米大統領選で注目された予測市場 Polymarketとは何なのか?
こんにちは。Decentierリサーチャーのweb三郎です。
2024年アメリカ大統領選の投票が終了し、トランプ氏が選挙人・総得票数ともにハリス氏を上回る形で勝利するとともに、議会選においても上院で共和党が過半数を奪い返し、下院においても議席数を伸ばす、共和党の完全勝利といっていい結果となりました。
今回の大統領選でweb3業界の立場から気になったのは予測市場の存在です。SNSだけでなく主要メディアにおいても予測市場にて開かれていた米大統領線関連の市場動向(=予測動向)が取り上げられていました。都知事選で話題になった安野たかひろ氏も予測市場の動向に注目していたようです。
今回は、この耳馴染みのない予測市場について解説したいと思います。
予測市場とはなにか
予測市場は、将来の出来事の結果を予測し取引する市場です。参加者たちが特定の出来事に関する「株式」や「契約」を売買することで、その事象の実現確率を集団的に予測します。
具体的な仕組みについては後ほど解説しますが、ざっくりと予測市場で何が行われているかのイメージを簡単に説明すると、「2024年の大統領選挙でトランプ氏が勝つ、YesかNoか」という予想について、参加者が「Yes」と「No」のチケットをそれぞれ売買しているような場です。最終的には「Yes」か「No」が100円、もしくは0円になって精算されて最終的な損益が確定します。
予測市場の大きな特徴は、参加者が実際に金銭やポイントを賭けることで、より真剣な予測を行うインセンティブが生まれる点です。また、多くの人々の知識や見識を集約できる「集合知」の効果も期待できます。
投資家のなかには、国内の国政選挙を占う指標として支持率や出口調査などのメディアが発表するアンケートベースの指標よりも、日経平均株価(や日経平均先物)などの経済指標を重視する人も少なくありません。これは、実際にお金を動かして期待を反映させる市場がもたらす集合知の方が正確だという投資家らしい考えに基づきます。この考えのもと、株式や商品の価格だけでなく様々な事象の予測に市場メカニズムを利用するのが予測市場です。
身近な予測市場
日経平均以外にも、予測市場と似た仕組みで動く市場は身近にあります。
例えば競馬は予測市場の一種として捉えることができます。馬券購入者たちは、レースの結果を予測してお金を賭け、その集合的な判断がオッズという形で表現されます。例えば、あるレースでオッズが2倍の馬がいれば、その馬が勝つ確率を市場全体で約50%と見積もっていることを示しています。このように、大勢の参加者の予測が数値として可視化され、的中した予測をした人が報酬を得られる仕組みは、予測市場の基本的な特徴と一致します。
また先物市場も予測市場の一種です。先物市場では、商品や金融商品の将来の価格について、市場参加者が予測を行い取引します。例えば、6か月後の原油価格について、市場参加者たちは様々な情報や分析に基づいて予測を立て、その予測に応じて先物契約の売買を行います。ある時点で原油先物が1バレル80ドルで取引されているとすれば、それは市場参加者が将来の原油価格を平均的に80ドルと予測していることを意味します。
予測市場と先物市場の違い
ではこれらの例と、今注目されている予測市場を分けるものは何でしょうか。言葉の定義にもよりますが、予測市場は先物市場の仕組みを、金融商品だけでなく、あらゆる将来の事象にまで適用することを目指す市場であり、先物市場は予測市場の一種である、と言えてしまいます。
とはいえ、典型的な予測市場のルールは先物市場とは異なります。
先物市場では、限月(期限)が来ると、その時点の現物価格(スポット価格)に収束します。例えば、原油先物を80ドルで購入し、限月時点の現物価格が85ドルであれば5ドルの利益、75ドルであれば5ドルの損失となります。
対して、予測市場は通常、結果が二値的(0か100)になるように設計されることがほとんどです。例えば「2025年までにOpenAIがGPT-5を正式発表する」という予測を80で購入した場合、正式発表されれば100(20の利益)、されなければ0(80の損失)となります。中間的な結果は存在しません。
このような設計の違いには、重要な意図があります。先物市場は主に価格変動リスクのヘッジと価格発見という経済的機能を果たすことを目的としています。一方、予測市場は、より幅広い事象について「確率」という形で市場参加者の集合知を引き出すことを目指しています。二値的な結果設計により、市場価格をそのまま確率として解釈できるため、組織の意思決定や政策立案に直接活用しやすいという利点があります。
また、先物市場は原油や米などの原資産の実需に基づく取引(ヘッジニーズ)が市場の流動性を支えていますが、予測市場は純粋に予測精度を競う参加者によって成り立っている、という点も異なる部分です。
