超銀河超特急殺人事件(完全版)

 超銀河超特急とは、宇宙に存在する約2兆個の銀河すべてを周回する、超光速宇宙輸送船列の通称である。全長14 km、幅2 kmの直方体型宇宙船2千隻を直列に繋ぎ、宇宙空間を爆走する姿から、こう呼ばれている。

 アンドロメダ銀河を目指す途中、超銀河超特急の船列がなにもない巨暗黒空間に差し掛かったとき、事件は起こった。

 名探偵ジクヮー3千3百3世は、5億本の細い触腕を蠢かせながら目覚めた。触腕に備わる微細な感覚器が、連続した重力変動を検知したからである。

「はあ、誰だ。超光速反復横跳びなんてしたヤツは」

 ジクヮーは寝床から起き上がり、伸びをした。黄金色の触腕にまみれた毬のごとき身体が扁平になる。

「迷惑な乗客も居たものですね、ジクヮーさん」

 ポの声がジクヮーの脳内に直接響く。ポはジクヮーの脳に寄生しているグドュ星人である。直径5 mmほどの球体とそこから伸びる神経根がポの身体だった。

「まったくだよ、ポくん。非常識なヤツも居るものだね。控えめで優秀な助手の君とは正反対だ。チケット代をケチるんじゃなかった」

 ジクヮーの身体が膨張した。不定形人用5等級客室に触腕が満ち満ちる。

 ストレッチを終えたジクヮーは、車掌に文句の一つでも言ってやろうと、客室のドアに触腕を掛けた。しかし、ジクヮーが押し開ける前に、激しくドアを叩く音が響いた。

「ジクヮーさま、ご無事ですか?」

 触腕をしかめたジクヮーはドアを開けた。

「なんの騒ぎだね?」

 ジクヮーがドアを開けると、車掌が居た。車掌は息を荒立たせ、二つある顔をガンメタリックパープルに染めている。尋常でないようすだった。

「殺しです」

「殺し? 誰が殺されたんだ」

 ジクヮーの触腕の先についた光受容器が鋭く光った。

「この車両に居るほとんど全員です」

 車掌が息をなんとか整え、声をしぼり出した。

「一瞬で、5万人が殺されました」

 ジクヮーの感じた衝撃を、脳内に走る電流によって、ポもまた同じように感じ取った。

「5万人だって? 犯人は? まだこの車両にいるのかね」

「おそらくは。空間転移に伴う重力変動を追っていたのですが、最後に検知された重力変動はこの車両の中でした」

 車掌は額から噴き出す紫の汗を、ガスジャイアントデスワームシルクのハンカチで拭った。

「非常に危険ですので、部屋の中にお戻りください。いま、討伐隊を組織していますので、いましばらくの辛抱を」

「いや、私も犯人捜しに協力させて貰おう。なに、足は引っ張らないよ。私とて無重力バリツ、千手空手、銀河打壊拳、レーザー剣道、その他諸々合わせて666段だ。自衛くらいはできる。それに、目の前の犯罪を見て見ぬフリをするのは名探偵の名折れだよ」

 ジクヮーは触腕3億本を伸ばし、一瞬にして全長14 kmの車両全体を隅々まで調べつくした。

「犯人らしい生命体は見つからないな。被害者は全員メンデレウス星人かね?」

「ええ、そのようで。戦勝旅行の途中だとか」

 車掌はいった

「メンデレウス星人といえば、悪逆非道で有名な超攻撃的種族ではありませんか。彼らが滅ぼした星系は数え切れません」

 ポはジクヮーの脳に直接語り掛けた。

「つまり、誰に恨まれていてもおかしくないわけか。だが、この殺され方は……」

 ジクヮーは触腕を絡ませ合いながら、恐ろしい地獄の番犬のごとく唸った。殺されたすべてのメンデレウス星人は、スレム銃の細胞間結合破断効果によって、体組織をドロドロに溶かされて死んでいた。つまり、彼ら自身の得物によって殺されていたのだ。

「仲間割れでもしたというのか」

「それはあり得ないでしょう。メンデレウス星人は仲間うちではけして争いません。あの冷酷無惨な残酷さは仲間には発揮されないのです。しかも、仲間割れをしたのなら、全員が死んでいるのは不自然です。車掌が追っていた重力変動のこともあります。スレム銃を奪った犯人が空間転移を繰り返してメンデレウス星人を皆殺しにしたと考えるのが自然では?」

