短期市場変化:Kalman Filter Baset Test
Kalman Filter-Based Test(KFBT) は、時系列データの状態推定と分散の変化を分析することで市場の構造変化を捉える手法であり、状態空間モデルを用いて市場状態を連続変数として推定し、市場の変化を動的に追跡する。これは、離散的な市場状態変化を仮定する Markov Switching Model (MSM) とは異なり、より滑らかな市場ダイナミクスの変化をとらえることができる。
状態空間モデル
市場のダイナミクスは以下の状態方程式で表される。
$${{{\bf x}_t = A {\bf x}_{t-1} + {\bf w}_t, \quad {\bf w}_t \sim\mathcal{N}(0,{\bf Q}_t)}}$$
ここで、$${{\bf x}_t}$$は時刻$${t}$$での市場の隠れた状態変数ベクトルであり、市場のトレンドやボラティリティなどがあてられる。$${\bf A}$$は$${{\bf x}_{t-1}}$$から$${{\bf x}_t}$$への遷移行列である。$${{\bf w}_t}$$は状態ノイズベクトルで、共分散行列の$${{\bf Q}_t}$$で与えられる。
状態変数ベクトルと観測データとの関係は、以下の観測方程式で与えられる。
$${{\bf y}_t = {\bm H} {\bf x}_t + {\bf v}_t, \quad {\bf v}_t \sim N(0, {\bm R}_t)}$$
$${{\bf y}_t}$$は、観測される価格リターンなどの市場データであり、$${{\bm H}}$$は観測行列、ノイズ$${{\bf v}_t}$$は共分散行列$${{\bm R}_t}$$を持つとする。
カルマンフィルタによる市場状態の推定更新
$${t-1}$$時点での市場状態の最適推定値(事後推定値)$${{\hat x}_{t-1|t-1}}$$から、遷移行列$${{\bm A}}$$を用いて、次の市場状態の$${\hat{x}_{t|t-1}}$$は、事前状態推定として、
$${\hat{{\bf x}}_{t|t-1} = {\bm A} \hat{{\bf x}}_{t-1|t-1}}$$
と得られる。
事前誤差共分散は、
$${{\bf x}_t={\bm A}{\bf x}_{t−1}+{\bf w}_t}$$
の両辺から上記の事前状態推定 $${\hat{{\bf x}}_{t|t-1} }$$ を引くと、誤差ベクトルは、
$${{\bf x}_t−\hat{{\bf x}}_{t∣t−1}={\bm A}({\bf x}_{t−1}−\hat{{\bf x}}_{t−1∣t−1})+{\bf w}_t }$$
であり、この共分散は、以下のようになる。
$${{\bm P}_{t∣t−1}=E[({\bm A}({\bf x}_{t−1}−\hat{{\bf x}}_{t−1∣t−1})+{\bf w}_t)({\bm A}({\bf x}_{t−1}−\hat{{\bf x}}_{t−1∣t−1})+{\bf w}_t)^T]}$$
$${={\bm A}E[({\bf x}_{t−1}−\hat{{\bf x}}_{t−1∣t−1})({\bf x}_{t−1}−\hat{{\bf x}}_{t−1∣t−1})^T]A^T+E[{\bf w}_t{\bf w}_t^T]}$$
ここで、前時刻の事後誤差共分散は、
$${{\bm P}_{t−1∣t−1}=E[({\bf x}_{t−1}−\hat{{\bf x}}_{t−1∣t−1})({\bf x}_{t−1}−\hat{{\bf x}}_{t−1∣t−1})^T]}$$
で与えられ、ノイズの共分散は
$${E[{\bf w}_t {\bf w}_t^T] = {\bm Q}_t}$$
と与えられることを使用すれば、事前誤差共分散の更新式が、以下のように得られる。
$${{\bm P}_{t|t-1} = {\bm A} {\bm P}_{t-1|t-1} {\bm A}^T + {\bm Q}_t}$$
この事前誤差共分散と観測行列$${{\bm H}}$$を用いて、観測に関する誤差共分散を以下のように求める。
$${{\bm S}_t = {\bm H}{\bm P}_{t|t-1} {\bm H}^T + {\bm R}}$$
$${{\bm S}_t}$$は、観測誤差の共分散行列を表し、観測値の不確かさを反映している。
これを用いて、カルマンゲイン$${{\bm K}_t}$$を以下のように定義する。
$${{\bm K}t={\bm P}_{t∣t−1}{\bm H}^T{\bm S}t^{−1}={\bm P}_{t|t-1} {\bm H}^T ({\bm H}{\bm P}_{t|t-1} {\bm H}^T + {\bm R})^{-1}}$$
