(中小企業の参入が難しい)
プログラムが独立的かつ閉鎖的となっている
先ほど挙げたロイヤリティプログラムの課題もweb3によって全て解決される可能性があります。具体的な特徴を見ていきましょう。
NFTが示す新たな報酬の形
冒頭のVISAの事例でも紹介したように、ロイヤリティプログラムの新たな報酬としてNFTを活用したデジタルコレクションが検討されています。NFTは顧客のサービス利用状況やステータスなどをブロックチェーン上で証明することができ、それを権利証として追加の特典を付与することもできます。例えば、VISAの月次利用額が1000万を越えた顧客にNFTを配布し、VIPとして様々な特典を与えることなどができます。
またNFTの情報を条件に応じて書き換えることでゲーミフィケーションの要素も加えられます。業界では「Dynamic NFT」とも言われていますが、この技術を活用することで月あたりの来店回数や購入履歴、移動距離など任意の条件で顧客のグレードを変化し、グレードごとに異なった特典を付与することもできます。
公共システムとしてのブロックチェーン
web3ロイヤリティプログラムの最大の特徴はブロックチェーンが共通インフラとして機能することです。企業は一からロイヤリティや顧客管理のためのシステムを構築する必要がなく、サーバーの維持コストもフロント部分を除けばブロックチェーンが代替してくれるため、中小企業であっても比較的容易に独自のプログラムを展開することができます。
また、トークンやNFTを活用し、顧客向けにサービス利用を促すためのインセンティブを設定する機能も標準で備わっています。企業は任意の条件を設定した上で、ポイントのような形でトークンを配布したり、何か特典付きのNFTを配布したり、それらを配布した後も顧客の動向をブロックチェーン上で追跡することができます。
これらの報酬を顧客へ配布するためのウォレットを企業がどのように用意するかという課題は残ります。しかし、今では日本のメルカリのように既存サービスの中にその機能を埋め込む事例や、メールアドレス、電話番号、SNSアカウントなどに紐づけてウォレットを作成するツールも増えており、導入までのハードルは下がりつつあります。
web3のオープンネットワーク
今あるロイヤリティプログラムは企業ごとにシステムも対象顧客も分かれていますが、web3の世界ではプログラム間の連携がスムーズになります。企業側は自社サービスを利用してくれた顧客に対して第三者のNFTコレクションを付与したり、逆にそのコレクションの保有者に向けて特別なサービスを提供することもできます。
またトークンやNFTとして得た特典は顧客同士で自由に取引することもできます。もらった特典を使わずに放置してしまうことや、その交換先が気に入らないことも多々あるかと思いますが、NFTとして管理される特典同士であれば自分が望むものと交換したり、そうでなくても市場で換金することができます。
何よりブロックチェーンそれ自体がオープンかつ巨大なロイヤリティネットワークとして機能します。そのため自力で小さくプログラムを運用するか、大企業の前に屈するかのどちらかだった中小企業も規模のメリットを受けられるようになります。
web3ロイヤリティプログラムの事例
さて、ここまで既存のロイヤリティプログラムの課題とweb3の可能性について見てきましたが、最後にいくつかの事例を紹介しましょう。
Blackbird
Blackbirdは米国のweb3スタートアップで、レストラン向けに$FLYトークンと会員証NFTを活用したロイヤリティプログラムを提供しています。各提携レストランは顧客向けに独自の会員証を発行することができ、顧客は来店回数や支払額に応じて会員グレードが変化し、グレードごとに無料カクテルや特別メニュー、限定イベントなどの特別な体験を得ることができます。
$FLYトークンはレストランのネットワークにおけるポイントとして機能し、レストランと顧客にそれぞれ配布される仕組みとなっています。それによってレストラン側は独自の特典や情報提供のインセンティブを用意することができ、顧客側はレストランの利用料などの支払いに充てることができます。いずれはこのプログラムがレストラン業界以外にも広がる可能性があります。
Starbucks
大手コーヒーチェーンStarbucksは米国でNFTを活用したロイヤリティプログラム「Starbucks Odyssey」を展開しています。このプログラムでは顧客が商品購入やアプリ内のミッションクリアなどを行うことでNFTスタンプを獲得できます。NFTスタンプの獲得数に応じて顧客のグレードが変化し、コーヒー作りの講義やコーヒ農場への旅行などユニークな体験が得られます。
米国ではStarbucksの他にも大手ビール会社Budweiserや大手飲料水CocaColaなどがNFTコレクションを発行し、web3ロイヤリティプログラムへの進出を目論んでいます。
Pontaポイント
日本国内の大手ポイントサービスPontaは1億人を超える既存の顧客基盤に向けてweb3ロイヤリティプログラムを提供する計画を発表しました。まだ詳細は発表されていませんが、顧客がポイントを稼ぐために行動する「ポイ活」に準じた形でXtoEarnのゲームを提供し、そこで得たアイテムなどを売買できるNFTマーケットプレイスも作る予定です。
その上でPonta経済圏の中でNFT配布を中心としたロイヤリティキャンペーンを展開し、個人の顧客だけでなく提携先の企業も合わせてweb3と接続する接点になることを目指しています。web3視点のマーケティングについては以下の記事が参考になるのでこちらも参照ください。
web3ロイヤリティプログラムと言うと実態が掴みづらいですが、つまりは、これから金融資産の価値がブロックチェーン上で取引されるのと同様に、企業が管理する顧客基盤も徐々にブロックチェーン上で管理されるようになるということです。そこでトークンやNFTを使ってどのように顧客の満足度と忠誠心を高められるかについてはまだ検証段階であり、今後様々な取り組みがされる中でその有効性が認められるでしょう。
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