皐月⑥児童書ファンタジーとの別れ、文庫本との出逢い
別れがあれば出逢いがあります。
人と本との出逢いは運と縁。
本も出逢いがあり、別れがありました。
なんのこっちゃ。
元々僕は、児童書のファンタジーしか読まないという偏食人間でした。
しかもハリー・ポッターシリーズは有名すぎるからといって手を出さず、自分でキラリと光る作品を掘り出したいんだという謎の使命感を小学生の頃から持っていて、随分と偏った読書をしていました。
中学校の図書館は、児童書ファンタジーがまだ置いていました。
ので、3年間でほぼほぼ読みました。
当時一番感動したのは、マーリンでした。(本を読んで泣きそうになった経験は、この本が初めてでした。)
高校生になると、なんと図書館に児童書のコーナーがなくなってしまいます。そりゃそうかもしれません。
以前の記事でも書いた通り、高校野球をやりながら、ケータイ小説も書きながら、といった感じでしたので、読書量としては人生で一番少なかった時期になります。
それでも、何か読もうとテイストの似た作品を探して、ステファニー・メイヤー著の『トワイライト』シリーズを全13巻、どハマりして読み進めました。
高校生のときに読んだ記憶のある本は、ほぼこの本です。(他にもあったんだろうな、記録しておけばよかった。。)
そして大学生になると、いよいよ図書館のレベルが跳ね上がります。
町の図書館じゃん、ってぐらいたくさんの本が置かれていました。
生協でも本がたくさん売っていて、学校で本買えるじゃん、って思いました。
そこで僕が次に手を出したのが、文庫本でした。18歳にしてようやく。
今まで大きな本しか読んでこなかったので、文庫本ちっちゃいな、読みにくくないかな、というなんとも偏った思いを抱きながら、借りたり買ったりする生活が始まりました。
大学の図書館から借りたぼろぼろの文庫本、懐かしい~。
いいな、と思っちゃったのです。
このポータブル性。お手軽さ。
角川文庫のカドフェスとか、集英社文庫のナツイチとか、お祭りみたいなフェアが好きで、毎年まとめられた作品をチェックして、気になったのいくつか読む、みたいなことをしていました。
そして忘れもしない、大学二年生の6月。
カドフェスで取り上げられていた作品の一つが、『あのとき始まったことのすべて』でした。
(僕の記事にこの作品、何回登場するんでしょうね。)
この頃から、文庫本オンリーの読書生活が大学卒業まで続きます。
つくづく偏っている。
文庫を脱する瞬間もあるのですが、それはまた追々登場するお話。
この20歳前後に読んだ作品や、そのときの想い、感性が、今の僕を創り上げる大きな基盤となっていくのです。
20歳前後の感性って、なんだか特別ですよね。
僕にとっては、苦く、甘く、思春期再来、ぐらいぐるぐるいろんな想いを抱いたり、いろんな感情を知った時期だったと思います。
そんな日々が、社会人になっても訪れ続けるように、新しいことにチャレンジし続けたいものです。
いろいろあったからか、大学生の頃の話はここからちょっと長いかも。
影響受けた本の紹介と共に、皐月⑦へと続きます。