⑮TES?/YES
私はダリの前でコギトの思考をトレースし、園原とあの男をモニターしていた。しかし途中から虚構の濃度があまりに強くなりすぎてモニターで追うことが出来なくなった。そしてモニターには電子の暗闇が訪れ、私の邪魔をする。どうにか彼らの後のを追おうとし何度舌打ちしたか分からない。しかし無駄だった。私は盛大に舌打ちをする。それが合図だったかのようにモニターがぱっと白く開けた。そこには電子はなかった。デジタルな感じが一切しない。画面から伝わってくるのは家出した子を待つ親のようなほろほろした温かみ。
「君がパーカーだね」
画面に突如として映ったのは男の子だった。真っ黒い髪をカラスみたくつややかにしている男の子。
「またはエイミとも言う」
そのカラスはクラリと笑う。
「撃つよ」
私は以遠を撃った銃を構える。
「ちがうな」
彼は画面の向こうであごをくいっと揺らして否定する。
「何が?」
「僕はカラスじゃない」
フォガティっていうんだよ、とそいつは苦笑する。
愕然とする私を意に介さずそいつは言う。「僕は全ての嘘と虚構に棲んでいる。だから君の間違った考えだって手に取るようにわかるさ」
私はあっけに取られて降ろしかけていた銃を、はっと我に返り構え直す。
「そのカラスが何のよう」
フィガティは笑みを絶やさない。
「今このダリの深部ではコギトがバロバロに食われかけている」
私は銃を降ろした。力が抜けてしまった。
「そのバロバロをコントロールしているのは君のお父さんの意識が溶けているこのダリだ」
フォガティは笑うことしかしない。それが定位置であるかのように。
「シンプルに言おう」彼は黒い髪を弄りながら言う。「君にこのダリから水を抜いてほしい」
私は笑ってしまった。そのあまりにばかげていて、あまりに恐ろしいことに。
「分かってるの?」私は彼の正気を疑った。「ダリに満ちている水はただの水じゃないんだ。地球が地球であることを嘘に出来るくらいの虚構が溶け込んでいるんだよ。そんなものを解放してしまったら」
「文字通り地球が嘘になるだろうね」
だったら、と言い寄る私をフォガティは片手で諭す。
「大丈夫」
「何が大丈夫なもんか」
「君はコギトをすくいたいんだろう?」
フォガティがにやりと突きつけたナイフが私をぎくりとさせる。
「だいたいもうこの地球は嘘だらけなんだよ。虚構に満ちているんだ。目に見えないだけでね。大切なものと一緒に、溶け込んでいるんだよ」
「でも」と言いよどむ私を彼はからんと笑う。
「僕も同じさ。コギトをすくってあげたいんだよ」
なんで、と不思議に思い私は訊ねる。
「そりゃコギトが僕を生み出したからさ」フォガティは言う。「僕はもともとなんでもない小説のキャラクターだった。あんまり面白くない小説のね。でも僕はある日、コギトに読まれることによって彼の無意識に溶けることができた。彼の虚構はすばらしい世界なんだよ。僕は他にもいろんな人に読まれたが誰も僕をそこまで思い描いたりはしなかった。彼だけなんだよ、僕を本当の意味で作り出してくれたのは」フォガティは白い画面の向こうで言い続ける。
「僕は彼の潜水思考の中で彼を守ることに決めた。彼のナイーヴで無防備な彼の無意識を守ってあげることにしたんだ。園原がその純粋で無自覚な優しい感情で、必要以上にコギトに立ち入ろうとしたときは彼女を夢から醒めさせてあげた。いささか乱暴なやり方ではあったけど」
私は何だかフォガティの芝居がかった口調に嫌悪感を覚えた。「なんかむかつくしゃべり方だね」
「仕方ない。出来の悪いキャラクターの話し方なんてこんなもんだよ」彼はすっと肩をすくめる。
「まあ、つまりいろいろ言ったけど、さ」フォガティ言う。「つまりは君にその水槽をぶっ壊して欲しいってことなんだよね」
「やらないといったら?」
「まずフォガティは消える。そして地球の隣にはシュイロの思い描いた通り、木星ができるだろうね。まあそれだけだから人類がどうなるかは知らないけど」
私はため息を吐いた。地球というのは、砂漠から同じ形の砂粒を百回連続で見つけ出す奇跡の確立と、コロンブスじゃない卵のようなありえないバランスで成り立っているのだ。そこに神話そのものみたいな質量をもった木星ができてしまったらどうなるか、そんなの思考が匙を投げるくらい当たり前のことだった。
でもこの中途半端な状態でダリから膨大な虚構を解放してしまったらどうなるか、というのもどうなるかぜんぜん分からない。前者よりかはマシだろうが、正直今までの人の営みを大きく変えるくらいには厄介なことになるだろう。
そんな大逸れたことを私がやれと?
