【青野真也氏へのインタビュー】AEONグループのデジタル人材育成の取り組み
デジタル人材育成学会では、大企業、中小企業、自治体、学校教育など様々なデジタル人材育成の現場を取材していますが、大企業の先進事例についてはそれほど多く取り上げてきませんでした。今回は、日本で最も大規模な民間企業であるイオングループを取材しました。イオングループでは、イオンビジネススクールという社内教育制度にデジタルコースを開設し、本格的なデジタル人材育成を実施しています(以下、ABSデジタルコースと呼ぶ)。今回は、その責任者である青野真也氏へインタビューを行いました。インタビューでは、ABSデジタルコースの詳細に加え、今後のイオングループ59万人の情報リテラシー教育についてもお話を聞きました。
(聞き手:デジタル人材育成学会会長 角田仁)
◆ABSのカリキュラムと開催スケジュール
角田:ABSデジタルコースは、いつ頃に始まったのですか?
青野:このコースは2014年からやっています。最初の頃は、小売業のメンバーがベンダーと上手くコミュニケーションするためのカリキュラムが主でした。当初はそのようにEC寄りだったのですが、2022年に全面的に再構築して、23年から現行のカリキュラム体系に改定しました。
角田:現行のカリキュラムでは、目指すべき人材像を6つに分類しているのが特徴的ですね?
青野:はい。イオングループでは、以下の6つを「デジタル人材6職種」として定義しています。
・プロダクトマネージャー
・デジタルマーケティング
・データサイエンティスト
・社内SE
・UI/UXデザイナー
・エンジニア/プログラマー
さらに、6職種の各々に「ジュニア」「ミドル」「ハイ」という3つのレベルを作って、6×3の合計18に分類しています。これらは経済産業省/IPAのデジタルスキル標準(DSS)に準拠して定義していますが、6職種を定めたのは2022年5月で、まだDSSは世に出ていませんでした(DSSは2022年12月制定)。それゆえ、後付けで速やかにDSSに準拠すべく整合した経緯です。
角田:では、ABSデジタルコースの研修体系もそれに合わせて18クラスあるのですか?
青野:いえ、そうではありません。例えば、プロダクトマネージャー(ビジネスアーキテクト)は、ジュニアという概念が表面上ありますが、実際のカリキュラムとしてはありえないと考えています。また、育成状況により現在9クラスを用意しています。
角田:人材像の中で私がユニークだと感じたのは、デジタルマーケティングです。それはDSSにないので、貴社のオリジナルですよね?
青野:はい、その通りです。それと、プロダクトマネージャーも半分以上オリジナルです。他の4つ、データサイエンティストなどはDSSに準拠しています。最初はDSSがなかったので、オリジナルの部分が自然と出来ましたが、いま考えるとこれで良かったと思います。
角田:私はプロダクトマネージャーの研修に関心があります。どのような内容ですか?
青野:プロダクトマネージャーは、基本的に技術面よりもビジネス面が中心の研修です。我々の場合は、新規事業の企画はケースとしてはあまり多くなく、「既存事業の中でリプランニングやリボーンする」ことを前提としたカリキュラムを作っています。
角田:ビジネス面が中心の研修となると、イオングループには様々なグループ会社があるので、全業種にわたる汎用的なものを作らないといけませんよね?
青野:そうなんです。現在イオングループには、300社を超えるグループ会社があり、その業種も流通業の範囲を大きく超えて、金融業まであります。それゆえ結果的に、我々にとってDSSが都合良かった。
角田:なるほど。それでDSSの出番というわけですね?
青野:はい。人材像にもっと汎用性を持たせたいと考えていたところにDSSが出た。内容的にも時期的にもちょうど都合がよかった。例えば、単一事業であれば独自カリキュラムでいいと思うんですよね。うちの場合、金融もあればディベロッパーもある。汎用性が必要なわけです。
角田:研修を運営するうえで大切にしていることはありますか?
青野:せっかく大勢の人を集めるのですから、完全オンライン型の研修とはいえ、できるだけ他の受講生と互いに切磋琢磨の機会を設けています。受講生同士で「同期」という意識を持ってほしいと考えています。
角田:それは素晴らしいですね。私も民間企業の時代には同期に助けられました。また、良きライバルでもありました。
青野:デジタルコースにも同期がいて、先輩・後輩がいて。「ABSデジタルで2023年卒だね」とか。それはわりと意識しています。
角田:話は変わりますが、ABSの開催スケジュールについて教えていただけますか?
青野:4ヶ月で10日間開催しています。3日+2日+2日+2日といった感じです。最後の1日は成果発表です。ただし、エンジニアやプログラマーは4ヶ月では短いので7か月です。年間スケジュールとしては上期と下期の2回に分けて、6月~9月と9月~12月で実施しています。1回は7時間、丸一日かけて実施しています。朝9時半から夕方5時半まで。昔は6時半までやっていたのですが、育児や介護をしている人に参加してほしいので今の時間にしています。
角田:業務の繁忙度が低い時期に開催しているのですか?
