推しの卒業
「推しは推せる時に推せ」
僕はこの言葉が嫌いだ。
こんな言葉はオタクにとって呪いでしかない。
推しの卒業やグループが解散する悲しみに追い打ちをかけるように現れたり。
また、グッズを買うかライブに行くか迷った時この言葉は必ず背中を押してくれる。
この囁きが天使なのか悪魔なのかは分からないのに…
この言葉に知らず知らずのうちにペースを乱され、気づいた時には息も絶え絶えで燃え尽きてましたなんてことが一番不幸だ。
僕が好きな櫻坂46。その一番の推しである小池美波の卒業が発表された。
正直、みいちゃんの卒業は今年中に来るだろうと覚悟はしていた。
だからかこの発表を見た時も、悲しさや寂しさより感謝とお疲れ様の気持ちが強かった。
「推しは推せる時に推せ」
この言葉に従って卒業まで全力で推すことも出来る。
卒セレの日取りが分からない今、可能性のありそうなツアーの日程に全て申し込み、感謝を伝えるためにミーグリにありったけを注ぎ込むことも、今の自分の状況的に出来てしまう。
推しの卒業だからと、全部を注ぎ込む方が熱いファンなのかもしれない。
ここで推しにどう救われたのかを語る方が熱いファンに見えるのかもしれない。
でもそれはやらないでおこうと思う。
ここで120%の推し方をしてみいちゃんの卒業を見届けてしまったら燃え尽きてしまうような予感もしている。
それだけみいちゃんが自分にとって偉大な存在だったんだとも改めて感じている。
推しではないふーちゃんの卒セレに行くことが出来た自分は、ふーちゃん推しの誰かの席を奪っていたのかもしれない。
だからみいちゃんの卒セレの日に自分が当たらないかもしれない覚悟も出来ているつもりだ。
もしそうなったとしても最後のドレス姿を会場で見ることが叶わなくても、一番の推しであった事実も今まで支えられた事実も変わらない。
これは半分自分に言い聞かせているところもあるけれど…
推しの卒業なんだけど、いや一番の推しだからこそ今までと変わらないペースで過ごして来たるその日を見届けたいと思っている。
だって自分は今までみいちゃんを推してきた日々に、もっと推しておけば良かったなんて後悔は一つもないから。