「無理だよ」私はそれこそ笑う。「唐突過ぎる」
「僕たちなんていつも唐突に殺されるよ」フォガティは快笑する。「決定なんてほんとは自分が下しているなんて思わないほうがいい。自分の意識の裏側に潜む何者かによって引き起こされていると思ったほうがいい」
でもそんなの私じゃない。
「いいんだよ。そんな判断は保留して。君がどこからきてどこに流れるのか。私は何者なのか。何者になるのか。僕に言わせればそんなものは全て嘘っぱちだね」
虚構に棲む僕が言うんだから間違いない、と彼は笑う。
「大事なことは目に視えないことをどれだけ信じてあげられるか、それだけなんだよ。文脈がおかしくてもいいんだ。君が今、一貫していれば」
「どうする?」フォガティは私に判断を委ねる。
「勝算はあるの?」
「協力者がいる」そいつ次第かな、とフォガティ。
そっか、と私。
私はふらふらとモニターをあとにする。銃声の音が散発的になってきた。向こうもそろそろ決着が着きそうなんだろう。私も決めなきゃいけない。
私はダリの前に立つ。その水槽にはピアノが静められていて、音も沈まっている。この中にコギトがいる。私の愛しいコギト。私たちの魂はどうなっているんだろう。きっと朱く汚れているに違いない。でもコギト、あなたはその白い純度を保っていて。
私は無理だよ。水槽に銃を向ける。無理だよ。セーフティを外す。できないよ。引き金に指をかける。人々なんて知らないよ。他人だしどうでもいいことだよ。私の個人的な判断は彼らの魂までに責任を負ってられないよ。でもそれってだめなことだよね。よくないことだ。よくないことを侵すのってなんて勇気がいるんだろう。だけど。
「塵は散り、灰は肺に」
そうだろ父さん、と言うと水槽に穴が開いた、それは弾丸で、起因は私に由来する。私の凋落した涙と、矛盾した意識によるものだ。穴から水は出てこない。その代わり虚構が流れ出す。それは液体と固体を繰り返しながらやがて気体にへと自らを安定させていく。弾痕はひび割れを作り出した。そのクレバスは崩壊していくタペストリーのように水槽を覆っていき、解放に耐えられなくなったダリは自壊した。
大きな光が私を包む。その巨光の中に私は父さんの驚愕した顔を見て、そこにコギトの姿を認めた。私の身体はなんだか温かくなっていく。視ろよ、父さんの実に下らない呆けた顔を、コギトの安らかな笑みを。やったぜ。
*
僕たちは木星で湖を探した。それは人類史上初の試みだったろう。しかし木星は全てが狂っている。何もかも大きい。僕たちはその中で自分たちの距離をうまく保つことができない。なので園原と手をつなぐことにした。お互いをつなぎとめること、そこに存在をみとめること。たすけて、と言ったらすぐにたすけられるポジションにいること。それがこの広大な神話の世界で存在する確かなやり方だった。園原はあんまりいい顔をしなかったけど素直に従ってくれた。ごめんね、あとで手を洗ってくれ。
でも僕たちの探すという行為はあんまり意味がなかった。それはすぐに完結したからだ。
僕たちが木星に来て少し経った後で、ぱん、と音がした。
「聞こえた?」
「聞こえた」
それは音というにはあまりにも僕たちの内部に浸透し過ぎていた。頭の中で直接鳴ったようにそれはしっかりとけれども大きすぎない音だった。
そしてすぐに引力が訪れる。
僕たちは引き寄せられた。巨大な力に巨人に胸倉をつかまれているみたいだ。宙を飛び僕たちはぐるぐると身体の制御を失い続ける。その中でも必死にお互いの手を離さないでいた。これを放したら僕たちは話せなくなる。そして虚構の迷宮に堕ちるだろう。僕たちはお互いの存在を度外視してとにかく繋がりあった。手を固定した。
