タピオカプリン

スマートフォンを見ると、着信履歴に大量の赤い文字があった。時計の針はバイトの時間をとうに過ぎており、背中に水が流れるのを感じた。はあ、最近こんなのばかりだ。絶望と焦りとを同時に感じた。 

ふと、天井が目に入る。ここはどこだ。頭の中で金正恩がミサイルをぶっ放していた。寄生虫が脳味噌を食い荒らしているのかもしれない。多分頭は割れている。
バイトがあると思い、若干焦ったが、なんのことはない。夢だったようだ。
徐々に意識がはっきりしてくる。それと同時に昨夜のことが思い出されてきた。

「明日何時に起きるの?」

「7時半」

「じゃあ俺がモーニングコールしてあげるよ」

「絶対起きれんやん」

「いや、その時だけ起きて寝る。」

「じゃあ楽しみに待ってるね」

スマートフォンに目を向けると7時34分を指していた。昨日悪酔いして、風呂にも入らずソファーで力尽きた僕は、アラームなどかける余地もなかった。それなのにこの時間に目が覚めたことは、優秀と言うべきだろう。さっき見たのは、予知夢というか、なんというか。たまにあるやつのようだ。こういう時は御先祖様や守護霊を信じそうになる。
1階では既に親が活動を始めていたので、急いで2階に駆け上がり、僕の中で特別な存在になりつつある彼女とのトーク履歴を探した。僕は迷うことなく電話をかけた。

「おはよお」

彼女の甘ったるい、タピオカプリンのような声が、先ほどから時計を表示することしか役目がなかった、愛すべきスマートフォンから聞こえた。寝起きだからか、いつもよりコテコテに甘い。

この喋り方は、嫌いになったらトコトン嫌いになるのだろうと思う。そんなことを僕に考えさせる暇もなく彼女は続けた。

「ちゃんと起きてくれたんやねえ」

「当たり前やん。よゆーやて。」

嘘だ。たまたまだ。

「嬉しー、」

最近彼女は、何か、会いたくなるような、そんな声を頭いっぱいに響かせてくれる。先ほどの嫌いになる喋り方は撤回だ。クセになる。

そんなことを思いながらネタバラシをした。たまたま起きれたんだよと伝えると、彼女はクスクスと笑っていた。  
 
「逆にすごいねえ、それで起きれるの」

「やっぱ気持ちの問題やん??起きたい時は起きれるんやて」

「なーにいそれ」

「別に。それじゃ今日は気をつけて、楽しんできてね。」

「ありがとお」

「バイバイ」

「ばいばい」


バイバイと言うとすぐに電話を切る彼女は、今日は切るのが遅い。
 

切りたくないのかな、そんな淡い期待を抱いたと同時に、無機質な部屋に電話の切れる音が鳴り響いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?