盆栽コンテストバイオテクノロジー部門
『第千三百六回 大バイオテクノロジー盆栽展』
と大きく筆書きされた会場の門を潜ると、その先にはいつもの光景が広がっていた。
巨大化したザクロ、動き回るツタの触手、頭から松の生えた六つ子、空を飛ぶイチョウの鉢植え。これらすべてが「盆栽」だ。俺もこのコンテストに参加して長いが、年々カオスになっている気がする。
盆栽という趣味がある。鉢植えを剪定し、矯正し弄くり回して盆の中に自然を表現するという、実に気の長い遊びだ。植物に対する虐待ではないかとも思うのだが、どうやら風流な遊びということになっている。
バイオテクノロジーという技術がある。遺伝子を組み替え、発生を制御して弄くり回し思い通りの生き物を作るという、業の深い技術だ。生物に対する冒涜ではないかとも思うのだが、どうやら人類社会に必須のテクノロジーということになっている。
どちらも命を弄ぶもの。出会いは必然だったのかもしれない。ともかく、この二つが出会ってバイオ盆栽は産声を上げた。
そしてバイオテクノロジーの適用は当然、出品者とて例外ではない。見事に年経た真柏(シンパク)の横にある培養槽の中には、旧世代型改造手術……ベニクラゲの遺伝子移植を行った400歳ほどの出品者が自慢げに漂っている。
「……まぁ、『出品される側』としては退屈しなくていいがな」
そう。『俺』もまた、盆栽だ。中身はともかく、外見は何の変哲もない黒松の姿をしている。
バイオテクノロジーの導入が進み、知性化のハードルが下がれば……「盆栽自身が知性を持てば、自分自身を磨いてより美しく仕上がるのでは?」と考えた盆栽作家が居ても別に不思議はあるまい。
ヒト遺伝子導入罪で俺の作者が捕まって以来、自分で歩いてコンテストに参加しているが上位の壁は中々厚い。
……いい加減、何か取っ掛かりが欲しい……そう思ったところで、俺の目(松にも視覚は当然ある)は一つの盆栽に留まった。
【続】