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『GAP The series』ジオブロに際して―エンパワメント作品としての価値の発揮

タイのGLドラマ『GAP The series』(以下『GAP』)が、日本でYouTubeからジオブロックされました。

結論から言えば、この作品が多くの人を力づける作品であること、その価値を最大限に発揮するためにはYouTubeでの公開が大きな意味をもつという理由から、私は少なくとも全話ジオブロックには反対という立場です。
タイドラマ全般やジオブロックを巡る議論に詳しいわけではなく、また色々な意見があると思いますが、一意見として読んでいただければ幸いです。

※誤りがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。
※noteの投稿等を引用させていただいています。ご迷惑でしたら速やかに削除いたしますので、申し訳ありませんがご連絡ください。
※一部、物語の結末に触れています。これが本作の重要な要素と捉えているためですが、ネタバレと感じられる方はご容赦ください。


タイGLドラマの先駆け『GAP』

2022年に公開され、近年のタイGLドラマの先駆けとなった作品です。主演を務めたFreenとBeckyは、本作をきっかけに世界的な人気を得ました。

あらすじ
王族で、会社の社長もしている有名人のサム。そんなサムは、モンにとってのアイドルで、幼い頃から憧れていた。彼女に少しでも近づきたいと、サムの会社に勤めることになったモンは、サムの真の姿を目の当たりにすることに。階級、役職、年齢、何もかもギャップがある二人が織りなす、女性同士のラブストーリー。

【タイGLペディア】GAP The series(ギャップ・ザ・シリーズ)|#タイGLドラマ

この作品と主演2人の詳細については、下記サイトなどをご参照ください。本作がとても愛されていることが分かります。

吹替版有料配信に伴うジオブロ

インターネット上で、特定の地域のIPアドレスからのアクセスを制限することを「ジオブロック(地域制限)」といいます(以下ジオブロ)。

2024年9月12日、アニプレックスの新ブランド「aLiL(アリル)」から日本語字幕版・吹替版「ギャップ・ザ・シリーズ」有料配信、円盤発売等が発表されました。https://gap.alil.jp/
それらに伴い、公式YouTubeがジオブロされました。私が見た限りでは、事前にその旨の告知は確認できませんでした。
※もし間違いでしたら、ご指摘いただけますと幸いです。

これにより、『GAP』は諸外国(全世界)ではYouTubeで見られるのに対し、日本からのみYouTubeで見ることができなくなりました
それも、公開開始からこれまでずっと見ることができていたものが、今は見られないという状況です。

吹替版配信に伴いジオブロを心配する声は、 配信発表の時点からあったようです。https://news.yahoo.co.jp/articles/5116e28160618266cab750d9cc767d3ea28054dc

なおタイ作品のジオブロ周辺を巡る議論については、下記が参考になりました。タイBLドラマ『2gether』の例では、事前にジオブロが予告されていたようです。

吹替版制作ブランド「aLiL」のコンセプト

吹替版の制作は、アニプレックスの新ブランド「aLiL」によるものです。公式サイトによれば、「aLiL」のコンセプトは以下とのこと。

「女性同士の間に生まれる愛情や友情を描くアジア発の実写作品。多くの人をエンパワーする物語の日本語版を届けるアニプレックス新ブランド。」

https://alil.jp/

「エンパワー」/「エンパワメント」とは

エンパワメントは、個人や集団が自分の人生の主人公となれるように力をつけて、自分自身の生活や環境をよりコントロールできるようにしていくことである。
エンパワー(empower)という単語は、もともとは「能力や権限を与える」という意味である。

エンパワメント/エンパワーメント(empowerment)

ここで「aLiL」が明言する「エンパワー」と、その名詞形である「エンパワメント」とは何なのか。その定義は一定ではないものの、平たく言えば人を励まし、力を与えることと捉えられます。
この点に言及していたことで、「aLiL」に対し個人的には好印象をもっていました。

『GAP』ジオブロに反対する理由

(1)エンパワメント=人を救う作品であること

ジオブロに反対なのは、ブランドのコンセプト通り、『GAP』がエンパワメント=多くの人を力づける作品であることが一番の理由です。

この作品が人々をエンパワーすると思っているなら、それが分かっているのなら、ジオブロは避けてほしかったというのが正直なところです。

主演の2人はこの作品の影響について、「ドラマを見て”パートナーにプロポーズしたくなった”と伝えてくれたり、ウエディングカードを選ぶよう頼まれたり、ウエディングドレス姿を自慢してくれるファンがいた。それも一人ではなく沢山」というような話をしています(大意)。(動画8:12頃~)

ジオブロを受けてXでは、「この作品に救われた」「自分が肯定された気持ちになった」というような内容のポストを多く目にしました。

主人公たちが結婚というハッピーエンドを迎えるこの作品は、クィアを含む多くの人に力を与えたことが分かります。 
※ドラマ最終回の公開は2023年2月。タイで同性婚を認める法案が可決される2024年6月よりも前のことでした。

結婚式を挙げ、周囲の人々に祝福されるサムとモン

この作品のヒットを受けて、タイでGL作品が少しずつ増えていきました。
「aLiL」が言及するように、女性同士の関係を描く作品には、エンパワメントの性質があります。
本作の存在が多くの他作品を生み、そういったエンパワメントの輪を広げたという点でも『GAP』は特別だと考えています。

