RWAで貧乏くじを引くのは誰か?
昨今、Web3界隈では現実資産のトークン化、すなわちRWA(Real World Asset)の分野が急速に発展してきています。直近ではポケモンカードをNFT化するプロジェクトが話題になりました。
一般に、RWAは資産価値のある物理的なモノを諸々の中間コストなしで取引できたり、そのモノに関する権利を分割所有(共同所有)できたりするなど、NFTの有望なユースケースとされています。
しかし、本当にRWAは中間コストを適切に削減できるのでしょうか。本稿ではこの点について考えを深めていきます。
RWAとオルタナ投資
RWAは一般にオルタナティブアセットと呼ばれるものを主なトークン化の対象としています。不動産、コモディティ、ビンテージカー、ワイン、アート、トレカなどが例として挙げられます。
概ね、「プレミアが付いたり付かなかったりする消費財」がオルタナティブアセットだといえるかもしれません。
オルタナティブ投資の歴史はそれなりにあり、例えば不動産やコモディティであれば既に高度な市場がそこかしこで整備されていますし、ビンテージカーやワイン、アート、トレーディングカードなども、専門店や金券ショップやリサイクルショップ、フリマアプリ、専門業者の参加するセカンダリ市場などで取引されるとても身近な資産といえるでしょう。
ですが身近だからこそ、それが資産になったり消費財になったりするとも考えられます。そしてRWAを普及させようとする人たちは次のように考えました。「取引コストを下げたり小口化できれば、絶妙に資産になりにくかった消費財を資産にできるかもしれない(※)」と。
例えば、ワインは飲んで楽しむ嗜好品でありその点でいえば消費財です。コンビニで手軽に買えるワインに資産価値があるとは誰も思わないでしょう。他方で一本ウン十万、ウン百万という価格で取引されるワインもあります。これらのワインは明確に資産といえます。しかし、資産価値のあるワインも実は定価はコンビニレベルではないにせよ市場価格よりは断然安かったりします。それでも、元々出荷数が少なかったり、長期間寝かせて熟成させている人がいたり、後からそれを高く評価付けるコンテクストが生まれてきたりすると、プレミアがつくのです。
とはいえ、ワインの保管コストや仲介手数料などを含めた取引コストが、プレミアよりも高いと判断されれば、ワイン投資家(愛好家?)は手を引いてしまいます。そういう意味では、ワインはプレミアと取引コストのバランスにより資産と消費財とのカテゴリをウロウロしているようなモノだといえます。
直近では、ポケモンカードの高騰も話題になっていますが、数年前まではごく一部のカードしかプレミアはついていなかったようと思います。それがここまで広範なカードで価格の高騰が見られたのは、メルカリやヤフオク、トレカ専門のフリマアプリの普及や、鑑定サービスの整備により取引コスト(や参入コスト)が格段に低下したことも一因でしょう。
RWAの取引コスト
それでもまだまだ取引コストを下げる余地はあります。ポケモンカードの転売について考えてみても、売買の度に送料やプラットフォームの手数料がかかりますし、投資家の数がまだまだ少ない分、ミスプライスも頻発します(株式や債券のようなものと比べれば、という話ですが)。
しかし、ポケモンカードを保管庫に入れた上でNFT化し、投資家の間でカードの移動なしに取引できるようになれば、少なくとも送料はNFT化する人とNFTからポケモンカードに戻したい人だけが負担すればよくなりますし、プラットフォームの手数料についてはRWAのサービス提供者によりますが、既存のカード売買プラットフォームよりも安くすることは難しくはないでしょう。物理的な在庫を抱える心配がない分、投資家も入ってきやすくなります。
とはいえ、RWAには独自のコストが発生することもまた事実です。カードの市場価格や注文数にもよりますが、1枚数千円から百万円を超える鑑定サービスの鑑定を受けなければNFT化してくれないRWAサービスもありますし、委託先のカストディへの手数料や保険料、売買される度にNFT化した人へ送られるロイヤリティ、NFTの移転や入札の度に発生するガス代もかかります。保管庫が海外にある場合は、関税や国際送料もかかってきます。
これらのコストの負担者が誰になるかは、RWAのサービス設計によります。見かけ上、OpenSeaのような有名どころのプラットフォームにズラッとNFTが並んでいると、OpenSeaの説明書きだけ読めばすべてのコストが把握できるかのように錯覚してしまいがちですが、しれっと取引価格に転嫁されていたり、購入時はかからなくても売却時にかかるコストがあったりと、明朗会計のメルカリのようにはいかないのが難しいところです。
このようにRWAが削減したオルタナティブ資産の取引コストは、RWAに特有の形で再び忍び込んでいるのが実情です。取引の度に同じようなコストがかかっていたオルタナ投資のほうが投資の効率としては悪くないような印象もあります。RWAの投資を公正なものとするためには、投資全体で発生したコストや負担者ごとの期待リターンを可視化される必要があるのではないでしょうか。その上で、取引参加者の間でコストが平滑化されるべきであるように感じます。
貧乏くじを引くのは誰か
