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占領ミカン

ある日のメモ。
音楽も飽きたので落語を聴いている。
「千両みかん」というお話。千両は今の価値で約8千万円。古典落語に登場する題材で上方と東京じゃニュアンスが異なる。今回聞いたのは、落語家、十代目 柳家小三治さんのものである。

 あらすじ ウィキより中略、改変して抜粋

とある呉服屋の若旦那が夏に病に伏せた。
大切な跡取り息子なので両親も心配して、あらゆる名医に診てもらうが、決まって
「これは気の病で、何か心に思っていることがかないさえすれば、きっと全快する」と言うばかりそこで、主人は番頭の佐兵衛を呼んで、
「おまえはせがれを小さい時分から面倒を見ているんだから、
気心は知れている。何を思い詰めているか聞き出してほしい。
何だろうとせがれの命には換えられないから、きっと叶えてやる」
必ずどうにかするから、とようやく白状させてみると、

「それじゃ、おまえだけに言うがね、実は、……みかんが食べたい」

だが、時は真夏、土用の八月。みかんはどこにも売ってない。
血眼になって探しても見つからず、八百屋の元へ。
八百屋も気の毒になって知恵を貸し、問屋にあるのではと促す。問屋の蔵の扉を開け、山積みになった木箱を引きずり出すと、次々と開けていく。
「え、ある? ね、値段は?」

「千両」

こっちも遊びで店を出しているわけではない。どうしても食べたいと言うお方のために、腐るのを承知で上物ばかりを選んで貯蔵しているのだ…と言うのが向こうの弁。主人に報告すると、
「安い。せがれの命が千両で買えれば安いもんだ」
番頭は目を白黒、千両出してみかんを一つ買う。

「あー、もったいない。皮だって五両ぐらい。スジも二両、一房(ふさ)百両…」

旨そうにみかんを食べる若旦那を横目に見ながら、番頭は事の成り行きに呆れてしまう。喜んで食べた若旦那は、三房残して、これを両親とお祖母さんにと番頭に手渡した。
「一房百両。三つ合わせて三百両…。このままずっと奉公していたって、
そんなお金は手に入らない。旦那様には悪いが…」
この番頭、みかんを三房を持って失踪した。

僕なりの考察
この話は価値とは何たるかを問いかけてくる良い話だ。笑い話だけではない深さもある。最後の三房だけ持って失踪の部分に納得できない。
千両という価値に魅せられて番頭は失踪してしまうのだけど、みかんは千両の価値がないことをわかって番頭が失踪したとすると少しぞわぞわする。
番頭自身の価値が若旦那にとっては千両以上の価値を持っていることを知って失踪したのだとするとこれはストライキに近い。幼い頃から付き添ってきた番頭が居なくなるということで再び若旦那は精神的な病となる。
すると、若旦那を探すのに二千両、いやもっと出すだろうと見越して彼はいなくなったのだ。
みかんを三房だけもっていく最後のオチは第三者目線で作られたモノ、番頭の本来の意図は歪められ、嘲笑の意味を込めて出来た話とすると、この三房だけ持っていくという不可思議な行動の説明になると思う。

奉公していて、労働の価値ではなく自分自身の価値、わかりやすく金銭価値で一体どれぐらいなのか?
と、いうことをみかんを探しながら思考が混沌としていたのだ。
これって…やる意味、価値があるんだろうか?
働いていた時よく自分も感じた、なぜ1000万稼ぐ社員は500万も貰えないのか。

・奉公(労働)に価値があるのか
・自分自身(番頭自身)の主体に価値があるのか
・若旦那との関係性に価値があるのか
・自分はみかんをもらう価値はないのか…

次の日のメモ
落語「千両みかん」に翻弄されている。
なぜミカンをもって逃げたかに対しところでこの落語の終わりは「この番頭、逐電致しました」と昔はなっていたそうだ。現代は単なる「いなくなりました」になっている。逐電、が通じにくくなったからだろうけど、調べてみると逐電の語源がよくわからない。電の字があるから近代の造語かもだけど、逐は放逐の意味で古い中国の刑罰だったらしい。

ちくでん【逐電
( 名 ) スル
〔古くは「ちくてん」。稲妻いなずまを追う、の意〕
① 逃げて姿をかくすこと。 「百金を盗み取つて-いたしましたが/真景累ヶ淵 円朝」
② 行動がきわめて速いこと。急ぐこと
逐電の方向性も含めもう一度考察する。

 最後のいなくなったの部分は呉服屋の主人の側から見た部分なので
番頭側の話ではない。そこに深み、含みがありすぎる。解釈を列挙していく。実話を元に作成されたと仮定。

一般的な解釈
千両なんか到底、手に入らないからミカンにその千両の価値が移行して
欲しくなった。持ち逃げ。逐電。

※ここから先は番頭がミカンに価値がないことを知っていた場合
また、逐電の部分対しては主人の呉服屋を辞めたという意味を含めた解釈。

①窃盗
恨み、復讐心、疑心
なんで、こんな馬鹿げたことに千両もかけてるのだろう。
自分は一生懸命働いているのにみかんに負けるのはなぜかと考えるようになる。
復讐心、疑心、恨みからの窃盗。

②放浪
関係性への不信感。
千両などどうでも良い。せめて自分にも一房くれたら労いとなったのだが、
なぜ若旦那は幼い頃から親代わりの自分にミカンをくれないのか。
そういった落胆からの放浪。

③家出
ミカンにこれだけ大金を出すなら、自分が居なくなることで若旦那は探してくれるだろうという少々乙女チックな魂胆。それでいくらかお金がもらえるなら良いという作戦。それだけの根拠で自分を突き動かすには心もとないため、ミカンを担保に持っていく。目的はお金でもあり、若旦那への忠誠心でもある。追いかける側が居て成立する鬼ごっこ的要素。
良い条件で帰ることを目的としている家出。

④教育
若旦那に対して教育的側面での失踪。本来あるべき価値はミカンではなく。
みかんを探してくれる人が居てこその千両のミカンであるはず、
そこを理解出来ない若旦那に一つ灸をすえるためにいなくなった。

⑤逃避
商人としての敗北
自分は年をとってもまだまだ問屋のような商魂はない。
自分には向いてないのだろうと思い悩み、商人をあきらめた。
奉公のままででも、暖簾分けしてもらっても自信がない。逃避。

⑥離別
商人としてのプライド。
このようなことにお金を使うなどというのはミカンを腐らせるのと同義である。途中で出会う問屋の商魂に触れ、こんなところに居ては行けないという意志の決断から主人の元を去る。問屋にミカンを返し、商売とは何たるかをそこで学ぼうとする。次へ進むための離別。

いくつか列挙したがまだまだ出てきそうだ。僕としては⑥に近いと嬉しい。
元の話があるとすると多分、その後、番頭は捕まったのだと思う。
もちろん、番頭にすらわからないであろう感情を僕がわかるわけがないのかもしれない。
しかし、ここに列挙されたもの以外の感情も含めすべてが一気にやってくるとそれは表現できない。混沌した感情で入り組んで得体のしれないものだ。番頭は若旦那にみかんよりも大事なことを伝えたくて、大人として奔走していたのかもしれない。仮想通貨とか価値について考える材料としていたがそこには辿り着かなかった。
 この落語の皮を剥くと何房かの解釈があり、その房の中には数え切れない程の感情の果肉の粒がうすく見え、どこを味わうかで酸味も甘みも変容する。なぜこんなにもミカンについて頭が占領されているのかはわからない。
 そろそろミカンから開放され僕も逐電したい。プロポーズのセリフにいいかもしれません。「あなたと逐電したい。」

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