「信じたくないけれど、少しお利口になる度に、僕の人生は数直線上のゲームの様相を呈してきている。」
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信じたくないけれど、少しお利口になる度に、僕の人生は数直線上のゲームの様相を呈してきている。〈普通〉の評価軸のなかで、〈正解〉を勝ち取るために、日常に〈合理的〉な予防線を張るゲームだ。
例えば最近は、うまく食べられなくなってしまった。コンビニでおにぎりを買おうとしても、具や味、一緒に食べる人について思いを巡らすことができない。できない、というか、それらを考えるより先に、『糖質何グラム』『これを食べたら自分がどれくらい太るか』といった”数”を連想してしまう。
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〈合理的判断に従っていれば、望ましくない結果になっても、免責される。〉20前後の、実力も実績もない僕にとって、それは全く魅力的な話だ。
だけれど、それでいて、何だか心から喜べない話でもある。『合理的に選びさえすれば大丈夫』っていう道徳観は、ちょっとだけ人生をつまらなくしている気がする。
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なんだか最近は、一周回って、大学卒業からの逆算なんてしたく“なく”なってきた。目の前の何らかワクワクするものにハマっていて、それで人生終わったっていいじゃんか。
どうせ人生の結論を決め打ちする経験値なんてないんだから、差しあたり結末の構想は保留して、物語の枝葉にしか見えないものにフルコミットしていたい。後半戦の伏線回収なんてもんは、ただワクワクして待っていればいい。
〈fin〉