センスだけの犀

_僕はセンスだけで生きてる。
_そういう人間がどれくらいいるか知らないけど、きっと活躍が限られた人生を送ってきたのだと思う。努力するには有り余り、怠けるには隙があるこの才能を、僕たちはもてあましてる。
「リノウ、リノウ」
_と僕の前で犀が鳴く。ずっと横を向いて、角を気に擦り付けて、落ち着かない様子の灰の犀。僕は毎日上野公園の犀と話す職に就いていた。
_僕は以前日本語をサイに教える仕事をしていた。でも思ったような仕事内容でなかったのと、待遇に不満があってやめた。ある日経験を活かせる職はないか探していたら、偶然今の仕事を見つけた。僕は早速履歴書をしたため、面接した。面接は滞りなく進み、すぐに採用通知がきた。決め手は「サイを犀と思っていないから」だそうだ。
_それ以来僕はこの仕事をしている。そして僕以外にこの犀の鳴き声をリノウと解釈する人はいない。僕の前にこの仕事をしていた人はやはり犀と折り合いがうまくつかずやめていったようだ。仕方ない。結局多くの人は犀にサイらしい鳴き声を求める。そしてそういう人は上野動物園にいく。犀は上野公園にいる。
「リノウ、リーノウ」
_犀は鳴く。瞳はメノウと差違はない。黒い虹彩は誰にも覗き込まれない。
_こいつもきっとセンスだけで生きてきたのだろう。そうでなければ、こんな中途半端な存在で、あるはずがない。こいつは初めての飲み会で回りとの差違に絶望しただろう。センスだけの犀は、流れが分からない。誰がピッチャーで誰がキャッチャーか分からない。会話に入り込むには技術が無く、マイペースを貫けるほどタフじゃない。犀はサイらしさから逃げてきたから、こうなった。中折れのプライドが、今になって自分に突き刺さる。
「シーノウ、シーノウ」
_犀は鳴く。僕にジシを求め啼く。それにはこたえられない。そんなすぐ周りを巻き込むやつの呼び声にはノウで応える。
_上野公園に風が吹いた。凍てつく春が気紛れを振り撒く。
_シンク・オブ・ナッシングシンク。
_シンク・オブ・ウィンド。
_僕と犀の回りには誰もいない。センスだけの犀はもうそれしか生き方を知らない。自分の考えを外部に委ねるしかない。アウトソーシンクするしかない。
_僕がそんなこと考えてると上司からラインが届く。
_無理して面白いこと言わなくていいんだよ、おつかれさま。
_シー、ノウ。シィノウ。
_リイノウ。リ、ノウ?

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