ルチャリブレ殺人事件
昼はプロレスラー 夜はシリアルキラー
今回は、驚きの事実がめちゃくちゃ多いにも関わらず、なぜか知名度が異常に低い特殊なシリアルキラーを紹介したいと思います。48人を殺しているので数でいうと大量の部類に入ります。さらに犯人はメキシコ史上最も人を殺したシリアルキラーでありながら、ルチャ・リブレでプロレスラーとして活動していたというから驚きです。ステージネームは「レディーオブサイレンス(沈黙の貴婦人)」そう、女性だったのです。
被害者の特徴
ではその手口を見ていきましょう。
一人や二人ではなく、48人も殺すシリアルキラーとなるともう殺しのプロです。そこまでくると大体狙うターゲットの特徴が定まっている場合が多いです。テッド・バンディは若くて美人でストレートのロングヘアーを真ん中で分けたヘアスタイルの女の子が好きで、そういう見た目の子ばかりを狙いました。そこまで特徴的でなくても、若い女性は狙われやすいですし、必ず白人を狙うとか、何歳くらいまでの少年という感じでシリアルキラーは自分のタイプのターゲットを狙うことが多いです。アメリカのグリーンリバーキラーの通り名で知られるゲイリー・リッジウェイは71人くらい殺しているのですが、最初の殺人から20年間も捕まりませんでした。それは、彼が殺していた女性が様々だったということが目くらましになっていたからです。被害者たちは年齢もばらばらで、白人だったり、黒人だったり、共通した特徴というものがなかったので、これが全て同一人物による犯罪だと警察がすぐに見破ることが出来なくて、結果、リッジウェイ逮捕にすごく時間がかかったと言われています。ちなみにリッジウェイがシリアルキラーだとわかった時に、シリアルキラーのことはシリアルキラーに聞けということで、警察は獄中のテッド・バンディに捜査とプロファイリングの手助けをするように頼んでいます。直接犯人逮捕には繋がらなかったものの、バンディは、犯人はきっと死体の元に戻ってくるという有力な助言をしました。
グリーンリバーキラーことゲイリー・リッジウェイ
話を戻しますが、このメキシコのシリアルキラーが狙ったのは、全員おばあちゃんでした。
1990年から2008年にかけて、実に48人のおばあちゃんが次々に殺害されていったのです。手口としては、独り暮らしの老人の家を犯人が訪ね、おばあちゃんたちが気を許して、家の中に招きいれた途端、おばあちゃんたちは殴り倒されるか、のどを絞め上げられて殺されてしまうのです。
当時もメキシコでは殺人事件が珍しくありませんでしたが、あまりにも似たような状況の殺人事件が続くので、警察もこれはもしかしたらメキシコにもアメリカにいるようなシリアルキラーがいるのかもしれない!と気づくのです。そして犯人に Mataviejitas マタヴェヒタス すなわち“おばあちゃんキラー”というタイトルをつけ、犯人逮捕に乗り出しました。一人暮らしのおばあちゃんの家の中に入ってしまえば、犯行現場を誰かに目撃される可能性は低いです。おばあちゃんたちは特にお金持ちでもなかったのですが、殺されたあとにわずかな金品を奪われています。
メキシコの警察はこれら一連の事件が同一人物による犯行だと気付くのも遅ければ、犯人が女性だと気付くのもめちゃくちゃ遅かったんです。女性のシリアルキラーがいるなんて、夢にも思わなかったのです。ですので、警察は的外れな人間ばかり尋問して、大量の時間を無駄に消費していくことになりました。その間にも真犯人は殺しをやめないので、被害者は増えていく一方なのでした。
フアナ・バラッザの生い立ち
Juana Barraza フアナ・バラッザは1957年に貧困層の家に生まれ、幼いころから親から虐待をうけていました。脳が完全に発達しきっていないうちから、頭を強く殴られていたのです。その結果か、フアナは読み書きができないまま育ってしまいました。母親はどうしようもないアル中で、たった3本のビールのために、13歳のフアナを知り合いのおっさんホセに売りました。フアナはたった3本のビールのために、母親に売られ、汚いおっさんにレイプされたのでした。以後フアナは母親を憎み続け、決して許すことはありませんでした。ホセはその後何度もフアナをレイプしました。時には嫌がる彼女をベッドにくくりつけて何度も犯し、10代の彼女を2度も妊娠させました。一度目は流産し、二度目の妊娠で息子が生まれました。
