【論考】ホームレス問題って何だ? 〜いま僕たちが考えなければならない理由(2)
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◆ホームレス問題は何が問題なのか?
では、まずホームレス問題って、誰がどう困っている問題なのでしょうか。
まず当然ながら思いつくのは「ホームレス」状態にある人ですね。路上生活を送っている人は、暑さ寒さに耐えつつ、過酷な生活を送っている人が多いです。それから、仕事によって住まいを転々としていたり、日雇い仕事をしながらネットカフェに寝泊まりしているような、不安定居住状態の人も、安心して生活することができないですよね。
つまり、そうした人たちは安心して生活する拠点となる、「住まい」がないことに困っています。ということは、「住まい=家」があればよい。ならばどんどん家を供給してあげれば解決!…となればよいのですが、そう簡単ではありません。
もちろん、ホームレスという状態への対応(対処療法)として、家を確保するというのは一番はじめに考えるべきことで、それが重要なのは言うまでもありません。実際、諸外国ではホームレス問題に対応する行政部局は住宅局である場合が多いですし、当然実行されるべき重要な発想だと言えます。(アメリカであれば住宅都市開発省HUDが担当部局です)
しかし、事態がそれほど単純でないことの要因は、3つあると考えています。ひとつは、ホームレス状態が生じる要因が「ホームレス問題」とは別のところにあること、それから現実的に家を確保することへのハードル、それから歴史的な経緯です。
まず、どうして人はホームレス状態に至るのでしょうか。例えば日雇い労働をしていた人が怪我や病気、高齢化などによって仕事ができなくなり、寮のようなところにもいられなくなる。はじめはカプセルホテルで暮らしていたが仕事も見つからずに貯金も尽き、路上生活に至る。あるいは、非正規雇用で働いていたが景気が悪化して失職してしまう。貯金が無いので初期費用を捻出できずにアパートを借りられない。ネットカフェに泊まるお金もなくなる。ほかにも、なんらかの精神的な障害を抱えたり、ギャンブルやアルコールの依存症などが重なり、生活をおくることが困難になってしまう。DVの被害を受けたが頼る家族がいない。刑務所を出所したけれど行くところがない…などなど、上に挙げたような複合的な要因が重なり、住まいを失ってしまった結果が「ホームレス状態」なわけです。
あるいは、DVの被害から逃げてきた結果、ホームレス状態のほうが家にいるよりもまだ安全という場合。誤解を恐れずに言えばある種の事態への「解決手段」としてホームレス状態にならざるを得なかった、ということもありえます。
このような状況は部分的には誰にでも起こりえます。失職することだって、家族やパートナーとうまくいかないことだって、誰にでも起こりえます。ただし、それらが同時に起こったり、早期にうまく対処できなかった場合に、結果としてホームレス状態に至るということがあるのです。これは必ずしも「自己責任」とはいえず、条件が揃えば誰にでも起こることなのです。
そういったときに、「家」だけがあってもその人にとっての解決にはなりません。病気であれば治療して元気にならなければ働けません。DVから逃げてきた人を元の家に戻すのは危険です。依存症で身を持ち崩してしまったのであれば、それに対する治療が必要です。
こうしたホームレス化に至る要因となるモノゴトに対応しなければ、元の生活には戻れませんよね。「家」という事態への対処療法と同時に、要因への対応:自立のための阻害要因への対応が必要になります。ひとつの困りごとに対応すればよい、ということではない。そして、家がなくて困っている原因は、それとは別のところにある。このことが、ホームレス状態を解消することを複雑化し難しくするひとつめの理由です。
それから、現実的に「家」を獲得することへのハードルについて述べます。
まず、先程挙げた日雇いの仕事ができなくなった人の例を考えてみましょう。仕事ができなくなり、寮から出てカプセルホテルに行き、しかし仕事が見つからずに貯金も尽き、携帯電話も止められ、路上生活に至る。こういう経過をたどった場合、それぞれの出来事は順番に発生し、徐々に困りごとが増えていくイメージです。そして一度路上生活になってから、自力で元の生活に戻ろうとするには、とてつもなく大きなハードルが待ち構えています。