(2)YouTubeで公開されることの意味

YouTubeで公開される利点は、やはり誰もが無料で手軽に見られるということです。

主演2人の新作『The Loyal Pin』に関して、Freen(写真左)のコメント
※『The Loyal Pin』が時代劇ドラマであり、タイの文化を世界に広めるという文脈での発言(動画22:17頃〜)

※『The Loyal Pin』は公開時点から日本でのみジオブロ。TELASAで日本語字幕版が配信されています。こちらについては、このnoteでは深くは触れません。

(1)で触れたように、物語を必要とする人・物語に救われる人が、そのような作品を探し求めたとき、あるいは偶然に出会ったときに、手軽に見られること
それこそが、エンパワメント作品であることの価値を高めると思っています。
有料配信へのアクセスが難しい若者などを含め、誰もが無料で見られることは、大きな意味をもちます。

現に本作はYouTubeで全世界公開されてきたことで、ここまでの人気を博しました。YouTubeという媒体で、エンパワメントの性質を最大限に発揮した結果といえます。

(3)企業ではなくファンの力で広まった作品

今まで公式YouTubeでの日本語字幕はなく、有志の方々が字幕をつけてくださっていました。(YouTubeの機能の<他言語→日本語 自動翻訳>は有)
※以下で利用されているNekocapは、視聴回数が公式に還元されるシステム

言ってしまえば、個人が字幕制作をしても、金銭的なメリットを受けられるわけではありません。にもかかわらず作品への愛を理由に、時間や労力を割いて字幕制作を行われていたことに、頭が下がる思いです。

公開開始時点からジオブロ、あるいは元から共同制作という形ならまだ理解ができます。
しかしこの作品がタイ国内を超えて世界/日本で広まったのは、企業の宣伝などによる効果ではなく、作品自体の魅力と、それに魅せられたファンの熱意や口コミによるものです。
※この点は、『GAP』以前の他のタイドラマと同じです。https://note.com/thai_7m/n/n5a84478e7f9c

今回の流れは、主演2人を中心とするキャストの努力や、ファンの力で広まった作品が、いきなり現れた企業に横取りされた形に見えてしまうのが正直なところです。

ビジネスという観点

ビジネスとしては、割いた資金に対して利益を求めるのは当然のことです。版権を買い取る=無料公開を止める、という流れがあるのも全く理解できないわけではありません。

翻訳や吹替にかかるコストを軽視しているわけでもありません。吹替版などの視聴へ対価を支払うことに、異論はありません。

また今回のジオブロは、プロデューサーの方の一存ではなく、企業としての決定と受け止めています。

YouTubeで見られても、ファンはお金を落とす

「”お金を出したくない/出せない”わけじゃない」
上述の理由を含む、この作品への切実な思いから、今回ジオブロに反対する声が多くありました。

特典の詳細が明らかでない中で円盤を購入した方でさえ、むしろそういった方が、今回のジオブロを受けて購入をキャンセルされたケースもいくつか目にしました。
YouTubeで無料で見られるという前提でも、というよりもむしろ、それを前提として購入がなされていました。

円盤特典の詳細は公開されていない(写真は2024.9.20時点)

すなわち、吹替版制作発表時点では既存ファンの多くは
・吹替版・公式の字幕版で新規ファンが増えることを喜んでいた
・そして新しい楽しみ方や、作品へのリスペクトの表現としてサブスク契約や円盤購入をしようとしていた
そのように感じます(ジオブロ判明前は)。

「YouTubeで無料で見られるなら課金しないだろう」という意見や、実際にそうなりうる面があるのは納得できます。

しかし既存ファンの中には、サブスク配信先の契約者や再生回数を増やすことで「作品やFreenBeckyを話題にしたい」「ファンが多いことを示したい、"数字を持っている"と思ってほしい」などの気持ちから、契約を選ぶ人が少なくなかったと見ています。

※「本当のファン」ならお金を出す、などということを言いたいわけではありません。
多くの視聴者を力づけたこと、ファンの力で作品が広まってきたという経緯から「作品や主演の2人をサポートしたい」という空気があることを感じています。

有料配信との共存

そのように既存ファンとしては「吹替版には課金をしてでも、一方でYouTubeでの公開は残してほしかった」という思いが大きいです。

①吹替版等の有料配信と並行して、YouTubeでのオリジナル版を残しておく
②あるいは、せめて冒頭何話かはYouTubeでのオリジナル版を残しておく

そういった有料配信とYouTubeでの公開との共存がなされるといいなと思います。
(おそらく②が折衷案であることは理解しつつも、やはりあの結末を描いたこと、それこそが本作の大きな意義であり、誰もがラストを見届けられるような環境であってほしいという思いは否めません。)

最後に

今回のジオブロを受けて、『GAP』はたくさんの人にとって、力を与えてくれた特別な作品であることを改めて強く感じました。

やはりこの作品の魅力は、映像の美しさだけではなく、多くの人を勇気づける力があることです。
ゆえに誰もがアクセスできるYouTube配信が守られてこそ、最もその価値が発揮されると思っています。

吹替版・公式の字幕版により、今まで目に触れなかった人の元に作品が届き、またより物語への理解が深まること自体は喜ばしいことです。
ただジオブロにより、必要な人に物語が届く可能性が減ることには、恐れや悲しみを感じます。

『GAP』という作品は、これからも多くの人を救う作品であるはずです。この物語を必要とする人を含め、様々な人に届く環境にあることを祈っています。


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