皆木大知氏へ新譜のインタビューの記録
仙台のチェンバーロックバンド【inochi】のフロントマン、皆木大知さんのソロアルバム「飛ぶ夢」が2022年2月27日にbandcampにて発売された
東北一のinochiのファンである私は、音源をすぐに聞き込んだ
ベットサイドドリームポップ風味があるのだが、うねるグルーヴのあるギターやボーカルには静かな狂気を孕んでいる
何らかの文脈も含有されている雰囲気を感じる
これは直接文面でインタビューを敢行し、どういったアルバムであるのか調査をしなければと思った私は、皆木氏に連絡をしていた
その結果をここに記していきたいと思う
アルバム発売おめでとうございます
立春を迎えて温かくなってくる季節でのリリースでしたが、本作の制作がスタートしたのはいつ頃だったのでしょうか?
⇨2021年の8月下旬からです。
コロナ禍になった2020年4月以降僕のバンド、inochiではお客を入れたライブは全く行っていないのですが、練習や録音を定期的に行っていました(その中で作られた「暗号」「犬の匂い」というアルバムもbandcampに上がっています)。
2021年の7月下旬に東京オリンピックがスタートしてから、コロナの感染者が爆発的に増加してしまいバンド単位で集まることも難しくなってしまったんです。
僕は仙台の医療機関に勤めているんですが、毎日何人ものコロナ患者の対応をしていました。毎日の業務で疲弊していたのと、いつ自分がコロナに感染するか分からない状況でバンドで集まることは出来ないです。このインタビューを受けている2022年3月現在も感染者が増えてきて当時と似たような状況になっています。
そんな状況の中で、初めはひとりでギターを練習するような気持ちだと思います。動作の遅くなった古いMacBookのGarageBandを立ち上げ、インターフェースにエレキギターのシールドを直で差し込んで録音を始めました。
bandcampでのリリースでしたが、音源公開のフォーマットが多様化している中でbandcampを選ばれた理由を教えてください
⇨bandcamp以外だとフィジカルかサブスク、YouTube、SoundCloudあたりですかね?
bandcampだと無料試聴と有料購入が並行しているのが良いと思います。
お金がなくても気軽に試聴できるし、ミュージシャンをサポートしたいと思えばお金を払える。金銭的に支援したければ、アルバムの購入者が設定された金額以上にお金を払えるんです。ライブでCDを手売りするのとはまた違いますが、買ってくれる人の気持ちが見えるようで嬉しいです。
あとは※Bandcamp Fridayなどの手数料を還元するイベントなども助かってますね。
※BandcampFridayでは、毎月第一金曜日の24時間に限り、通常Bandcampが差し引く販売アイテムの手数料を受け取ることなく、その分もアーティストやレーベルに還元される。
次回は日本時間では3/4(金)17時から24時間開催。
アルバムのテーマを教えてください
⇨最初の質問でも答えたように、元々はギターを練習するつもりで録音を始めたんです。それがギターを2本、3本と重ねていくうちにギターの多重録音ってこんなに楽しいのか!と感動しました。
そうやって録音していくうちに、もう15年近くギターを弾いているんですが、「自分はどういうギターの演奏が好きで、どんなギターを弾けるのか」ということを突き詰めたくなってきたんです。
そこから自分が好きなギタリストになったつもりで、モノマネというか降霊するような感覚でギターがメインの曲は作りました。
そうやって録音を進めるうちに、この曲には管楽器が欲しいな、とか、歌も録ってみるか、と欲が出始めて、、最終的にはインストあり、歌モノあり、楽器もたくさんのゴチャゴチャしたアルバムになってしまいました。
テーマは?という質問に答えられてないかもしれませんがこんな感じでどうでしょう…
ジャケットやタイトルのイメージは山田太一の作品が元になっているのでしょうか?
⇨確かに、山田太一が大好きで「飛ぶ夢をしばらく見ない」という小説を読みました。しかし、タイトルは吉原幸子の詩「ゆめ」の影響が強いです。「飛ぶ夢をしばらく見ない」でも引用されている詩です。
ジャケットは白昼夢を見てるような感じですよね。ホラー映画のポスターでよく見かける、顔が歪んでるエフェクトも参考にして、アートワーク担当の名取さんにお願いしました。
https://m.facebook.com/SachikoYoshihara1932/posts/1499875443454251/
inochiでは映画のエッセンスを曲に含ませておられましたが、この度の音源には心霊や怪談のエッセンスも含まれているとtwitterでおっしゃっておられました 心霊、怪談をご覧になるようになったきっかけは、どういったものだったのでしょうか?
⇨もともとホラー映画もドキュメンタリー映画も好きなので、心霊ドキュメンタリーというジャンルは知っていました。白石晃士の「戦慄怪奇ファイルこわすぎ!」は数年前、inochiのメンバーで集まった時にみんなで観た記憶があります(笑)
去年、心霊ドキュメンタリーにハマったきっかけはツイッターで話題になっていた「心霊マスターテープ」を観た事ですね。このドラマは心霊ドキュメンタリーというジャンルを超えた傑作だと思っています。
inochiとスプリット・アルバム「犬の匂い」を一緒に作ったバンド、炎のメンバーであるコブラさんが怪談好きなんです。夜寝るときに怪談を聞く習慣があると聞いて、そんな文化があるのか?!と仰天しました(笑)
今では僕も怪談師、村上ロックの大ファンで空いた時間があるとよく聞いています。
コーラスワークが多様されている印象だったのですが、コーラスワークを使用しようと思われた経緯を教えてください
⇨僕は多分音感が悪いというか音痴なんです。ハモりがめちゃくちゃ苦手で、ライブでやろうとしたら絶対に他の音につられちゃいます。でも宅録ならハモりができちゃったので、Alvarius b.になったつもりで自分の声を重ねました。
佐藤ゆかの声を重ねた「声が聞こえない」などもありますが、これは“謎の女コーラス”というジャンルを意識したものです。“謎の女コーラス”というのは僕が勝手に言っているジャンルですが、例えばあるバンドの曲を聴いている時にそのバンドのメンバーでない女性が急に演奏に参加して歌う現象のことです。
初めて意識したのはスピッツの「ヘチマの花」という曲。草野マサムネと急にハモり始めたこの人は誰だ!?と小学生の時にびっくりした記憶があります。
2曲目の「百貨店」では伊勢丹や三越での思い出が歌詞になっているとのことですが「自分の星を見つけたよ」というバースが印象的です「自分の星」とはどういったイメージなのでしょうか?