つまり、お金がないと携帯電話も通じないし家も借りられません。ですからお金が必要です。お金を貯めるには働く必要がありますが、携帯電話やきちんとした住所が無いと雇ってもらえません。しかし家を借りるにも携帯電話や就労している事実がないと、審査を通りません。…このように、失うときは徐々にだったのですが、元に戻ろうとするとお金、家、仕事、携帯電話などを一気に手に入れなくてはなりません(これは「カフカの階段」と呼ばれています[i])。これは自分の力だけでは非常に難しいということが、イメージできると思います。
日本では、病気や経済的な理由から生活に困窮した際には、本人が望めば誰でも生活保護制度が利用できるはずです。ですから、ホームレス状態になったら、生活保護を利用すればよいではないか、と思われるでしょう。しかしこれにも構造上の問題があるのです。
以前は、路上生活者が生活保護申請に行くと正当な理由なく断られてしまうケースがありました。これは「水際作戦」[ii]と呼ばれ、聞いたことがある方もいるかもしれません。
しかし、支援団体や法律家や政治家の長年の努力により、そうした状況はだいぶ改善されてきました。現在、多くの場合は路上生活者であっても、生活保護を申請し受給することができます。
しかし、大都市である東京では特殊な事情が絡み、こちらも未だに一筋縄ではいかない状況なのです。
今現在、賃貸アパートなどに住んでいて生活に困った人が生活保護を利用する場合には、基本的に今住んでいるアパートで暮らし続けることができるでしょう。しかし、路上生活者の場合はその「家」がありません。東京では低廉な家賃の住居を見つけることは難しく、また偏見により路上生活者の入居を断られてしまうこともあるため、すぐに「家」を見つけることが困難な場合があります。そこで、路上生活者が生活保護を利用する場合には、多くが無料低額宿泊所という民間の経営する宿泊所に入所することになります。宿泊所というからには、恒久的に住まう環境ではないのですが、一度入居するとそこでの滞在が長期化しているのが実情です。
無料低額宿泊所は生活保護利用者に住まいと生活支援を提供します。良質なサービスを提供する施設がある一方、相部屋や大部屋などの劣悪な環境だったり、支援が十分とはいえない施設も存在します。例えば、2010年に国が行った調査結果を見てみると、無料低額宿泊所の入所者の90%以上が生活保護利用者なのですが[iii]、生活保護費のうち家賃や提供される食事代、その他生活支援の経費などを支払うことになります。しかし、その結果手元には月に1〜2万円しか残らないにも関わらず、食事や居住環境が非常に劣悪であるというケースが見られるのです[iv]。ひとくちに無料低額宿泊所と言っても、良質なものもあれば劣悪なものもあるというのが実態です。国も改善に乗り出しているので、以前よりは状況は改善されているといえるかもしれませんが、そうした改革の途上であると言えます。
よく「貧困ビジネス」の温床と言われるのはなぜでしょうか。行政としてはケースワーカーの人数が足りないため、なるべく1箇所に集住し、宿泊所に日常的な支援を任せられる方が負担が少なくて済む。宿泊所としてもなるべく低コストで大人数を滞在させたほうが経営上の観点から良い。さらに宿泊所であれば生活保護費を基礎自治体でなく都が負担してくれるというルールなどが重なり、本来短期的な滞在場所であるはずの宿泊所において生活保護利用生活を長期化させることへの(入所者本人以外への)インセンティブが働いてしまっているのです。結果として、保護利用者本人にとっては貧困を固定化させ、長期滞在化する構造が生じています。
相部屋や大部屋は今般の防疫上の観点からも避けるべきですが、そもそも全く知らない他人との相部屋生活を送ることは非常にストレスも生じることから、人権上も問題視されています。こうした状況は改善が図られているのですが、現在はまだその猶予措置期間中にあたります[v]。繰り返しになりますが、これはそれぞれの無料低額宿泊所や路上生活者の問題というよりも、制度や運用面での構造上の問題なのです。(現に真摯に支援にあたられている無料低額宿泊所も存じ上げています。)
