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おふくろの味

 母が死んだ。脳梗塞で突然帰らぬ人となり、実家ぐらしの僕はせかせかと葬式の段取りをしている。
 母が寂しくないように購入したロボットは黙って直立して家にいる。
スリープモードにしたロボットはまるでマネキン。おそらく母が編んだであろうマフラーが空調によって揺れている。羽織っているコートもなかなか高そうな代物で僕の服なんかより断然高いだろう。何、お前機械の癖に服着てるんだよこの野郎 おい!とか思いながらいろいろ準備を進める。

 いろいろと手続きが済んで、腹が減った。冷蔵庫を開けるとからあげがラップをしていて置いてあった。母の死からこの家はまるで止まったままだ。
母の洗濯物もまだ籠の中。
「腹減ったなぁ」

 飯を初めて家で食べる。結局誰も作ってはくれない。寂しさのあまり家事ロボットを起動させた。
「スリープモードから移行します。倒れる可能性もあるため周囲にお子様や貴重品を置かないようご注意ください…
こんにちは。本日は2114年5月14日。晴れ、今日もいいテンキでしたね?
19時19分です。顔認証しました。タイト様ですね。」
「ああ。」
「タイト様にメッセージが一件あります。」
「なんだ?」
「お母様が『唐揚げが冷蔵庫にあるので食べて』とのことです。」
「そう・・・」無関心に言った。
「あのさぁ・・・今食べてるよ。」
「承知いたしました。」

 箸が皿にぶつかる音しかしない。もう、この唐揚げが食べられないのかと思うと涙がこみ上げてきた。
「テレビをつけてくれ…」
「茂美さまはテレビをひどく嫌います。よろしいですか?」
「あーもう1回言ってくれ」
「茂美さまは…」
「おい待てぃ…」
「何でしょうか?」
「母は死んだんだ。」
「どこか具合でも悪いのですか?」
「ん?おっ、大丈夫か?大丈夫か?この機械?」
「カスタマーセンターに問い合わせます。」
「やっぱり壊れてるじゃないか。」

 しばらく、無音の中、咀嚼音でリズムよく頭骨を刺激し、閃いた。
あ…多分この家事ロボットCookieは『母死んだんだ。』と『母は診断だ。』を聞き間違えている。いや、僕の言い方が悪かった。コレはコミュニケーション能力には特化していない。

「Cookie。問題は見つかったか?」
「サーバーのバビロンに接続しました。アップデート完了いたしました。今後ともこの製品Cookieをご利…」
「もういい。なんのこったよ。」
「なにかご用件はありますか?」

そういえば…家事ロボットは家事をしているから…この唐揚げのレシピなんか分かるんだろうか?とふと思いついた。
水を一杯飲み、油分を希釈して言った。
「この唐揚げのレシピってわかるか?」
「はい、わかります。」
と言うことは死んだ母の唐揚げが食べられるということだ。僕は歓喜した。
「やっぱりお前は高性能じゃないか。」
「そちらの唐揚げは株式会社 Cooking for 9 の冷凍食品です。」
「は?」
「茂美様はそれをレンジで約3分、600Wで…」
「親の味が冷凍食品?母…親の…」
「親会社は…」
「違うだろ!いいかげんにしろ!」

そうか、母の味は冷凍食品だったのか…

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