市場パターンの構造変化:リスクとチャンス
市場には、価格が元の水準に戻ろうとする動きが認められる平均回帰的なパターンと、価格が同じ方向へ動き続けるモーメンタム的なパターンの2つが存在する。これらのパターンが切り替わることを「構造変化」と呼び、市場の状態(レジーム)が変化していることを示している。
この構造変化は、投資戦略において大きなチャンスを生む一方で、重大なリスクを伴う可能性を伴う。そのため、市場で構造変化が起きる可能性を予測する方法や、それを測定するための適切なデータ(特徴量)を選ぶことは、非常に重要な課題である。
市場の構造変化を測定する方法は数多く提案されており、ここでは特にADF検定を応用したSADF検定について説明する。
ADF検定とSADF検定
ADF検定とは、時系列データに単位根が存在するかどうかを調べる方法で、単位根がある場合、そのデータは非定常(時間によって平均や分散が変化する性質)であり、単位根がない場合は定常(平均や分散が一定の性質)と判定される。ただし、ADF検定はデータ全体を対象にするため、バブルのような局所的な変化には対応しづらい。
このADF検定の欠点を克服するために登場したのがSADF検定であり、ADF検定を可変ウィンドウ幅で繰り返し実施し、それぞれのウィンドウで得られるt値の最大値を採用する。この方法により、局所的な単位根(急激な価格の上昇や下落)を検出することが可能になる。
SADF検定は、通常のADF検定では見逃されがちな局所的な変動を捉えるための強力なツールである。
ADF検定:Augmented Dickey-Fuller Test
時系列$${Y_t}$$に対するADF検定の回帰式は、定数項$${\alpha}$$、トレンド項$${\beta}$$、単位根の存在をテストする主要項であるラグ付き水準項$${\delta_i\Delta Y_{t-1}}$$、高次の自己相関を除去する補正を$${\delta_i}$$で入れた以下の式となる。
$${\Delta Y_t = \alpha + \beta t + \gamma Y_{t-1} +\sum^{P-1}_{i=1}\delta_i\Delta Y_{t-1} + \epsilon_t}$$
この式に関し、非定常である$${\gamma=0}$$を帰無仮説$${H_0}$$とし、対抗仮説$${H_1}$$を定常の$${\gamma\neq 0}$$とする。
検定量は、回帰式から推定された$${\gamma}$$ の$${t}$$値であり、推定値を$${\hat{\gamma}}$$用いて
$${ADF =\displaystyle{ \frac{\hat\gamma }{\sigma_{\hat\gamma}}}}$$
となる。ここで、$${\sigma_{\hat\gamma}}$$は$${\hat\gamma}$$の標準誤差である。
SADF検定:Supremum Augmented Dickey-Fuller Test
SADFでは、非定常である$${\gamma \le 0 }$$を帰無仮説とし、定常である$${\gamma > 0 }$$を対抗仮説ととる。上記のADF検定を時系列データに対し可変のウィンドウ幅で適用し、その最大値を検定量とし、以下のように示される。
$${SADF_t=\sup_{t_0\in [1,t-\tau]} \{ADF_{t_0;t}\}=\displaystyle{\sup_{t_0\in [1,t-\tau]} \{\frac{\hat\gamma_{t_0:,\tau}}{\sigma_{\hat\gamma_{t_0:\tau}}}\}}}$$
ここで、$${\hat\gamma_{t_0:,\tau}}$$はウィンドウ範囲$${[t_0,\tau]}$$の標本で推定される$${\gamma}$$であり、$${\tau}$$はサンプルサイズ、$${t_0}$$はウィンドウの始点である。
この手法では、ウィンドウ始点 $${t_0}$$ をスライドさせ ADF 検定を繰り返し、得られた検定統計量$${ADF_{t_0; t}}$$の最大値を取ることで、局所的な非定常性や単位根の発生を検出する。
よって、時系列全体に焦点を当てたADF検定では不可能な局所的な振る舞いを検出することが可能であり、SADF値は特定の期間で価格が急上昇/下落するバブルでは上昇し、バブルが崩壊すると低水準に戻る。
対数価格の利用
SADF検定に価格の時系列をそのまま適用した場合、価格が非常に大きな値や小さな値になった時に、その急激な変動が統計的に過大評価されることがある。対数を取ることで、スケールが安定し、異常な大きさの価格変動の影響を緩和し、本来の目的のバブルやバブルの崩壊による価格の急激な変動を正確にとらえることが可能になる。
また市場価格データは通常、非正規分布(偏りがある場合や長い尾を持つ)を示すことが多いが、対数価格に変換することで、データが正規分布に近い形になれば、統計的な検定や回帰分析を行う際に、標準的な正規分布を前提とした統計手法を適用しやすい。
また、価格の変動を対数スケールで表した対数リターンは、以下の式で表される。
$${r_t=\displaystyle{\log\frac{Y_t}{Y_{t-1}}}}$$。
この表式を用いると、連続的な時間を基にした積み重ねが可能であり、このため長期的な変動を考慮する金融や経済学の分析で使用される。
対数価格を用いたSADF回帰式は、
$${\Delta\log Y_{t}= \log Y_t - \log Y_{t-1}}$$を基に、
$${\Delta \log Y_{t} = \alpha + \beta t + \gamma \log Y_{t-1} +\sum^{P-1}_{i=1}\delta_i\Delta \log Y_{t-1} + \epsilon_t}$$
と表される。
計算量
時系列データ長を$${L}$$とすると、SADFで行われるADF検定の回数は、
$${\sum_{\tau'=\tau_{\min}}^{L}(\tau'-‘\tau_{\min}+1) \propto O(L^2)}$$で与えられ、ADF検定で主要な計算は回帰式の逆行列計算であり、これは$${O(L)}$$であるから、SADF 計算量は$${O(L^3)}$$で増加する。