予測市場の取引体験
もう少し予測市場の理解の解像度をあげるため、取引体験の違いという観点でここで例に挙げた競馬、先物市場、予測市場を比較してみましょう。
まず予測市場は、結果が明らかになる前でもトレードを完了できるという点で先物市場と類似しており、また競馬とは明らかに異なります。
予測市場においては、選挙を予測する場合、日々更新される報道内容により刻々と価格は変化するため、その価格変動を用いて利益を確定できます。また、株や債権を売買するときと同じで指値注文や成行注文にも対応しています。競馬は単勝・馬連・三連単のように注文スタイル自体は色々あるにせよ、結果が出るまで利益が確定しないので先物や予測市場とは異なります。
他方で、競馬と似ていて先物市場とは似ていない側面もあります。それは結果が明らかになった段階で勝者と敗者が100:0で明確に分かれるという点です。
先ほど述べたように予測市場は結果が二値的(0か100)になるように設計されるため、間違った予想に賭けたまま期日に達すると賭け金は全損になります。これは外れ予想では利益を得られない競馬と同じ点といえるでしょう。先物市場の場合は現物価格に収束するので0か100かという形では決着しません。
主な予測市場
予測市場というコンセプト自体はかなり古くからあり、海外ではいくつかの予測市場が既に事業として成立しています。
Kalshi
2021年にローンチし、米商品先物取引委員会(CFTC)の規制下で運営される米国の予測市場プラットフォームです。米国では予測市場への規制が厳しく、米国居住者が取引できない予測市場が多いなか、Kalshiは米国居住者でも取引できる数少ないプラットフォームの一つです。
今回の米大統領選では、国内だとPolymarketという別のプラットフォームの市場動向がSNS等で広く拡散されていましたが、Polymarketは米国居住者を締め出しているため、国民の総意の反映という意味では米国居住者が参加するKalshiの市場動向の方が注目に値するものだったのかもしれません。
Predictlt
選挙予測に特化した予測市場プラットフォームで、主にアメリカの選挙や政策に関する予測を提供しています。学術的な関心から試験的に立ち上げられた非営利のプラットフォームであり、「ノーアクションレター」という規制のサンドボックス的な枠組みのもと、ニュージーランドのビクトリア大学ウェリントン校が運営していましたが、2022年にCFTCがノーアクションレターを取り下げたため、現在、米国居住者向けのサービスは停止しています。
Smarkets
2008年より英国で運営されている「ベッティングプラットフォーム」です。英国の賭博委員会(UKGC)のライセンス下で運営されるプラットフォームであり、社会的な位置付けはギャンブルサービスですが、仕組みとしてはKalshiやPredictltなどの予測市場と同様です。
分散型予測市場
Kalshi、Predictlt、Smarketsは、運営会社が自ら市場を開き、結果の集計を行うという意味で中央集権的な予測市場ですが、近年は「分散型予測市場」と呼ばれるweb3の技術を応用した予測市場も台頭してきています。
分散型予測市場と呼ばれる市場としては、Polymarket、Augurなどが挙げられます。米大統領選においてはPolymarketの予測動向がSNS等で広く拡散されていました。
分散型の予測市場は運営が中央集権的に行われていることのリスクや限界への対処策として開発されてきました。本noteはweb3に関心のある読者を対象としているため、あまり詳しくは解説しませんが、概ね、単一障害点のリスク、データの改竄リスク、内部者による市場操作や不正行為のリスク、法域や運営方針によるグローバルな参加の阻害などが分散型のシステムのメリットとして挙げられます。
加えて、予測市場に限った分散型設計のメリットとしては、運営体の利害関係や地理も分散していることにより、取り扱うことのできるトピックにほとんど制限がかからないという利点があります。
例えばAppleが予測市場を運営していたとして「新型iphoneは来年までに発売されるか」というテーマで市場を開くことは不正の余地が大きすぎるので許されないですし、日本人向けに国内企業が運営している予測市場において「明日のガーナの気温は30度を超えるか」というテーマで市場を開いても、当てずっぽうの予測になってしまい意味がありません。
予測市場が無数の個人や企業が共同で運営している分散型の予測市場であれば、自由なテーマで自由な取引が可能になり、予測市場のダイバシティ/バリエーションが担保されます。
Polymarket vs Kalshi、規制のバランス
ただ今回の大統領選においてPolymarketが注目されていたのは、それが法域の外で運営されていたことに起因する側面があったと思います。