このように一度住まいを失ってしまうと、安定した生活を送ることができる環境の「家」を再び獲得することが非常に難しくなっているというのが現状です。
ですから、一般的にホームレス状態の人が「好きでその生活をしている」という言説をよく耳にしますが、これを字義通りに受け取るのは賢明ではありません。既に何度か生活保護を利用した路上生活者も多くいますが、相部屋や大部屋での生活に対するトラウマなどから、それに比べれば路上にいた方が良い、と考えている人も少なくないのです。
続いて、歴史的な経緯を見てみましょう。これは詳しく説明しはじめるとキリがないので、簡単な説明に留めたいと思います。
日本における「ホームレス問題」が顕在化したのは、1990年代と諸外国に比べ比較的最近です。当初は日雇い労働者の「あぶれ」による労働運動としての面が大きかったため、行政によるホームレス問題への対応も就労支援の占める割合が大きかったのです。そのため、海外ではホームレス問題=住宅局が対応することが多いのに対し、日本の所管は厚生労働省です。かなり大雑把に言えば、そもそもの入り口が労働問題であったから、就労さえできれば問題は解決する、ということで「家」についての支援が手薄でした。その流れは今でも根深く残っていると思います。
例えば、諸外国のホームレス支援の主流はハウジング・ファーストという考え方・手法です。これは、短期滞在用のシェルターなどの施設による支援ではなく、まず恒久的な「家」を供給しようというものです。安心して住むことができる住まいを確保して、その上でその人に必要な支援を投下しようというものです。はじめにがっつりと対処療法を行い(まずは熱を下げてから)、腰を据えてその要因に必要な支援(根本的な治療)をしようという考え方です。その方が、のちの本人の住宅定着率や行政によるトータルのコストの面から有効であるという考えです。東京でも試験的には行われていますし、民間支援団体が行っている例もありますが、まだ主流には至っていません[vi]。
以上のように、ホームレス状態を解消するための障壁をいろいろと見てきましたが、かなり個別的(人によって要因は様々であること)・土着的な理由(例えば東京という都市特有の要因)と同時に、社会構造的なものも見られました。一人ひとりの原因は多様で個別的なのに、「ホームレス問題」という問題は世界中の都市で存在しています。非常にローカル(個別的・土着的)な問題でありながら、グローバルな問題であり、その両方の性質を持った「グローカル」[vii]な問題なのです。なんだか不思議な話なのですが、これはホームレス問題の解決を考える際にとても重要なので、頭の片隅に置いておいてください。
◆ホームレス問題の解決とはなにか
さて、ここまで現に「ホームレス」状態にある人々に対し、どのような問題解決の方法がありえるか、そしてなぜそれが果たされていないのかということについて述べてきました。まずは家が必要で、その上でその人のホームレス化の要因に対応する支援なり治療なりが必要です(もちろん、本人の意思を尊重することが大前提ですが)。
そして、そのホームレス状態の解消を阻む様々な事情は前項で説明した通りです。ですから、これらの事情や構造を改善していき、まずは「家」と、ホームレス化に至る要因への支援へ適切にアクセスすることができるようになれば、個々人の「ホームレス状態」は解消され、「ホームレス」でなくなるでしょう。
今現在ホームレス状態にある人全てに、それを当てはめれば、ホームレスは「ゼロ」になり、ホームレス問題はめでたく解決となります!…と、言いたいところですが、そうではないと僕は考えています。