青野:そうですね。それが下がるところを狙いながら、日程を入れています。
角田:受講はオンラインと対面のどちらですか?
青野:基本的には自宅受講を推奨して、全てオンラインで実施しています。受講者が日本全国にいるのと、育児・介護をしている受講生が参加できるということを念頭に置いています。ただし、ジュニア・ミドルクラスは全部オンラインなのですが、ハイクラスは一部を対面で実施しています。
角田:10日間も実施するからには、何か一つ企画してみるのですか?
青野:はい。ABSデジタルでは、最終的に成果発表が義務付けられていて、「デジタルを活用した問題解決」というお題で発表してもらいます。ふつう企業ですと、会社や上司の意向があって企画書などを作成すると思うのですが、こちらでは全くフリーで、問題を自分で設定し企画提案を作ります。自分がこの問題をどうすべきか、そこに根拠と説得力があればOKです。我々はそれらのレポートをきちんと評価しています。
角田:成果発表は、どのような形式で行われるのですか?
青野:受講生は発表資料をパワーポイントで作成してプレゼンするのですが、それを動画で撮影して提出します。以前は対面で発表でしたが、コロナ禍で全て動画に変えました。発表資料は内容を重要視し、動画のクオリティレベルは評価していません。ただせっかく動画を作るのだからしっかり作りなさいと言っています。YouTuberっぽいものを作ったり、結構面白いもの作ったり。動画は全社員が視聴できるところに掲載するので、公開する前提で作成してもらっています。
角田:全クラスを同じ日に並行して開催するのですか?
青野:はい、同一レベルは全クラスを同じ日にやっています。朝はオンラインで全クラス集まって朝礼をし、各クラスに分かれて研修を行い、最後に一緒に終わります。授業によってはクラスを超えて一緒に行うなど本当に学校のようなイメージです。我々としては同期との関係性を非常に大事にしていて、なるべく同期と関われるように、一緒にできるようなグループワークを入れながらやっています。
◆受講生の参加方法とリスキリング
角田:ABSデジタルへの参加方法は挙手制ですか?
青野:基本的に挙手制ですが、選考には事前の面接などが必要です。デジタルだけに関わらず、ABSの全ての方針ですけれども、受講者の枠がすでに決まっており、そのため必ず面接があります。各社の人事部から「あなた行ってきなさい」との指名もありますし、人事担当者が現場の部長と相談をして「あの人がいいんじゃないか」という場合もあります。
角田:年間何人くらいの人が参加されるのですか?
青野:今年は160名くらいです。グループの規模からするとまだ少ないですね。
角田:受講生の年齢層を教えていただけますか?
青野:ボリュームゾーンは20代後半から30代前半です。会社にも慣れてきて、色々なことが見えてきた頃です。
角田:逆に年齢が高い人もいるのですか?
青野:はい、います。60歳近く、あと数年で定年の人もいます。本人のやる気次第なので、年齢制限は設けていません。会社もそれを認めています。受講生より私の方が年下の場合もありますね。
角田:ABSを受講された後に、リスキリングというか、キャリアチェンジする人もいるのですか?
青野:はい。そこから新しいキャリアをスタートする人もいます。実は私自身もその一人です。私は2014年ABSデジタルコースの卒業生になります。その後グループ内でキャリアチェンジして、いまは人材育成に変わりました。ABS卒業後、即配置になる人や、社内・グループ公募に応募して異動することが多いですね。
角田:受講生からしても、次のステップが見えないと本気にならないですよね?
青野:そうですね。過去、総菜売り場の人がABSを受講後に公募でキャリアチェンジして、デジタル部門へ異動することもありました。
角田:リスキリングは一部であり、多くの受講生は現職に戻ると思いますが、彼らは活躍していますか?
青野:はい。デジタルコースは開始して10年近く経ちますが、ようやく少しずつ現場から変化の兆しを聞くようになりました。今後、卒業生が1000人を超えてくると、もっと多くの変革が感じられるようになってくるかなと思っています。
◆イオングループの組織文化とABS
角田:ABSデジタルの成功の秘訣は何でしょうか?
青野:イオンビジネススクールという「体系」がイオンに存在していたのが大きかったですね。ABSは元々、店長や商品部員を育てるための企業内大学としてあったんです。例えば、店長になりたいとか、商品開発をしたいという人が手を挙げて、ABSを受講するという一連のプロセスがありました。そこにデジタルを追加した感じです。
角田:そういう背景があったのですね。
青野:デジタルって職務・職能でいうと全員に必要なわけで、本来は職種専門の人材育成プログラムではないんですが、そこに上手くジョインした形です。デジタル研修という別の研修ではなくて、ABSのコースに入れたことが奏功しました。
角田:今でも店長候補の研修はあるのですか?