その必死さがうまくいって僕たちは次の瞬間無事に地面に叩きつけられた。痛いというよりその衝撃のせいで身体がばらばらになりそうになる。意識を失いそうな中、やっとの思いで顔を上げると、僕は瞬間を理解した。
パーカーは銃を持っていた。そして撃った弾丸はバロバロの脳天を穿っている。バロバロは食べるのを止めていた。そして目玉が大きくせり出し、破裂していた。
バロバロから目に見えない大きな力が放出されているのが分かる。しかし僕たちは吸い寄せられているのだった。バロバロが放出している虚構は同時に意味の欠如を生む。そこには大きな穴が出来てしまう。バロバロの溜め込んだ虚構はバロバロ自身が蓄えることによってバランスを保っていた。しかしそれが無くなった以上、その膨大な虚構はさみしがりの少女のように新しい虚構を欲するのだった。
「コギト!」
と園原は引力に逆らい、引力に従おうとしていたコギトを抱きとめた。
「園原……」
コギトは力なく笑う。「君はおてんばだね……」
「あなたのせいよ」園原は力いっぱい笑う。
その光景を憎悪が襲う。シュイロがあの黒いもやを出してコギトを奪い取ろうとしていた。園原が間に身体を挟む。そしてそれが彼女を貫く前に黒いもやに風穴が開いた。パーカーが全て撃ち抜いた。硝煙はバロバロに吸い込まれていく。
「やってくれたな」
絵井美、と忌々しげな表情でパーカーを睨むシュイロ。彼の表情は近親に対する計り知れない憎悪によってゆがんでいた。同時に自身の穿たれた腹から出て行く朱い血が、繭から糸を引っ張っていくように彼をバロバロの穴に引きずり込んでいくのだった。
確実に。
ゆるやかに。
「お前は本当に出来の悪い娘だった」
「あんたに似てね」
父と娘の会話はひどく鬱屈としていた。
「こうなった以上私の望みは潰えた」
私のはかない、ささやかな夢が。
「あんたは省みなさ過ぎたんだ」
パーカーは言う。
「あんたは考えすぎなんだよ」
「お前もその男と同じようなことを言うのだな」
そう言って吸い込まれないようにピアノにしがみついているフォガティを見やる。フォガティは肩をすくめた。
「お前は裏切らないと信じていたのだが」
「そんなの親のエゴさ」
私は自分で自分を決める。外的な要因など介さずに、自分を導くことに決めたんだ。
「あんたに最後に聞いておくことがある」
「なんだ」
シュイロの身体はほとんど解けていた。その多くが穴に吸い込まれいつ消えるともおかしくない状況だった。
「私の母さんはどこなの」
「そんなことか」
シュイロはくっくと喉の奥で笑う。
「答えて」
「知らん」
そう言うとシュイロは目を細める。
「私には過去に記憶はほとんどない。そのために木星をつくり、お前たちの母、つまり私の妻の存在も作り出そうとしていたがそれもできなくなっていまった」
パーカーはぐっと唇を噛んだ。
「関係ないね」
「そうだとも」
シュイロは鈍く笑う。身体のありかはもうほとんどこちらにはない。バロバロの棲む向こう側の世界にその多くを宿してしまっている。
「えいみ」
「なんだよ……」
「とわにあがくがいい」
そう言ってシュイロは消えた。あっけなくその存在を潰えさせた。そしてパーカーはぺたりと座り込む。僕はその肩をそっと抱き寄せる。パーカーはびくっとしたが、そこまで気にしていないようだった。
「やっぱり」彼女の凋涙はバロバロに吸い込まれていった。「あれでも親だからなあ」
「そうだね」僕にはその言葉の意味が奥底までいたいほど良く分かった。