今回の大統領選においては、数字にすると、Kalshiの選挙関連の取引額が約1億9700万ドル、対してPolymarketは31億ドル(トランプ氏とハリス氏に関する取引に限っても19.7億ドル)という歴然とした規模の差が中央集権型と分散型の間に見られました。
これは恐らくKalshiが規制の壁に直面しているためでしょう。KalshiはCFTFが監督する下で米国内でのサービス提供が可能となっていますが、他の国からのアクセスを遮断してる他、個人の取引限度額を700万ドル、適格契約参加者の限度額を1億ドルに設定するなど、様々な規制により制限されています。
他方、PolymarketはCFTFによって2022年以降、米国内での活動を制限されていますがVPNを介せば米国からでも取引できてしまう状況であり、事実上の無規制状態にあります。
予測市場は投資家の保護や予測市場が与える社会への悪影響を抑制するという観点から規制される然るべきものですが、他方で、市場原理に基づく取引の場であり、取引の規模が予測の精度に直結します。簡単に言えば、「自分のお金で未来を予想する」という人が大勢集まったからこそ精度が高まるというものです。厳しい制限は予測の精度を損なわせる可能性もあります。
今回の大統領選においては多くのメディアが予測市場の精度の高さについて報じていましたが、このような形で予測市場の社会的意義が認められていけば、規制とイノベーションのバランスもちょうどいいところに落ち着いていくかもしれません。
国内での予測市場領域への参入について
国内における予測市場の動向についても触れておきます。
現状、国内で予測市場の領域に参入している事業者はほとんど皆無といって差し支えありません。学術領域では予測市場のポテンシャルに注目している研究者もいくらかいるようで実証研究も行われていたようですが、ビジネスとしては海外の動向をフォローする程度の動きにとどまります。
要因は様々ですが、主たる要因は、①知名度の低さ、②仕組みの複雑さ、③規制のハードルの3つになると思います。
①は解説記事の少なさからして言わずもがなだと思います。一部のエッジーなメディアや雑誌・書籍が取り上げる程度に留まっています。
②についても「先物市場について説明できますか?」と周囲の人間に聞いて周ればすぐに理解できると思います。日本が金融教育において遅れを取っていることは周知の事実ですが、予測市場は先物市場と同じくいわば金融市場の応用編のような仕組みであり、その仕組みを理解できる人はそれほど多くないと思います。
ただ、筆者はあまり競馬などの公営ギャンブルは嗜みませんが、競馬も端から見るとかなり複雑な仕組みをしているように感じます。それでも人気があることに鑑みると、案外、興味さえ持ってもらえれば簡単に普及してしまうといったこともありうるのかもしれません。
最大の問題は③です。最近では、予測市場に類似する取り組みとしてスポーツベッティングの導入が国内でも議論されるようになりつつありますが、こちらも高い規制の壁に阻まれているようです。
スポーツベッティングにしろ予測市場にしろ、日本では刑法における賭博罪との関連性が問われます。
金融市場や公営ギャンブルは見方によっては長い歴史の上に築かれた「伝統ある賭けごと」といえますが、賭博罪に問われることはありません。それはこれらの「伝統ある賭け事」の社会的・経済的意義が法社会から認められているからであり、また、それらがどのように人々の射幸心を煽り、社会に悪影響を与え、詐欺や暴力の温床となるのか、といった経験的なナレッジが蓄積されているために、正しい対策を打つことができるためです。
予測市場の社会的意義はごく一部の人が知るのみで、まだ広く認められるには程遠いですし、どのような悪影響がもたらされるかについての経験知は皆無です。その影響力は、予測市場の取り扱う「賭け」の対象の広さからして、公営ギャンブルやスポーツベッティングの比ではないかもしれません。
したがって、しばらくは小さな規模感でPoCを重ねていく必要がありそうです。参加資格を適格投資家に限定すれば、適格投資家がモラルハザードに陥る可能性こそ否めませんが、それ以外の負の影響は極力小さくできますし、また、取引金額にハードキャップを設けるというKalshiと同じ方法も短期的には有効でしょう。あるいはPredictltのように非営利の研究プロジェクトとして粛々と実績を積み重ねるというのも案外近道なのかもしれません。
筆者としてはIRのような射幸心に依存するカジノ事業を大金をかけて国内に誘致するくらいなら、金融工学に裏打ちされた集合知プラットフォームとしての健全な予測市場を国内から発展させることに全力を費やしたほうがよっぽど生産的だと思うのですが、皆様の意見はいかがでしょうか。
おわりに
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