僕の戦争
負けられない戦いは突然やってくる。
今年は「歯」にお金をかけようと思い10年以上ぶりに歯医者へ予約を入れた。
突如おじさんというジャンルに抗いたくなったのだ。
しかし、予約した直後から後悔していた。
子供の頃、歯医者でドリルが舌に当たった時の感触がトラウマになってしまっていて「お前のメイド棚をぶっ壊されたくなければ」と脅されるまでは行くまいと思っていた。
ホワイトニングをしてみたかったので、それなら事前に検査をしてもらった方が良いだろうと思い診察を受ける。
結果は「虫歯と歯周病」だった。
歯周病は特にショックだった。
「今日は歯ぐき何色? 紫?」
とロコさんに聞かれたら「いやいや健康体でピンク色ですよw」と返していたというのに。
嘘ついてごめんなさい。地獄に落ちて閻魔さまに舌を抜かれる時までに虫歯を治しておきます。
歯周病で歯ぐきが下がり露出した部分が虫歯になっている、とのこと。
見えている部分の歯というのはエナメル質で保護されているものの、歯ぐきで隠れている部分は弱いらしい。
何度も書くが歯周病はメンタルにきた。
「歯周病=口臭おじさん」というイメージがあったからだ。
いよいよ治療が始まる。
また…知らない天井だ。そっと呟いた。
もう歯医者さんは頭にCDみたいなのつけないんだな。
緊張が高まり握った手のひらに爪が食い込む。
いまゲームセンターで「本物のドラム叩けばいいじゃん」と言われたらブチギレてしまうかもしれないほどナーバスになっていたのだが、これにはもうひとつの要因がある。
「……ください」
「えっすみませんもう一度お願いします」
歯医者さんが早口すぎて何を言っているかわからないのだ。
250%ほど速度を上げた状態で言葉が襲ってくる。
しかし、これから口内という無防備な部分を任せる相手だ。丁寧な対応を心がけなければ、わざと痛い部分を細い鉄串みたいなやつでツンツンカリカリされるかもしれない。
相手の気持ちと治療の順番を予想して行動に移る。
大丈夫だ、できるはず。
お前はいつもメイド喫茶でそれをしているだろう。
先ほど言ったのは「治療前のうがいをしてください」だと予想した。
差し出されたイソジン水の紙コップを見て正解だったことを知る。
スーパーで出される試飲に使うような小さな紙コップ。
私は一気にイソジン水を口に含む。死にかける。あきらかに量が多かった。
つららさんによく「口ちっちゃくない? 失敗したmiiじゃん」と言われるのだが、これで完全に否定できなくなった。
先日ポムポムプリンカフェで会ったこえびさんにも、
「つぶらな口」
という新しい日本語で表現されている。金田一京助に伝えたい。
さらに入口だけではなく口内の容量も小さい。
なみなみ注がれたイソジン水は容易に口内を満たして溺死へと私を誘う。
「はい治療終わりましたよ〜…死んでる!」と歯医者を容疑者にさせたくない。早口すぎて事情聴取もままならないだろう。
かといってうがい水を飲み込みたくはない。
「すしっさぁい」
えっ、もしかして「マスクした状態でうがいしてください」って言いましたか?
仕方ないので素直に従うが、これで死んだら承知しない。
マスク+口いっぱいの水。これでうがいするのは非常に困難だった。
窒息死と溺死を同時に体験可能なこの拷問で、私はランボーの気持ちがなんとなくわかったし、CIAとは今後も関わらないようにしようと思った。みんなも試してみてほしいが死んでも知らないので気をつけてほしい。
処置の説明のなかに聞き慣れぬ言葉があった。
「レーザーメス」である。エイリアンとかに出てくる兵器か?
どうやら「歯ぐきをレーザーメスで焼き切って虫歯の治療をする」らしい。
ウソだろ…そんな殺傷兵器を人間に使用していいわけないだろ。口内を戦場にする気か。
「わかりました」
素直に許諾する。顔つきが違う。
アウトレイジに出てくる「お口ドリルの刑」が頭をよぎったので素直に従うことにした。
「口あけてください」
(以下、面倒なので普通に聴こえる感じに書きます)
えっ。あけてるんですけど!
これ全開なんですけど!! たすけて!
ポマードポマード!!(口裂け女に聞く呪文)
「ここからが一番効くぞ〜ラスト5回!」
とビリー隊長が脳内で叫ぶ。
隊長にご指導いただいたのは1回だけだったが限界なんて自分が決めるものだ。
ガンバレ顎関節。
目をつぶっていると「ピピピピピ」という電子音が耳元で鳴った。
これがレーザーメスの音。無機質なそれは命を刈り取る音だ。
「臭いですよ〜」
シャワー浴びてきましたけど? さすがに失礼では?? Googleのレビューに書くぞ……。
そんなことを一瞬思ったが、歯ぐきを焼き切る時の臭気が口内に漂うらしい。
ピピピピピ…麻酔をしているとはいえ怖すぎる。
音のリズムが変化して口の中に嫌な匂いが漂ってきた。
「これが人間の焼ける匂いだぜ…ヘァッ」とナイフを舐めながら言うモヒカン野郎(四天王で一番弱い)みたいなセリフを吐きそうだったが、実際には魚を焦がしたような匂いで物理的に吐きそうだった。
しかしこの匂い…どこかで……
そうだ。
「(磯◯水産でサザエを焼いた時の香りだ!)」
(ニュータイプが共鳴する音)
磯◯水産には申し訳ないが、サザエを網焼きしている香りとまったく同じなのだ。磯の香りが口の中に広がるにつれ、不安がどんどん解消されていく。「磯◯水産・でっくのお口店」は本日も盛況だ。
レーザー治療が終了し、いよいよドリルで歯を削る。
キュィィィンというこの音にストレスを感じない人間はいるのだろうか。
「では削っていきますね」
目を閉じて精神を集中する。
痛くありませんように……。
神経を逆撫でする甲高い音が歯を通じて頭蓋骨を震わせる。
ダメだ! 集中していると恐怖心が増して飲み込まれそうになる!!
