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母の他界その後
旅立ちを見送る
〈故人とのお別れについて、具体的な事柄を書いていますので、苦手な方はお読みになるのをご遠慮くださいませ〉
母が亡くなったあと、私は自分の車で、きょうだいは母と同じ車で、病院から葬儀社(今はセレモニーホールというのだな)に向かった。
母が脳出血をおこしてから、1軒の葬儀社へ見学や打ち合わせに行ったが少し疑問に感じた。他に見学はしなかったものの、電話対応が良く、病院に近く、丁寧で良心的な葬儀社にお願いした。
母の兄妹など近しい人もすでに故人となっていたので、お別れ式のみをすることに。スタッフの方と打ち合わせしたり、死亡届を書いたりしている間、他の方々は母が部屋で眠る支度をしてくださった。遠方にいるきょうだいが到着するまでお別れ式をする日時が決められなかったので、母の部屋で待つことに。
そのセレモニーホールは、比較的新しく立派な建物で、お別れをするまでは、故人は個室でやすむことになっていた。母の支度が済み、個室に案内されたら、期待以上の部屋に驚いた。WEBパンフレットの式場は見ていたが、個室がここまで立派とは思わなかった。ホテルの部屋のように内装もシックで、奥にダークブラウンの祭壇があり、同色の大きなベッドに母は眠っていた。寝具もすてきで、一番上にかぶせてある布も白いサテン生地にお花の刺繡がほどこしてあり、センス良く美しもの好きな母にはぴったりで満足できるものだったと思う。遺族が付き添えるようにソファ・テーブルやスツールがあり、サイドテーブルにはラジカセがあり、上品で落ち着いた音楽が流れていた。その後、病院から持ってきた母の好きな歌手のCDを流してもらった。
そして、遠方から到着したきょうだいと私とコーディネーターの方とお別れ式の打ち合わせ。昨今、どこの斎場も混んでいて予約がとれないそうだが、母も希望の時間に予約するには、8日後だった。コーディネーターの方の提案でエンバーミングをお願いすることにした。
お別れ式当日、私から母が好きなものを聞いていたスタッフの方々が、食べ物飲み物など、オーブントースターや湯沸かしポットまで準備して、温かいものなどをお供えしてくださった。それだけではなく、私たち家族にも細やかな配慮をしてくださって、感謝の気持ちでいっぱいだった。
斎場に向かう途中、思い出の場所に立ち寄りますとのことで、よくお花見に行った場所のそばに数分停車してくださった。
母のひ孫の誕生
早いもので母とのお別れから3か月が過ぎ、その間、私の孫が生まれた。認知症でありながらも、ひ孫の誕生を心待ちにしていた母。はるか空の彼方から、私たちを見守っていてくれていることだろう。
父は20年前に他界しているが、もともと動脈硬化症で、脳出血だった。母は薬の副作用とはいえ、脳出血。
母の手続きで、戸籍謄本をとったら、何と、父も母も医師の死亡診断が同じ時刻だった!
トラブルの多い家庭だったが、夫婦の絆がそれほど強く深い縁だったということか。