なんで、ちょっとやそっと学び直しただけで、筆記を突破できると思っているのか。

レトリカ教採学院(教採塾)、学院長の川上です。

年々、教員採用試験の日程が早まっていますね。

来年は、ゴールデンウイーク頃には、1次試験が始まる自治体も、多く出てくるようです。

人手不足への懸念や、優秀な人材をいち早く確保したいという想いから、どんどん、試験の日程は、早まっています。

さて、一方で、

教師志望者の方で、最近は、中学卒業レベルの知識さえ曖昧で、一般教養試験でも、半分も取れない教師が増えています。

非常に、由々しき事態です。

筆記試験に関して、「学び直しているんですけど、なかなか身に付きません。」と苦しんでいる、悩んでいる受験者も多いようです。

一般教養と呼ばれるもののほとんどは、小学校では6年、中学では3年、計9年間かけて、じっくり学ぶわけですよね。

もちろん、大人になったあなたは、「1回は子供時代に学んでいるから、なんとかなるだろう。」と、考えたくなるのもわかります。

しかし、自問自答してみてください。

「では、その子供時代のときは、すべての教科で100点が取れていたのでしょうか?」

「子供時分にも満点を取れてなかったのであれば、大人になった今、ちょっと学んだらできるという根拠は何でしょうか?」

「「ちょっと勉強すれば、そのくらいでできる」と、軽い感じで見ているならば、なぜ、教採の筆記で落ちるのでしょうか?」

「小学校だったら6年間、中学校だったら3年間かけて学んだことを、どうして数か月で補填できると思えるのでしょうか?」

「当時100点取れていたとしても、今、ほとんど覚えてないということは、暗記ばかりに頼っていたからではないですか?そしてまた、覚えることもできない暗記に頼るのですか?」

毎年、6月頃になって、ようやく焦り出して、筆記試験の対策に打ち出す人がいます。

日々忙しい!と、いうのでしょう。

文句を言うのは自由ですが、そんなことを言っていても、合格は勝ち取れないのですよね。

先ほどの自問自答のように、6月頃から勉強を始めて、その学力、その生活リズム・スケジュール、そのメンタルで、間に合うと思える根拠は何なのでしょうかね。

その計画性や知性の無さが、既に不合格を物語っていますよね。

本当に試験直前期に学び直して、合格を勝ち取ることができる人というのは、そもそもが優秀な人です。

レトリカの受講生には、試験直前に、ちょっとだけ一般教養を学び直して、合格を勝ち取った受講生も、もちろん、一部います。

でもその方は、本当に元から知識教養が豊富で、賢い方でした。

毎年、試験直前になると、「今からでも間に合う勉強方法はありますか?」という質問も多く寄せられます。

厳しいようですが、私の回答は「賢ければできます。」としか言えないのです。

残念ながら、もともと、小中高のころから、テストであまり点が取れなかった、成績も芳しくなかった、大学の偏差値も芳しくなかったのであれば、試験直前の短期間で、合格を勝ち取るまでの学力に届くわけがないじゃないですか。

だから、レトリカ教採学院(教採塾)では、9月から講座を開講しています。

私が指導している大学も、毎年、この時期から、毎週毎週、教職教養を指導しています。

多くの人は、「来年の夏が教採なのに、いまこの9月からって・・・早すぎるでしょう。まだ大丈夫でしょう。」と思うのでしょう。

しかし、

そのような思考だからこそ、毎年筆記試験で落ちるのですよね。

まるで計画性がないです。


臨採の人は特に、4月から6月は、担任をもったり、学級を構築していったり、異動してバタバタしたりして、ほぼ勉強できる時間はないのです。

だから毎年、ゴールデンウイーク頃になって、願書の提出や自己アピール書の提出に、焦るのではないですか?

そこでようやく火が着いて、何とか勉強を始め出すのですが、毎日忙しく、しんどくて、そして、迫りくる試験への焦りで、まるで手につかないのではないですか?