青野:あります。ABSはデジタル以外にも人事教育や経営管理、ディベロッパー、店長、商品部など9コースがあり、今は私が全体を統括しています。私の職掌は、以前はデジタルだけでしたが、昨年からそれら専門人材研修全体を統括しています。
角田:以前からある伝統的なABSについて教えてください。
青野:イオンは次々と合併をすることで大きくなっていったグループ企業ですが、一定水準の教育を施すために設立されたのがABSの始まりです。以前のオカダヤ・マネジメント・カレッジ(OMC)は1964年設立で、60年前からやっています。それがジャスコ大学になり、今はイオンビジネススクールです。
角田:イオングループの組織文化の醸成にも貢献しているのですね。
青野:その通りです。やはりカルチャーが大きいですね。イオンでは一定のレベルまで昇格・昇給するためには筆記試験があります。職位において共通の知識がある一定以上ないといけない。グループ内では、まだ半分ぐらいの企業は登用に筆記試験を採用しています。
◆グループ全体の情報リテラシーの引き上げ
角田:青野さんが次に取り組みたいと考えていることは何ですか?
青野:グループ社員のデジタルリテラシー強化です。DSSでいえば、DXリテラシー標準にあたる部分ですね。59万人もいるので、そう簡単ではありません。
角田:50万人以上もいれば、スマホを使えない社員もいますよね?
青野:スマホについては、時代と共に使えない人は徐々に減ると思っています。今私が思っているのは、基本的には高校の「情報Ⅰ」、つまり今の高校生と同じレベルです。そのレベルのことを社員の基礎教育の中に取り込んでいくイメージです。そのレベルにないとお客さまの方がデジタルに詳しかったりするのでお問合せに答えられない事態に陥ります。
角田:アプリの機能が分からないといった相談ですね?
青野:まさにそうです。お客さまに要望を言われて、現場でうまく対応できているのか、かなり不安です。機能だけでなく、例えば、ポイント利用については、とても詳しいお客さまがいらっしゃいます。「このポイントがうまく乗り換えられないんですけど」と聞かれた時に、我々の方がお問合せ内容に驚いたりする。現場が対応しきれないレベルになってきているので、そこを早く埋めないといけないと感じています。
角田:将来というより、喫緊の課題というわけですね?
青野:だから「スマホを触ったことない」なんて言っている場合ではない。事業でポイントを運営しているのだから、すべてのお問合せは無理としてもある程度は答えられるように、情報Ⅰぐらいのレベルは必要と考えます。20代や30代はあまり心配していないですが、40代や50代は情報の授業はなく中学生の時に技術・家庭でしかデジタル教育を受けていません。
角田:たしかに、情報Ⅰのレベルは必要ですね?
青野:とある研修で、データ分析の授業を行った後、最後に昨年の大学入学共通テストの問題を見せて、今日やったことが大学入試レベルですよ、高校生がこの内容を受検しているんですよと言っています。「今日理解できなかった人達はまずいですね」という話をして、最後にザワザワさせ少し脅かしてから研修を終わらせています。
角田:それはザワザワしますよ。配布された瞬間に「これを今やるの?」と思います。
青野:まあ、それくらいの危機感は持っていただきたいと。特にそういう世代はショック療法が必要かなと感じています。注力すべきは数学と情報ですね。国語や社会ってここ20年間でほとんどカリキュラム内容は変わっていないんですが、数学と情報は進歩が速い。今では、小学校の学校新聞にパワポの使い方が掲載されていますよ。これが今の小学生のレベルですよ、みたいなことも伝えています。
角田:今の小学生のレベルすごいですからね?
青野:千葉市では、小学校でGoogleクラスルームを使っていて、小学校1年生のゴールデンウイーク前にログインの練習をやるんです。もちろん全ての機能は使えませんが、ログインしてYouTubeを見るくらいはできます。
角田:小中高校では、デジタル教育がここ数年で急激に進展しましたね?
青野:今の子供たちってやれちゃうんですよね。今の子供たちは、親のスマホを触っている世代ですから。テレビをスマホのようにタッチで止めようとする世代です。2歳くらいの子がテレビを叩いていたら、何をやっているのかなって思ったら、やはり世代が違うなと。親のスマホをベビーカーの頃から見ていた子供たちだから全然違うんだろうなって。そういうことをエピソードとして入れています。言われてみるとわかるんですよ。店舗で働いている方はは子供たちをお店で見ているので。でも、そういう姿は頭の中でつながっていないんです。ちょっと遠い世界の話だよね、みたいな。「その世代が、もうすぐあなたのお店に来ますよ。答えられますか」という話を定期的にしています。
角田:5年後に情報Ⅰ世代が社会に出ると、さらに社会が変わりますね?
青野:はい。その世代が社会に出て、あなた達の部下になった時に困りますよね。話が合わない。そんなホラーストーリーをずっと喋っている感じです。それゆえ、デジタルは逃げずにやりましょうと言っています。
角田:本日はABSデジタルコースの詳細に加え、59万人の情報リテラシー教育についてお話を聞きました。イオングループのデジタル人材育成は、最先端であると同時に規模が大きく、日本社会に与える影響も多大です。その観点から青野さんの取り組みは非常に重要だし、我々はイオングループの取り組みに非常に期待しています。今後、益々のご活躍を祈念しています。本日はインタビューをありがとうございました。