やがて母親はアル中が原因で死にました。フアナは読み書きができないため、良い仕事につくことはできませんでしたが、清掃やキャンディー売りの仕事を探しては、息子を育てるために必死に働きました。そして知り合った男性ミゲルと結婚し、娘をもうけましたが、やがてミゲルもアル中で、DV野郎だということが判明しました。二人は離婚し、フアナは新たにフェリックスという男性と結婚してさらに二人の子供を産みました。子供が増えるにつれて生活は困窮し、フアナはルチャリブレの会場でキャンディーやスナックを売る仕事を始めました。そんなある日、ルチャリブレの関係者に、選手になってリングで戦ってみてはどうだと声をかけられました。一試合、200~500ペソ払ってくれるという話だったので、フアナは大喜びしました。彼女は練習にいそしみ、ついにキャラクターとステージネームがきまりました。La Dama del Silencio英語でいうとザ・レディー・オブ・サイレンス、日本語だと沈黙の貴婦人でしょうか。ヒーロー側と悪役のヒール役とどっちに入りたいかときかれて、彼女はヒール役と即答したそうです。
フアナはピンクとシルバーのタイトなコスチュームに蝶のマスクをつけて、華麗にリングを舞いました。
強盗殺人の始まり
しかし私生活はうまくいかず1994年にフェリックスとの結婚生活も終わりました。一説によるとフェリックスはギャング間の闘争に巻き込まれて殺されたそうです。シングルマザーになってしまったフアナは、生活費を稼ぐために、ルチャレブレで戦う他にも低賃金の仕事を掛け持ちし、昼も夜も働きました。ルチャレブレの激しい戦いのせいで、体中ケガが絶えず、背中や腰には常に激痛が走りました。 貧困と母親であること、子供を育てることへの責任、さらには健康を失いかけたフアナは、ついに盗みに手を染めるようになります。
高齢者のようなイージーターゲットを狙い、小銭や物を掏るようになりました。それはやがて、強盗に発展していきました。看護婦の格好をして、高齢者の家に乗り込み、目を離した隙に部屋にあるものを盗むようになりました。この頃、フアナの長男がストリートでギャング闘争の流れ弾にあたって死んでしまいます。このこともフアナの心に深い影を植え付けました。
そして強盗から強盗殺人にステップアップしました。本人のよると、おばあさんの一人が、放った一言が、トリガーになったといいます。それは憎い母親を思い出させるような一言だったのかもしれません。感情的になったフアナはその家にあった電気コードでおばあさんの首を締め上げて殺しました。
フアナは、
貧困にあえぐでもなく、のうのうと生きているおばあさんたちが憎かった。何も言われなかったとしても、全員わたしを侮辱しているように思えた
とのちに語っています。
最初に話したように、警察はたっぷりの時間をかけてやっと一連の殺人を同一人物の犯行だとし、怪しい元犯罪者の男性を調べていきましたが、そもそも男じゃないので、ひとつもマッチしません。いくつかの目撃情報から、犯人が背が高い、女の格好をしている。ということがわかってきました。そこで警察は今度は女装をしている男か、トランスジェンダーだと決めつけます。しかしいくら女装男子やトランスジェンダーを探しても、犯人はみつかりません。
そこでやっと、犯人は女かもしれないと気が付くのです。
フアナはルチャリブレを卒業し、殺しと盗みに専念していました。2005年、独居老人の家に足を踏み入れたフアナは思わぬ来客に戸惑いました。その家の息子が訪ねてきたのです。適当な言い訳をして会話をしている際に、うっかり指紋を残していってしまいます。フアナには犯罪歴がなかったので、これまでの犯罪現場で採取された指紋は宙に浮いていたのですが、ここにきて初めて、それらとマッチするんです。そこからまた8人ほど殺し続け、翌年2008年フアナはソーシャルワーカーのふりをして、89歳のおばあさんの家に侵入して殺害しました。その直後、隣の部屋に住んでいた男性が帰宅し、すぐさまフアナを追いかけました。警察も参戦し、フアナはついに現行犯逮捕されました。759年の刑になり、今も刑務所の中です。
180㎝はあったフアナ・バラッザ。プロレスラーとしては好条件。
サンタムエルテ
余談ですが、フアナの家にはサンタムエルテの祭壇がありました。サンタムエルテって死の聖母というメキシコで特に貧困層に信者が多いとされる宗教なんです。死を擬人化していて、マリア様のようなローブを着ているガイコツというか、ほぼ死神みたいなイラストとか銅像を皆さんも目にしたことがあると思います。キリスト教とかから批判されがちですが、実は近年、信者が増えつつあるそうです。
ムエルテはスペイン語で死を意味していて、はるまげ堂のナルさんもムエルテ画廊というアートスペースを上野で経営されていました。現在はネットショップになっています。CAT
【デスラジオ E117 2021年7月18日配信】