「えっと」
気まずそうに園原が切り出す。
「ここからどうしましょう」
そうだね、と目じりを拭いながらパーカーが背後を指差す。「こっちに来るにあたって目印を用意していた」彼女が指差した先には細めのロープが垂れ下がっていてそれはどこまでも上に続いていた。「これを辿ればここから元の場所まで上昇できる」
よかった、と安堵する隣で「でもこの穴はどうするんだい」とコギトが弱々しく口を開いた。「これを塞がないと元の世界に戻っても」そう言って俯くコギトの頭を園原はやさしく撫でる。
「大丈夫」
フォガティがそう言った。
「さっきも言ってたけど大丈夫ってどういうこと」
園原はいぶかしげに訪ねる。
「だからさっきも言ったろ。協力者がいるって」
「それは誰」
「彼さ」
と僕を指差す。
「彼こそ僕を生み出したその人なんだ」
そうフォガティが言うとコギトが驚いた表情をする。
「本当に?」
「そうだとも」
コギトは他にも何か言いたげだったが、フォガティはそれを遮った。
「この人には小説の才能は無いんだけど、虚構を生み出す才能だけはあるんだ」
「そうだね」僕は肯定するしかない。
「だから彼が残って出て行く虚構と同じだけの虚構を生み出し相殺すればいい」
「でもそれって!」
パーカーは大声を上げる。「それって……」
「いいんだ」と僕は言う。「いいんだよ」
何となく分かっていた。これが僕のやるべき事だって。もう僕が生まれる前から分かっていたのかもしれない。エイミーはそれが分かって悲しくなって発狂したのかもしれない。
「ほんとにそれでいいの?」
とパーカーは言う。
「うん」
「じゃあ私も残ろう」
僕は生まれて初めて予想だにしなかったことを体験したかもしれない。それくらいパーカーの言葉は衝撃的だった。
「なんで」
「もともと残ろうと思っていたんだよ」
潜水病でもないのにダリに触れてしまったからね、と苦笑するパーカー。「もう向こうに戻っても私の体はないんだよ」
「そっかぁ」
僕にはどうすることもできない。慰められない。でもパーカーがすごいってことは理解できる。知ってるよ。自己犠牲だね。なんて尊いんだろう。
「だから君たちは行くんだ」
フォガティは柔和な表情でコギトと園原を促す。「外のことは君たちに任せよう」
「そんなこと言われたって」
と園原は困惑する。「私達は何にも責任を持てないよ……」
「園原」
コギトは張り詰めた顔をしている。
「行こう」
その表情は今にも崩れそうなんだ。
「姉さん」
「なあに」
コギトはパーカーに近づく。パーカーはそれを受け入れる。姉弟は抱き合った。
「今までごめん」
「いいのよ」
「よくないよ」
「仕方なかったのよ」
「でも」
「ありがとうっていって?」
コギトは顔を上げる。パーカーが泣き晴らして笑っていた。それをみたらやっぱりコギトも泣いてしまった。
「ありがとお」
ほんとうに、ほんとに。二人は繋ぎあった。もう大丈夫。はなれてもはなれない。はなしたくてもはなさないよ。
「別に長いお別れ、ってわけじゃない」
フォガティは口を開く。
「目に見えなくても、ああ、いるな、って感じてそこに可能性と温もりを見出せば、さみしさなんて遠き彼方だよ」
「そうだね」
と僕たちは言う。
じゃあ、と僕たちは二手に分かれた。
僕とパーカー。
コギトと園原。
僕とパーカーはコギトと園原がロープをつかんで上昇していく様を見ていた。ロープは宙に吸い込まれていって、するすると上昇して言った。僕たちはお互いを見ていた。視線が遠くなる。分かってる。そして、やがて、消えた。
*
「そろそろ僕も戻るよ」
