マリア様はご機嫌ナナメ 27 マリアの伴奏
「進堂ちゃん、なかなか良い感じじゃない」
浅田さんは機嫌が良い。
「けっこう大変なんですよ。ネタ切れにならないように日々格闘中ですよ」
「実はさ、クリスマスの企画で、白石麗子のライブをやろうかと考えているんだ。しかも、お客さんを入れて一時間の公開番組で」
浅田さんはこういう突飛な企画を時々する。それで局でも名物ディレクターと呼ばれてる。こんなふうに「進堂ちゃ~ん」という時は要注意だ。ほぼやるに決まっている。
お客さまを入れるので、午前二時から三時の時間帯では無理だ。そこで、この部分は録音で午後七時から録るのだ。
「で、さ」
このセリフが来たらもう次はかなり無理な要求だ。
「お宅の彼女のマリアちゃん、ピアノやってるんだよね。彼女にたので伴奏をしてもらいたいんだよね」
「え! でも彼女はクラシックですよ」
「譜面を用意するから、適当に伴奏してほしいんだよ。客は白石麗子を見たくて来るんだ。彼女には言えないが、歌は今一つなんだよね」
僕は恐る恐るマリアにお願いしたら、
「いいわよ、ダ~リン。あなたのお望みだったら何でもするわよ」
甘ったるい声で話すときは要注意だ。
「ポップスだよ大丈夫かな」
「バイトの休憩中に暇だから、下の譜面売り場から適当に楽譜を持って来て弾いてるの。ポップスでもジャズでも何でもこいよ」
浅田さんにマリアがやっても良いと言っていると伝えたら、
「よし、そうと決まれば明日にでも麗子も入れてリハーサルをやろう。明日は番組が無いから、ちょっと早めに始めよう。送り迎えはタクシーでいいよ」
僕は黒でオシャレ?したマリアをタクシーに乗せて田園調布へ麗子さんを迎えに行った。
麗子さんの家からは僕が助手席に座りマリアと麗子さんが後部座席に座った。
「このたび伴奏させていただく進堂マリアです」
マリアは自己紹介したが「進堂マリア」はフライングだよ。
案の定、麗子さんはびっくりして、食いついてきた。
「進堂ちゃんの奥さん?」
素っ頓狂に言った。
「違います。違います。こいつが勝手に言ってるだけです」
僕は慌てて訂正した。マリアはプっと頬っぺたをふくらませ、局の通行証を麗子さんに見せた。
「シャレ、シャレですよこれ。浅田さんが面白がって作ってくれたんです」
僕たちが目下、戸越の安アパートで同棲中と知ったら、麗子さんは気絶するね。
局について浅田さんおデスクに行った。
「ご苦労さん。先にちょっとお茶でも飲むか」
僕たち四人は社員食堂でコーヒーを飲みながら軽く打ち合わせをした。その間もマリアは伴奏する曲の譜面とにらめっこしている。いちおう、プロ根性はあるみたいだなと感心した。
リハーサルは二時間ほどかかったけれども上手くいった。マリアは一つのミストーンも無く完全に伴奏をした。浅田さんは上機嫌だ。
リハーサルを終えて社員食堂へ戻った。
「さ、何でも良いから食べて。オッとマリアちゃんはいける口だからお酒もいいよ」
マリアは、
「ラッキー! じゃ赤ワインかな」
おいおいいきなり赤ワインかよ。飲みすぎないことを僕は神様に祈った。
「ちょっと進堂ちゃん」と浅田さんは僕を社員食堂の別の席へ誘った。
「マリアちゃんのギャラはこんなもんで良いかな?今日のリハーサルはバイト代として今までと同じだけど、本番のギャラは一曲、これぐらいでお願いしたいんだけどね」
浅田さんが示したギャラの高額さに僕は驚いた。
「こんなに貰って良いんですか」
「何を言ってるの進堂ちゃん。良いんだよ。マリアちゃんはアーティストだからね、芸能人枠のギャラだよ」
麗子さんとマリアのいる席に戻ったら二人は大いに盛り上がっている。しかも麗子さんまで赤ワインを飲んでいる。
「麗子さん、確かまだ未成年でしたよね」
「あら、進堂ちゃんって堅いのね。マリアちゃんも飲んでるじゃない。自分の奥さんは良くて、私は駄目なの?」
痛いところをついてくるな。
浅田さんは大笑いしている。
仕方がないのでお酒が弱い僕はグレープジュースをワイングラスに注いで貰って、みんなで乾杯した。