⇨これはツイッターでも話したのですが、「百貨店」は大人の自分と子供の自分が好きな百貨店について語り合うという内容の曲です。まずは子供の頃の自分と百貨店の関係について話した方がいいと思うので書いておきます。
小学校に入る前の自分は本当にぼーっとして静かな子供だったらしく、テレビを何も考えずにずっと見続けたり、デパート最上階近くのレストランで食事が終わった後もずっと窓の外を見続けていたそうです。
これは子供と言える年齢ではないかもしれませんが、一度大学に落ちて浪人生だった頃、ストレスでよくお腹を下していたので予備校近くの百貨店のトイレに駆け込んだ記憶があります。予備校に戻りたくなくてこのままトイレに引きこもってしまいたい、とよく考えていました。
そんな子供の頃の自分に「大人になったらどんな場所にいますか?」と質問されて答えるような気持ちで曲を作りました。inochiでよく練習に使うスタジオは仙台の某百貨店の中にあります。
8曲目の「上島さん」では工事現場で誘導員であった上島さんとの関りが歌詞のテーマになっているとのことですが、精神的に大変な時期であった皆木さんにとって上島さんはどういった存在なのでしょうか?
⇨ コロナ禍のストレスかストレスによる飲酒量の増加のせいかわかりませんが、胃腸の調子が悪くなってしまい、2021年6月ぐらいから数ヶ月、近所の胃腸科内科に治療に通っていました。その病院の目の前の工事現場で上島さんとは出会いました。
待合室のテレビでは東京オリンピックのメダルの話題で持ちきりで、気を紛らわそうとスマホをいじるとツイッターではコロナの話ばかりで具合がさらに悪くなってしまいました。フラフラと病院の外に出た時、黄色いヘルメットをかぶって赤色誘導灯を持って笑顔で話しかけてくれたそのおじさんが上島さんでした。
交通量の少ない時間帯だったのか、暇そうにしていた上島さん。通りかかる小学生やお年寄りに元気に挨拶をする姿を見ていたら、スマホやテレビを見て落ち込んでいたことがバカらしくなり、どんな状況であろうとやれることをやるしかないと勇気をもらえました。
12曲目の「海の幸」では画家の青木繁さんの絵画がテーマになっているとのことですが、なぜ青木さんの絵画をテーマに曲を作ろうとされたのでしょうか?
⇨普段、曲を作るときは日記のように自分の身近に起こったことを記録するように音楽を作るんです。なので、映画や絵画、詩のタイトルだけを拝借することが多いのですが、「海の幸」は青木繁の絵画の強烈なイメージを曲にしたいと考えて作りました。
記憶が正しければ、2020年8月ごろに秋田県立美術館での足立美術館展で日本画の素晴らしさを初めて知り、美術館の売店で「近代日本絵画の見方」という本を購入しました。実物を見ることはできない絵画「海の幸」だけでなく、未完成の作品ばかりを残した青木繁も魅力的です。
https://www.artizon.museum/collection/category/detail/187
15曲目の「領域」では一関の舟下りがテーマであるとのことですが、舟下りをされたことにより曲に及ぼされた影響はどのようなものがあったと思われますか?
⇨猊鼻渓の舟下りで一番印象に残っているのはその静けさです。まず最初に川上に登るのですがモーターエンジンを使わない舟下りは珍しいのだそうです。棹を使い人力でゆっくりと高い岸壁に囲まれた川を登っていく雰囲気をガットギターのストロークで再現しているつもりです。
あと楽しかったのが、川上の終点では岸壁に空いた穴に石を投げ込む運試しです。10個ぐらい投げて数個穴に入った記憶があります(笑)
そんな体験をした数日後に、もう10年以上会っていない友達Mくんを舟に乗せて舟下りをする夢を見ました。その夢の内容が「領域」です。
http://www.geibikei.co.jp/funakudari/route/#route02
今後の音楽活動についての展望をお聞かせください
⇨皆木のソロは宅録を続けていきたいです。
今回みたいなゴチャゴチャしたアルバムじゃなく、例えば歌モノだけでいろんなミュージシャンに参加してもらったアルバムや、逆に全く一人きりでアコースティックギターのみを使って作ったアルバムなどコンセプトがしっかりしたアルバムに憧れがあります。でも、僕は飽きっぽいので色んなことを並行して行いたくなるので、今回みたいなアルバムしか作れないかもしれません。
今回のアルバムは家にある最低限の機材で宅録を始めたので、宅録について勉強したり機材を揃えたいと思います。
ちなみにマイクはSHUREのSM57、貰い物のインターフェースRoland FA-66、MacBookにデフォルトで入っているGarageBandでほぼ全部録音しました。
今回の音源の皆木さんの声を聴いて誰かに似ていると思った
以前山形でライブをして頂いた際のinochiのカバー曲「情熱の薔薇」を歌っている、岡山生まれのずっとロックンロールに憑りつかれているやつであることに気づいた
嬉しく思い、これからも私はinochiに憑りつかれて生きたいと思う