宇宙から来た娘
知的障害と自閉症を持って生まれてきた私の長女は、たぶん母国語が日本語ではなく「彼女の星のことば」だったんだと思う。
日本語習得の過程が、私たち日本人が全く知らない言葉(英語ではなくスペイン語とかフランス語とかそういうの)を習得するときのそれとよく似ていると感じるからだ。
あいうえおは読み書きできるが、話し言葉とひらがなの一致がまだ怪しい。まず耳コピで音を聞いて、知っている言葉と一致すればちゃんと発音できるが、知らない言葉なら耳コピのまま発音するので不明瞭となる。
「バナナ」は一致しているので正しく言えるが、一致していない「かきごおり」は「か・とーち」になる…という具合だ。
明瞭な言葉は、もちろん彼女の成長とともに増えてはいるのだが、これが特に話し言葉になると解読が難しい。
私も英語を聞くときに同様の状態になるが、ダラダラダラッと早口で長い文章を喋られても何を言っているのかわからない。その中にわかる言葉(bananaなど)があれば「バナナのことを言ってるのかなあ」くらいの予想はつくが、そこまでである。
それが、「Do you have a banana?」くらい短いとさすがに聞き取れる。
それと同じく、彼女には短く端的に伝える必要があった。「バナナ、食べる?」「○○と××、どっちがいい?」などだ。
さて、ここからが本題である。
昨日、寝る時に長女の腕が顔に当たり、思わず「痛い!」と言ってしまった。
そうしたら彼女が「いたい?」と聞き返してきたので、「いたいよ」と答えると、
「がごぐ?」
と聞いてくる。これは日常でもたまに聞く発音だが、未だに何の言葉かわからないもののひとつだった。
わからないので私が黙っていると、彼女はそれを察したのか、あらためて
「 が い ご ー ぐ ? 」
とゆっくり言ってくれた。
そして、やっとわかった。
『だいじょうぶ?』だ。私が「いたい」と言ったから、「大丈夫?」と聞いてくれていたんだな。
トラブルが起こったり、彼女のお腹が痛かったり、誰かが軽いけがをしたときに私が「大丈夫?」と聞いていたので、それをこういうときに発する心配の言葉だと覚えていたのかもしれない。
「ありがとう、だいじょうぶ」
と私は答えた。
こういうのはおそらく、喜んだり感動したりする場面だなと後で思い出したときには思うのだが、私はどんくさいので、その瞬間は突然すぎて普通の対応をしてしまうことが多い。
そうすると、ことばが通じた達成感だろうか。彼女も安心したようにすんなりと眠りについた。
思い出深い夜だった。