remember me? -1
「私を覚えていますか?」
テレビの中でそう言った女が目に入った瞬間、俺は飲みかけていたビールを吹き出した。ゴホッゴホッと咳込んでしまい、さらに飛び散る。唇についた泡を拭う。
もう一度、恐る恐るテレビを見た。やはり、その女がこちらを見つめている。目をこすっても、しばたいても消えない。
「たっ…多恵子…なんで…?」
忘れたはずのその名前が口をついていた。北見多恵子。よく見ると、テロップにもその字が刻まれている。間違いない。多恵子だ。
と思ったら、画面が切り替わり、今度は一ミリも知らない男が現れた。先ほどまでその忌々しい名が陣取っていた位置には、どうでもいい文字列が並んでいた。方上大学教授、村野正雄…
「今見てもらったのは、最新のAI技術で再現した、ある失踪者の姿です。私はAIの研究をしていまして、その一環でああいったものを作成したりもします。今回は彼女のご家族からのご依頼で…」
え、えーあい?で、再現した、ってことは…
混乱しきっていた頭がだんだん澄んできた。つまり、あれは本物の多恵子じゃなくって、ロボットみたいなもんってことか。
はっ、ははっ。震えていた唇から息が漏れる。全身から力が抜け、背中で椅子の背もたれにのさばる。
「なんだよ、驚かせやがって…」
ひねり出した声は、弱々しく、ひらひらと飛んでいった。
しかし…
北見多恵子。俺が若かった頃、一回だけ誤ったことがある女。俺は遊びのつもりだったのに、どうやら本気にしてしまったらしく、何度も激しく言い寄ってきたから…
仕方のないことだった。あの夜、また詰めてきたのを断って、マンションの階段を上っていたとき、まだ着いてくるものだから、鬱陶しくなってちょっと振りほどくだけだったはず。彼女は足を絡ませてしまい、そのまま。
もう過去のことだったはずなのに。なんの因果なんだ。俺は頭を抱えた。
「こうした研究が犯罪を暴くことにつながっていく社会が、これから出来上がっていくのでしょうか。では、次のニュースです…」
いつの間にか大教授先生はいなくなっており、キャスターが無難な締めをして、いつもと同じような俺には何の関係もないニュースに変わっていた。
そうだ。奴の死体がまだあそこに埋まっているのなら、何の問題もないじゃないか。あれさえ見つからないのなら、俺は平凡な社会人のままなのだ。明日、見に行こう。これまでの、これからの安寧の日々を確実なものにするため。そして…
「わっ、何してんのこれ?びちゃびちゃじゃん…」
「あっ、ごめん…」
声の主は、生ぬるいビールでコーティングされたテーブルを見て顔をしかめていた。
彼女と幸せになるために。
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仕事帰りに、彼女には遅くなるとラインをして、山へと車を走らせた。たしか、何処かの廃村の家の裏だったはず。俺は何かに導かれるようにハンドルを捌いた。
そうそう、このあたりだ。こっそり持ってきた懐中電灯で足元を照らし、同じくなシャベルを持つ。
ざっく、ざっく…
ざっく、ざっく…
しばらく掘り進めると、何か硬いものに当たった。おっ、これか?
一旦シャベルを置き、しっかりと光を向けると、そこには肉の無いくすんだ白い模型のようなものがあった。つまり、白骨だ。
よし。誰にも見つかっていなかったのだな。安心して息を吐く。
「やっぱり覚えてくれてたんだね。」