雑音からくる$${{\bm R}}$$が小さく$${{\bm K}_t}$$が大きくなった時、観測の信頼性が高くなるので、観測値が重視され、また$${{\bf P}_{t|t-1}}$$が小さい場合は、予測の信頼性が高くなるので、予測値が重視される。$${{\bm K}_t}$$で、観測情報をどの程度考慮するかを決定する。
観測値 $${{\bf y}_t}$$とカルマンゲイン$${{\bm K}_t}$$、観測行列$${{\bm H}}$$と推定値$${\hat{{\bf x}}_{t|t-1}}$$から、推定状態 $${\hat{x}_{t|t}}$$ を以下のように更新する。
$${\hat{{\bf x}}_{t|t} = \hat{{\bf x}}_{t|t-1} + {\bm K}_t ({\bf y}_t - {\bm H} \hat{{\bf x}}_{t|t-1})}$$
予測状態に、観測値と予測観測値の観測誤差をカルマンゲインで修正し、加えている。
同時に、誤差共分散も以下のように更新される。
$${{\bm P}_{t|t} = ({\bm I} - {\bm K}_t {\bm H}) {\bm P}_{t|t-1}}$$
市場変化検出テスト
市場の構造変化は、予測誤差$${{\bf e}_t = {\bf y}_t - {\bm H} \hat{{\bf x}}_{t|t-1}}$$ の変動、$${\bm{P}{t|t}}$$ の増加によるフィルタリング推定の不確実性、および カルマンゲイン $${\bm{K}_t}$$ の大きな変動を通じて捉えることができる。
1. CuSum検定による市場変化の検知
CuSum検定は、予測誤差 $${{\bf e}_t}$$ の変化、誤差共分散 $${\bm{P}_{t|t}}$$ の増大、カルマンゲイン $${\bm{K}_t}$$ の変動の3つの指標に適用できる。
予測誤差に対して CuSum 検定を適用する場合の累積変化量 $${C_t}$$は、以下のように計算される。
$${C_t = \max(0, C_{t-1} + (|{\bf e}_t| - \mu_0 - k))}$$
ここで、$${\mu_0}$$ は誤差の期待値、$${k}$$ は許容する変動幅である。$${C_t}$$ がしきい値を超えた場合、市場の変化が示唆される。
2. Z検定による急激な市場変化の検出
市場が安定している場合、予測誤差 $${|{\bf e}_t|}$$ は $${\mathcal{N}(0, s_t)}$$ に従うと仮定できる。ここで、$${s_t=tr\bm{S}_t}$$ でスカラー変数である。
Z検定の統計量を$${Z_t = \displaystyle{\frac{|{\bf e}_t|}{\sqrt{s_t}}}}$$にとり、帰無仮説 $${H_0}$$を「市場は安定している」とする。
$${|Z_t| > 1.96}$$ → 5% の有意水準で$${H_0}$$を棄却し、市場変化の兆候がある
$${|Z_t| > 2.58}$$ → 1% の有意水準で$${H_0}$$を棄却し、市場変化の可能性が高い
と判定する。
3. カイ二乗検定による市場不安定性の判定
市場が安定している状態にある場合、誤差は $${\mathcal{N}(0, \bm{S}_t)}$$ に従い、統計量$${Q_t ={\bf e}_t^T {\bm{S}}_t^{-1} {\bf e}_t}$$は、マハラノビス距離の平方と一致し、統計量は自由度 $${d}$$ の $${\chi^2(d)}$$ 分布に従う。
帰無仮説 $${H_0}$$「市場は安定しており、誤差は通常の分布範囲内にある」の検定には、臨界値 $${\Chi^2_{\alpha, d}}$$ を用いる。
$${Q_t > \chi^2_{0.05, d}}$$ → 5% の有意水準で市場の変化が示唆される
$${Q_t > \chi^2_{0.01, d}}$$ → 1% の有意水準で市場の不安定性が高い
以上のように、CuSum、Z検定、$${\chi^2}$$ 検定を組み合わせることで、市場の変化を多角的に捉えることが可能となる。
KFBTは、新しいデータが入るたびに、カルマンフィルタにより逐次更新を行い、各時点での誤差をリアルタイムに評価することにより、突発的な変化を素早く捉えやすく、また市場変動の大きさに誤差共分散は直ちに反応する。これらの変数に対し、Z検定やCuSum検定を行えば、迅速な短期市場変化検出が可能となる。
しかし、KBFTは過去の時系列データの蓄積に依存せず、現在の状態推定に注目しているため、長期にわたる緩やかな市場変化を捉えることが難しいと言える。よって、市場構造そのものが変化する場合には、より長期的な変化を捉える手法が必要である。