 ポはいった。

「うむ、だがそれも……どうもしっくりこないな」

 ジクヮーは違和感を感じていた。いつもなら、四次元的に折りたたまれ、見た目の2兆倍の体積を誇る黄金色の脳細胞が瞬く間に謎の答えを導き出すのだが、今日はどうも調子が悪い。先ほど起きてからずっと、まるで脳に霧が掛かったようなのだ。昨晩まではいつも通りの頭のキレで、旅の暇つぶしにと持ってきた立体クロスワードパズルを1グロス同時に解けたのだが……。しかし、本調子でないとはいえ、弱音は吐いていられない。この純混沌たる宇宙に正義をもたらさんとして、権力に屈しない私立探偵を志したのだ。いかに邪悪なメンデレウス星人であっても、法の裁きなくして殺されるようなことはあってはならない。犯人には報いを与えなければならないのだ。

 決心したジクヮーは、触腕に回していた体液のほとんどを脳細胞に回した。触腕は枯れたように色を失い、体液を充填された脳細胞は黄金色に輝いた。そして、ジクヮーの輝く脳細胞は、電撃的なひらめきを得た。

 脳、そう脳なのだ。仲間割れしたメンデレウス星人は脳に細工をされていたのではないか? なにかしらの暗示、あるいは洗脳によって仲間を撃つように仕向けられていた。いや、もっと直接的な手かもしれない。メンデレウス星人は直接脳に命令を送り込まれたのだ。空間転移で直接脳に寄生することができるグドュ星人によって。

「そうか、きみなのか。ポくん」

「ポ? 私の名前はデメモ=グラニカルニャンですが……」

 車掌は首を傾げていった。

「流石は名探偵ジクヮー3千3百3世ですね。その通りです。私はポ・グドュ。グドュ星人唯一の生き残りにして、グドュ王家最後の王です。メンデレウス星人によって破壊された故郷の復讐のため、この犯行を行いました。彼ら第2万36外征師団は私たちグドュ星人の仇でした」

 ポはジクヮーの脳に直接ささやいた。

「いつから私の脳に?」

「さきほど、あなたが寝床から起き上がって伸びをした瞬間です。疑似記憶を植え付け、一部の記憶にマスキングをかけることで、私が寄生していることを当然のことだと思い込ませました。そのうえで、思考リソースを奪い、意思決定に干渉することで、私に違和感を感じないようにしていました。しかし、あなたの思考力が私の能力を上回ったようです。お見事です」

「なぜ、メンデレウス星人にしたように、私の身体を乗っ取って、逃げようとしないんだ?」

「あなたの思考と記憶を読みました。私の目的は仇を討つことであって、あなたのような善良な私立探偵を殺すことではありません。私はもう抵抗はしません。銀河警察を呼んでください」

 ジクヮーはポの諦観を繋がった脳から直接感じ取った。そして、犯行に対する後悔も。ジクヮーは、ポがジクヮーを自分の復讐に巻き込んだことを心の底から悔いているということを知った。

「あのう。さっきからなにを話していらっしゃるんで……?」

 車掌は四対の目を瞬かせた。

「デメモくん……といったね? 銀河警察を呼んでくれないか」

「へ?」

「犯人は、私の脳の中にいる」

 ジクヮーはいった。

 5兆年後……

 シンアバシリ刑務所人工星で刑期を終えたポは、宇宙空間に放出された。一族郎党を皆殺しにされたポには、正式な身元引受人がいなかったのだ。ポはそれもまた自らの行いの報いであると考えていた。

 ポは真空の闇に凍えた。宿主を失って、蒙昧となった意識が消えかけたそのとき、ポは精神波を受け取った。

「来い」

 ポは精神波を辿って空間転移した。そこは、黄金色の脳細胞が輝く、あたたかい生きた脳の中だった。

「お帰り。ポくん」

 小型宇宙艇を運転しながら、ジクヮーはいった。

「なぜ、あなたが」

「そりゃ、名探偵には優秀な助手が必要だからだよ。あらためてよろしく、ポくん。」

 ジクヮーは2億5千万本の触腕の先についた光受容器を閉じて、ウインクした。

「はい……よろしくお願いします。ジクヮーさん」

 小型宇宙艇はワームホール・パンチャーを起動し、別の銀河へと飛び去った。

 名探偵ジクヮー3千3百3世と名助手ポ・グドュの名は宇宙中に轟くことになるのだが、それはまた別のお話……。

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