最後の最後、そういう人の典型は、負のスパイラルに陥って、不安や焦り、緊張で、精神的に参ってしまい、メンタルをやられてしまうのです。

そして、残念ながら、不合格を繰り返します。


いかに時間を味方につけて、ルーティン化して、モチベーションを保ちつつ学べるかが、合格のカギだということに、気づいてない人も多いです。

アルバイト、残業、学級経営、子育て、介護など、やるべきことに日々追われて、勉学に集中/専念できる時間は、非常に限られています。

我々としては、9月から学び始めても、物足りない、あるいは、ギリギリだと感じています。


さて、ここで、今一度、試験そのものについて、考え直してみましょう。

全ての人に、教員採用試験を受ける資格はありますが、だからといって、イコール受かるものではありません。

例えば、誰でも東大を受験する資格はありますが、皆さん自身、受けようと思いましたか?

ほとんどの人は、自分では無理だろうと思って、受けてさえいないのではないですか。

東大の時には、そのように思って、そもそも受けなかったのに、なぜ、教採は、受ければ受かるだろうという楽観的な考えがあるのですか?

もちろん、東大に合格するほうが、圧倒的に難しいです。

教員採用試験は、本当に、公務員試験の中でも、圧倒的に簡単な試験です。

教採の筆記試験の過去問を見ていても、思わず笑ってしまうくらい、簡単な問題が圧倒的に多いです。

そうはいっても、毎年不合格になる人もいます。

そんな簡単な試験でも、小学校の教師においては、100点満点で、30点くらいしか取れない人もいますし、それでも受かる人もいます。

本当に、由々しき事態です。

多くの教採受験者は、自分の力量・学力・知性・メンタルを知らずして、のんきすぎるのです。

「君、ほんとに勉強しなきゃやばいよ!」という人に限って、余裕ぶっこいているか、言い訳ばかりを並べて、いつまでも進まないのですよね。

そして、そういう人には、我々のこれら必死の叫びは届かないものです。

教師の「あるある話」ですが、

例えば、何らかの課題があったり、トラブルが続いたりする子供がクラスにいて。

「おうちの人と話さないといけないな。話しておきたいな。」という保護者に限って、懇談会に来てくれなかったり、連絡がうまく取れなったりしますよね。

反対に、「勉強もよくしていますし、友達想いのいいお子さんですよ。」と言うくらいしかない子供の保護者の方が、よく参観日や懇談会に足を運んでくれるものですよね。

それと同じです。

教採受験者の話に戻りますが、

忙しい、忙しい、というので、気づいたらいつも試験本番だというので、焦っているのでしょう。

忙しかったという言い訳や正当化は、自由にしてください。

そこは止めませんし、止められるものでもありません。

忙しいを理由にしてもいいですけど、

「そんなんだから、いつまでも合格しないのではありませんか?」

としか言えません。

合格したいのであれば、時間を味方につけないといけませんし、「忙しい忙しい。」と悲劇のヒロインを演じている暇はないのです。

できないことの言い訳を並べるよりも、できるようにするための戦略を立てましょう。

時間は限られています。

できることをどんどん、こつこつ、積み重ねていくしかありません。

残業が忙しくて、勉強する時間が取れないなら、まずは、嫌われる勇気、断る勇気をもちましょう。

それらの勇気をもって、仕事を減らしていく、撤退していくことが重要です。

嫌われる勇気、断る勇気もないのに、「だって仕事が忙しいんだもの。」と言い訳ばかり並べても、結局、損をするのは、不合格になるのは、あなたですからね。

あなたの最優先事項は、教採に合格することであって、職場の顔色を伺って、都合のいい駒で動くことではありません。

自分の優秀さを職場に見せたところで、褒めてほしくて一生懸命頑張ったところで、合格は勝ち取れないのです。

人生の最優先事項、見失わないようにしてくださいね!!

ではまた!

レトリカ教採学院(教採塾)
学院長
川上貴裕

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