オスモー・イン・ザ・スカイ②

 敵の力士が、墜ちてゆく。
 最低でも十両(エース)の証である大銀杏。瞬間的に離脱を選択する判断力。定石(セオリー)外しの亜音速動力四股。まず間違いなく、難敵であった。
 もしも、相手が最初(はな)から戦う気であったなら。或いは、投げ手を外されていたら。勝敗はどう転んだかわからない。
 しかし、立会の結果は既に定まった。空という名の土俵より追われた力士は、自らの重みで死に果てる。それが末路だ。
「……未確認白星、1」
 真紅のマワシを纏った力士は、名も知らぬ対戦相手へ向けて静かに立礼した。
『震電~~』
 通信越しに、AWACG(空中警戒管制行事)シキモリ1が勝ち名乗りを上げる。
 土俵入りの誘導から戦果確認、果ては遠征時の宿舎の手配まで、航空相撲の万事一切を取り仕切るのが、AWACGを初めとする航空行事の役目である。余談だが、彼等のコールサインは数百年に渡り継承された伝統あるものだ。
 だが、航空力士・『震電』には歴史に思い巡らす余裕も勝利の余韻に浸る暇もありはしない。チャンコ燃料の残りがもう少ない。土俵の降り時だ。
「震電よりシキモリ1、RTR(リターン・トゥ・ルーム)」
 AWACGの誘導に従い、空戦土俵より離脱する。
 眼下に、奇妙な形の巨大な輸送機が現れる。翼には羽根の生えたマワシのエムブレム。東亜戦略航空宇宙軍 力士航空団。通称、リキシ・フォース所属の「部屋」の証である。

 震電は水平飛行のまま減速し、輸送機の上部に固定された円盤……陸上相撲の土俵に似たそれの上へと接触する。
 その間際に軽くマワシを吹かして浮き上がると、マワシから垂れる紙垂が土俵にピンと張られた二本の綱(ワイヤー)に丁度よくかかり、部屋全体が衝撃に震える。
 力士は無事、土俵ベースの上へと降り立ち、マワシが固定される。
 良き力士は決して地に堕ちず、必ずこの横張りの綱(ワイヤー)に戻って来る。故に、航空力士の最高位を「横綱」と云うのだ。
「今場所も、これで仕舞いか」
 震電は静かに呟く。
 できることならば、早く終わりにしたいものだ。力士同士の戦いなど。
 今や歴史上の出来事である大相撲太平洋(パシフィック)場所の果て、嘗ての世界最大のオスモウ戦力保有国・日本が分断されて幾年月。それだけ経っても両国の争い、即ち航空力士を用いた限定戦争は今だ続く。

 翼は無くとも、マワシがあれば力士は空を飛べる。
 だが、だからと云って。何処へも行けはしない。

【続】

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