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水族館ではお静かに

早朝に書いている。
先日、とある将棋会館へ元真剣師に会ってきた。ストーブの近くでお茶を飲む、静かなおじいさんだ。
昔のやんちゃの跡があり、指を見ればすぐわかる。話していると、話がかなり散らかる。

当時高校卒業後、この頃は世界恐慌で仕事もなく、手に職もない、店をやるにも金もない、仕方なく真剣師になった。
オヤジの借金もあるし、ふらふらしてたら大道将棋をやっていて最初はそこで働いた。
そこで稼いでいる時に客がどんな手を指すのかわかる時がある。
何百人と人を見るとこの人は勝つなとか負けるなというのが見えてきた。
若かったから、その感だけを頼りにこの世界に飛び込んだ。まとめるとこんな感じだ。
20年前の賭けの話と思えば、あっという間に昨日の晩飯の話になる。
先週行った自分の古稀祝いの話もしていた。
今は引退して子どもたちに将棋を教えるおしゃべりなおじいさんだ。
勉強がてら一局お願いした。もちろん賭けはない。

将棋を指すと顔は一気に変わる。黒目が大きくなり、全く喋らなくなる。
盤を挟むとオーラが一回り大きく感じる。タバコの煙を絶やさず、
持ち時間30分の勝負だがこちらは生きた心地がしない。
盤をかじりつくように見るため体は丸く小さくなるのに圧迫感が相当ある。
後半になるとニヤニヤしだした。もう勝ちを確信したのか顔を皺で集め、
「兄さん。こうしようとしているな。けどそれはイカンな。これはこうなってこうなる。こっちはこうでダメ。
こっちも取られる。」
どんどん手を封じられる。でも、これがどうしようもなく楽しい。
あれやこれやと話が散らかるので将棋も捉え所のないモノかと思ったが案外、堅実な指し方をする。
完敗だった。礼を言い腹が減ったのでその場を去る。

ポーカーのフィル・ゴードンの言葉を一つ。
『水族館ではお静かに』
フィル・ゴードンがキャッシュゲーム中に言った言葉でフィッシュ(下手糞)をバカにしたり、
奮い立たせるような言葉はかけてはいけない。だまって、長く泳がせておけ。

多分最初は泳がされていた。気づけば雰囲気も含めおじいさんの網の中へ誘われていた。
おじいさんが勝負の途中僕に言葉をかけたのは、リリースの状態だということだ。
リリースされた魚は外に出て、うどんを食べながら気がついた。
そういえば、世界恐慌って1930年で…
まだまだ海は深い。

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