まずすべての「ホームレスの人」を見つけ出すことはとてつもなく難しい。日本の福祉は「申請主義」と言われています。福祉的サービスを得るには、まず窓口に行かなければなりません。このハードルも非常に高いのです。現に様々な困難を抱えている状態で、どのように対処すればいいかを的確に判断し行動に移すのは、誰であれ簡単ではありません。例えば何らかの精神的な問題を抱えて情報収集や積極的に行動に移すことが難しい状況だってありえます。周囲に手助けしてくれる人がいればいいですが、そうとは限りません。まして、路上生活などで情報にアクセスし辛い状況にあれば尚更です。「申請主義」を越えて、支援が必要な人に支援が届くようにする必要がある。それは、行政の努力と市民セクターとの連携が必要不可欠です。簡単には見えない人々を見ようとする姿勢がなければ捉えられません。様々な困難を抱えた人を見つけようとする、都市全体での優しく積極的な姿勢が必要なのです。
しかし、ホームレスをゼロにしたとしても、それだけでは理論的にも解決とは言えないのです。ホームレス状態の人が瞬間的であれゼロになることは、理論的には可能です。日本の国土に存在する全ての人がちゃんと家に入ればいいわけですから。
ただ、社会は動いています。そして、ホームレス化の要因は「ホームレス問題」とは別のところにあります。急激に景気が悪化して失業者が大量発生したら?新型ウイルスでネットカフェが全部閉まったら?地震などの自然災害で家が無くなってしまったら?今日家があった人が明日ホームレスになるかもしれません。
そうです。あくまでホームレスとは「住まいがない状態」であり、「ホームレス」という人間はいるわけではありません。それは外的な要因によっていつだって発生しうることなので、一瞬ホームレス・ゼロになったとしても必ずまた住まいを失う人は出てくるのです。これは、歴史的にも、理論的にもそうなのです。世界中の都市でホームレス問題が存在し、解決されていないのは、このためです。個別の理由は国や地域、その人自身によって異なりますが、ホームレスという現象は国や地域を越えて知恵を出し合うべき「グローカルな問題」なのです。
繰り返しになりますが、個々人の「ホームレス状態の解消」と、「ホームレス問題の解決」は同じではありません。そして、ホームレスをゼロにするということは、問題解決のゴールとしては、理論的にも妥当でないことがわかります。では、「ホームレス問題の解決」ってなんなのでしょうか。
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(注釈)
[i] 大阪で活動する生田武志氏が用いた説明。THE BIG ISSUE ONLINEでも紹介されているので、参照されたし。
http://bigissue-online.jp/archives/1065238982.html
[ii] 生活保護利用を希望し窓口に行っても申請させてもらえないこと。
[iii] 「無料低額宿泊事業を行う施設の状況に関する調査結果について(平成30年調査)」厚生労働省社会・援護局 https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/000587670.pdfによれば、全国では非保護者/入所者=15,457名/17,067名で、生活保護利用者の割合が約90%を占める。
[iv] 上記をもとにより詳細な無料低額宿泊所の実態と保護行政上の課題について明らかにしたのが山田(2012)であり、本稿で指摘している無料低額宿泊所の構造上の問題に関しては基本的にこれによる。「無料低額宿泊所の現状と生活保護行政の課題」山田壮志郎(2012) 社会福祉学 53(1), 67-78, 2012一般社団法人 日本社会福祉学会
[v] 本年4月から適用される「無料低額宿泊所の設備及び運営に関する基準について(通知)」厚生労働省社会・援護局 によれば、「1つの居室の定員が2人以上の居室又は間仕切壁が天井まで達していない居室については、既入居者の転居等に要する期間等を勘案し、基準省令の施行後3年以内に解消を図る」とある。https://www.mhlw.go.jp/content/12002000/000554635.pdf
[vi] 「ハウジングファースト 住まいからはじまる支援の可能性」稲葉剛ほか(2018)を参照されたし。
[vii]「世界普遍化」(globalization)と「地域限定化」(localization)を合わせた混成語。グローカル化、グローカリゼーション、とも。
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