何か別のことを考えないと…何か…何か…
「(大丈夫かい?)」
この声は…もしや…。
目を少しだけ開き、握りしめた左の拳を見る。
「(左手さん!)」
治療の前日にご帰宅した際、ランゼさんが描いた左手さんがそこにいた。
シャワーを浴びても消えなくて、
「これもしかして油性ですか?」
とリプしたら、
「そうだが?」
と返ってきた左手さんだ。
一気に気分がラクになった。ドリルの工事音に合わせて左手さんの口をパクパクさせる。
チュイイイイイイインン!
パクパクパクパクパクパク!
アスファルトを固めるような音が響き出しても口をパクパクさせる。もっともっと! パクパク!!
左手さんがいる限り……僕は…ひとりじゃない!!(でも油性は困る)
………
口内への空爆が終わり磯◯水産が閉店した。
そしてまたイソジン水でうがいをする。先ほどの様子を見ていたのか、今度は紙コップに半分くらいだけ注がれていた。ありがとう。
歯ぐきへの麻酔がかなり効いていて上手にうがいができない。
治療前に「方南町 うどん」で検索していた自分に「無理だよ」とDMしたい。
こんなに口がままならないことは普段の生活で感じることがないので非常に戸惑う。ふと「このままご帰宅したらめっちゃウケそう」と思ったが即座に却下した。
帰り支度をしていると受付越しに「次の治療は来月ということでお願いします」と言われ、
「ヘァ!(はい)」
とウルトラマンの声が出た。
やっぱりウケそうだからご帰宅しようかな。
——-
さて、ここから先は閲覧数が1000を超えたら書こうと思っていた、自身に関わる前向きでネガティブな話だ。
少し真面目な話なので読まなくても良いし、もし読んだら何かリアクションがほしい。
登場人物はメイドではない。
この話にはA、B、Cという3人が登場する。
年初め、Aに「BとCがあなたのことをこんな風に言っていた」と電話で伝えられた。
「歯磨きしてるところ見たことがない」
「うどんばかり食べている」
「臭い」
「Bに比べてCを信用していない」
その話を聞いた時に「大人になってもこんなことがあるんだな」と、心底傷ついた覚えがある。
私はBとCとの付き合いがそこそこ長く、ふたりともそんなことを言うとは思えなかった。
「その件、本人に確認するね」とAに伝えると「それはやめてほしい」と言われ確信した。
しかし「言っていたかもしれない」という疑心暗鬼は生まれてしまった。
もちろんそんなこと言ったかどうかを確認することはない。
ふたりを信じているけれど、もしそうだったときに自分の気持ちを挽回できるかどうかがわからない。
確認をして真実を知らなければ自分の信じたことが答えになる。
それに、そんな子供じみた悪口を言うと思えない。
もし言っていたとしたらかなり程度の低い話だ。
などなど、さまざま自分の中で言い訳を重ねて毎日を過ごしていた。
それから数ヶ月後、友人からCの話を聞くことになる。
CはAの言っていたことを信じていた。
こうしてCの中で私は「Cを信用していない人物」になった。
これも仕方ないことだろう。私よりAに信頼を置いているのなら。
その時に思った。
悪口を言われたとされる部分すべてを改善してやる、と。
そもそも直せない部分の悪口は言われていないのだ。
歯磨きは「歯医者さんが教えるベストな磨き方」を1日2回している。
1回につき30分、合わせて約1時間だ。1日に1時間も歯磨きする人を身近では知らない。
うどんは週に2回くらいになった。
いや、そもそもこの「うどん〜」は悪口なのかわからないが食生活が変わるのは良いことだ。
匂いに関しては以前より気にするようになり、スチールウールみたいな硬さのスポンジで毎日身体をこすっている。それが良いかはわからないけれど。
言葉はどんな兵器よりも人をピンポイントで殺す。
たった一言で人生や絆に亀裂を生じさせるこの凶悪な殺人兵器に立ち向かうには「信じる」しかないのである。
相手を信じる、自分を信じる。
圧倒的な信じる力で立ち向かうしかない。
このnoteがあって良かった。
こんなメイドおじさんのnoteにわざわざ飛んで、ここまで読んでくれたのなら味方だろう。ここまで読んだのに敵だったら、その性癖は歪んでいると思う。
それにお屋敷で「読んだよ」と声をかけてくれるみんなにも本当に感謝している。
人を殺す言葉と同じものでも誰かを楽しませることができる。
だったら何かを、誰かを活かす使い方をしたいと思わないだろうか。
言葉は活殺自在なのだ。
最近、立て続けにメイドが辛い思いをしているのを見た。
そのすべてがやはり「言葉」から生じたものである。
10個の嬉しい言葉をかけられても、たった1個の悲しい言葉で人は気力を失ってしまう。
そういう人を見かけたら11個の嬉しい言葉をかけて塗り替えてあげてほしい。
誰かを殺す言葉は日常に溢れている。
だったら、せめてこれを読んだあなただけでもそういう使い方をしないよう生きていってほしい。
反撃の狼煙をあげろ。
「僕の戦争」はここから始まる。