とフォガティは言った。「もともと僕は向こう側の住人だしね」
「そっか」僕はかねてよりしたかった質問をする。
「君は」
「うん?」
僕は続ける。「生まれて幸せだった?」
フォガティは初めて顔をしかめた。
「それは君が僕にできる最高に野暮な質問の内の一つだね」
「分かってる」
「そうだなぁ」
フォガティは悩む。そして言う。「わかんない」
「そうだよね」
「でも、それを確かめるためには君は生き続けて、何かを生み出し続けるしかないんじゃないかな」
「そうだねえ」
そうとも、そう言ってフォガティはとっ、と後ろにステップし、バロバロの穴に吸い込まれていった。そのとき彼の唇が動いたけど。僕はそれに気付かなかった。
*
僕らは二人だけになった。この良く分からない世界に二人残された。
僕はピアノに座る。弾き方なんて知らない。触ったことすらない。でもまずは音を出すことから始めよう。なんせ時間ならいくらでもあるのだから。
「ねえパーカー」
「なあに」
「これが終わるまで見ていてくれる?」
「いいよ」
「ゆびきりしよう」
「いいよ」
「約束だ」
*
ロープが上昇していく。僕たちはそれにつかまっている。長い間それにつきあまっていた。僕は園原を抱きかかえている。彼女は俯いたまましゃべらない。しばらくすると、僕たちは光の中にいた。それがいっそう眩しくなったとき、僕たちはダリの前にいた。ダリは自壊しており、ピアノは正しい姿で水槽の中に沈んでいた。
辺りにはたくさんの人がいた。そしてすぐに多くの人に囲まれた。興奮気味にいろんな質問が飛んできてぜんぜん分からなかったけど、僕たちの様子をみて冷静さを取り戻してくれたらしい。その中の一人が「気分はどうだ」と尋ねてきた。
僕は笑った。
そのあと僕たちは病院に搬送されることになった。
担架に乗せられそうになったがそれを拒否し自力で歩いていると、園原が言った。「以遠さんと黒星さんがきっと呼んでくれたのね」園原がそう言う。「そうだったんだ」そういう僕たちの前を二つの遺体袋が通り過ぎていった、一つは男。もう一つは女のだった。園原は泣きそうになって僕の胸に顔をうずめた。僕もこらえる。
重い足取りで窓の前を通り過ぎようとすると、ある光景が目に入ってきた。僕らは愕然とする。
「木星……」
空には大きな、巨大すぎる木星が浮かんでいた。それはひどく大きかった。くっきりと斑点が分かるくらいに。
「数十分前にあれは現れたんだ」
と僕たちに付き添っていたIRSの職員が言った。「あれが現れたとき世界は終末を迎えたのだと人類が思っただろう。でも、」
と職員はううむ、と黙り込んでしまった。
「でも?」
「いや」ほんとうにおかしなことなんだが、と職員は前置きをして、「あれには質量がないんだよ」
「質量が?」
「そうなんだ。ただ光景がそうやって見えるだけなんだよ」
「きっとフィクションなんですね」
「フィクション?」
いぶかしげに僕を見つめる職員に僕は言った。「認めることはできるのに、存在はしない、そういうことなんだね」
そうだろ、姉さん。とコギトは言った。
「園原」
「なあに」
僕は固く彼女の肩を抱く。
「今度は僕が君の前を歩くよ」
「ほんと?」
「誓うよ」
僕たちは木星を見上げた。木星の周りを朱色の流星群が疾走していた。そして木星の表面には大きな二つの湖があった。きっと王水とエーテルで満ちた、人間には到底理解できない美しさで構成されているに違いない、と思った。
*
*
*
*
テス、テス。
僕が分かりますか。
僕はあなたにテスタメントを持ちかけます。
人類最小の契約を。
TES?
YES。