礼儀正しい寄生虫

「んっ?」
 まただ。また意識が飛んでいた。残業を終え、自分の車に乗り込んだ次の瞬間、家のこたつに座っていた。目の前には夕食もある。豆苗の豚バラ巻きに、豆腐としめじの味噌汁、湯気を立てる白米の揃った一汁一菜のごきげんな夕食である。
 記憶をたどる。帰り道の途中でスーパーに寄り、安売りの食材を買い込み、家に帰って料理をした記憶がある。だがそれは、他人のゲームプレイ動画を見ているような、実感のない記憶だ。
 おかしい。なにか病気なのか。そう思って医者を巡ってみたが、わかったのは俺がすごぶる健康だということだけだった。去年の健康診断で引っかかった体重も、肝臓の数値も、すべて基準値に納まっていた。思えば、以前は残業が長引くと、ついつい食事が面倒になって、インスタント麺で済ませていたのだが、こうして無意識的自炊をすることが多くなり、食生活が改善されたのも、俺が健康になった一因かもしれない。
 謎の、しかし無害な現象に思いを馳せつつ、目の前の食事を口にする。肉巻きも味噌汁も、実に俺好みの塩梅だ。俺は料理が得意ではない。俺が作ったはずのこの夕食は、俺の技量を超えているように思える。
 食べ終わると、また意識が飛ぶ。目の前にあった皿がなくなっている。記憶をたどると、どうやら意識のない間に、皿洗いを済ませたらしい。こいつは都合がいい。この調子で、風呂にも入って貰いたいもんだ、と思った瞬間、意識が飛ぶ。気付くと、俺は風呂に入り寝巻に着替えていた。        
 俺の要望に応えるかのような意識の喪失。電流が走る。まさか、と思い、スマホのメモに書き込む。

 お前はそこにいるのか。

 そう書いた瞬間、意識が飛ぶ。

 はい、あなたの脳に間借りさせていただいております。

 メモを読んだ瞬間、俺はあり得ないはずの予測が当たった恐怖を感じるより先に噴き出してしまった。どうやら、俺の頭の中の同居人は実に礼儀正しいヤツらしい。

【続く】


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