またRWAが怖いのは、それがそもそもデジタル化してもいいような資産を対象としているところです。ワインやビンテージカーはデジタル化のしようがありませんが、トレカの場合、その「攻撃力」や「特殊効果」などのステータスのような使用価値はデジタル上でも発揮できます。現在は物理的なカードとして発行する方が一般的ですが、発行者が「デジタルトレカゲーム」へ参入を表明する可能性もないわけではありません(今のところその可能性は低そうですが)。
そういう事象が起きた場合、既存のRWAとしてのトレカNFTは、ゲーム上で利用できるという場合には価格は維持されるか、下手をすればもっと高騰する可能性もありますが、発行者が発行するNFT/デジタルカードのみ利用できるというルールになった場合、デジタルゲームの発表以前に発行されたNFTは出口戦略を失いますから、おそらく価格は暴落するのではないでしょうか(断言できないのがまたおもしろいところですが)。
仮にそのような事象が今後起きないとしても、トレカをNFT化する投資家たちは、少なくとも自らが負担した鑑定料、保険料、保管料、ガス代などを次に売る人から回収するか、ロイヤリティを通じて少しずつ回収しようと考えるでしょうし、鑑定料が上乗せされた価格でNFTを買った人は、さらに次の人へより高値で売り抜けることを目指します。
しかし、一度NFTを抱えてしまった投資家は基本的に次の人へいくらで渡すかしか考えておらず、最終的な出口、つまり保管庫から引き出された物理的なカードを手にすることを望む人の存在を考えてはいません。その期待も含めての投資だとは思うので、全く考えていないということもないとは思いますが、現在のRWAのサービスの説明などを見ると、「送料や引き出し料はケースバイケースです」というあやふやな回答でお茶を濁しているところも少なくないので、出口となる実需の部分まで緻密に考えられてはいなさそうです。
先のことは誰にもわかりませんが、いつか発生する実需を待っている間にズルズルとNFTの価格が下がっていき、引き出すのにかかる費用よりもNFTの価格の方が低いというあべこべな事態も発生し得ます。そういうNFTをバルクで買い付けて、まとめて引き出すことでアービトラージする投資家もでてくるのかもしれません。
そのように考えてみると、「RWAで貧乏くじを引くのはこの人だ」とドンピシャで指摘するのは大変難しいように感じます。むしろ広く薄く、参加者のライフポイントが削り取られていくようなイメージのほうがしっくりくるような気もします。
実需ある投資家=ユーザーの可能性
ここまで純粋な投資家の行動を前提に話を進めてきましたが、RWAが対象とする資産は、先程も説明した通り消費財でもあります。つまり消費者=実需家の参入余地があります。
むろん、RWAじゃなくともオルタナ投資一般にそういう可能性がありますが、RWAはそれがブロックチェーンという開かれたデータベースの上に成立するからこそ、(ブロックチェーンのUI/UXの問題を無視すれば)より広い消費者が市場に参加する余地があります。
例えば先程のトレカの例のように、運営が既存のトレカNFTを包摂するトレカゲームアプリをリリースした場合、現実の貴重なカードを痛めることなく(≒資産価値をすり減らすことなく)ゲームをプレイできるため、投資家がプレイヤーに、あるいはプレイヤーが投資家になる、という可能性が開かれます。
また物理的な資産をそのままデジタル化できるわけではないワインのようなオルタナティブ資産であっても、ワインの購入権をNFT化することで、それ自体がワイン愛好家のステータスとして機能しうるので、旅行先で立ち寄ったワイナリーで「そのNFTをお持ちであれば、こちらのワインもいかがでしょうか?」というサービスを受けたりもできるかもしれません。「旅先で飲みたいからカストディしてあるワインを〇〇ホテルへ送っておいて」というサービスも可能です。
そういう可能性があるのとないのとでは、実需あるユーザーのオルタナティブ投資への意欲が変わってきますし、また純粋な投資家側の出口戦略にも柔軟性が生まれてきます。そのことがRWA市場の適正化にも繋がっていくのではないでしょうか。
おわりに
もやっとした結論になってしまいましたが、市場は参加者が自らの考えを価格に反映させる場であり、その成否は市場参加者の仮説・推論の妥当性に依存します。まったく誤った仮説をもつ参加者が集まればその市場は失敗しますし、逆に一人ひとりの仮説が怪しくとも、多数集まればフェルミ推定のように少しずつ誤差が縮まって、いい感じの価格に収束する、というのもまた市場です。
RWAはまだ市場が小さいですから、市場原理がうまく働いていないところがあります。単に参加者や一人ひとりの投資規模が小さいという問題もありますし、また上で説明したような取引コストの不透明性は、市場の仕組み自体が未成熟であることの証左でもあるでしょう。
少ない参加者ができる限りの失敗を避けて市場を成り立たせるには、それなりに手厚い保護の上で市場を作り直す必要があります。実際に、トレカ市場では偽物という悪貨が良貨を駆逐するという事態を防ぐため、事業者は様々な努力を重ねています。RWAもこのような事態に備えて、先に指摘したRWAの実需の側面の成熟に加えて、十分すぎるくらいに投資家を保護することが求められるのではないでしょうか。
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