『天と地のクラウディア』第2話
リザミアの肩の上で、黒髪が揺らいでいた。少し不安げなその背中は、いつもより小さく見える。寝巻きのような彼女と僕の軽装が、この状況から不自然なほど浮いているように感じた。
「ねえ、どう思う?」
しばらく僕が何も答えないからか、痺れを切らしたように振り向いたリザミアの目は、思いの外力強かった。
どうして、と瞬時にたくさんの疑問が浮かぶ。こんな場所で、こんな時間に、そんなことを訊くのだ、と。
リザミアはいつも言葉足らずだった。だから僕は、その言外の思いを汲み取ろうと常に努めていた。長い時間を過ごしてきた。
「どうして、突然そんなこと」
「あなたがこの町で一番空を知っているから」
足りない言葉数から、変化の少ない表情から、リザミアの思いを感じ取ることも僕はこの町で一番だと自負している。しかし、風にあおられる髪で見え隠れする顔からは、その心は図れないでいた。
月と星は晴れ晴れと輝いているが、僕は俄かに胸がざわつくのを感じた。何が言いたいのかわからない。でも、何かとんでもないことを言おうとしていることぐらいは、わかる。
リザミアは薄い唇を震わせるように、静かに言った。
「空を飛ぶ人を見たの」
風の音が強くなった。呆然と立ちつくす僕の目の前を、まるで今のリザミアの言葉を攫うように過ぎ去っていく。しかし風に負けない彼女の声は僕の下へ凜と届いた。
二度、三度、その言葉の意味を理解しようとする。空を飛ぶ人――。
刹那、夢の光景が脳裏にちらついた。海の水に揉まれるように沈む光景。なぜ、と考えようとして、そこでようやくリザミアの言葉を完全に理解できた。
「ええ! そ、空を飛ぶ人って、何言ってるんだよ、どこで、いつ、どんな風に飛んでた?」
僕は半ば叫ぶように興奮して一息にまくし立てた。夢の光景は頭の中から消え去っていたが、そんなことがどうでも良くなるぐらい衝撃的で、意味がわからなかった。
リザミアは呆れたように静かなため息を吐いた。
「わざわざ呼び出しにこの時間を選んだのは父の帰宅時間が理由だけど、この場所を選んだのはあなたがそんな感じになるだろうって思ったから……」
僕が疑問に感じていたことを知っているかのように、殊勝にもリザミアは淡々と説明してくれた。そんないつも通りの彼女の様子を見て、今さっき馬鹿みたいに喚いた僕の脳は急速に冷めていく。
僕がリザミアのことをよく理解しているように、リザミアも僕と同じ時間をたくさん共にしてきた。扱いが慣れていると言えば語弊があるが、お互いの距離の測り方のようなものをちゃんと把握できているのは、今になっても会話の端々で感じられる。それはひとえに、その相手がいつも沈着冷静なリザミアだったからだと思う。
「まあレグが騒ぐだけなら最悪うちの近くの空き地でも学校付近でも構わなかったけれど、もっと大きな理由はね、空を飛ぶ人を、この場所で見たからなの」
リザミアは再び暗黒の海原へと視線を戻した。
僕はすっかり言葉を失っていた。リザミアがこの広大な海のどこを見ているかわからないが、僕もリザミアの記憶を辿って空を飛ぶ人を見ているかのように、じっと目を凝らす。
「どんな感じか言おうと思って」
それはどこか遠くから聞こえてくるようだった。そっと触れるようなリザミアの声が、眠気の吹き飛んだ僕の脳内でこだまする。空を飛ぶ、人。
「数日前、レグを探したくって家に行ったんだけど居なかった日があって、それで今朝みたいに多分ここだろうって思って来てみたけれど見つからなくって、別のところ探そうかなと思っていたら……」
リザミアは海を向いたまま話す上に、波の音にかき消されてしまいそうな声だったので、僕は隣に移動して耳をそばだてた。
ちらりと窺ったその横顔は、少し恐れているようにも見える。その表情のまま、何でもないことのようにリザミアは告げる。
「海に立つ人がいたの」
海に立つ。それはどうしようもないほど不可思議な表現だった。
「今みたいに月が明るい夜だった。海に直立した人は遠くて、男か女かもわからなかったけれど、でも確かに人の形をしていた。遠くの黒い人影は、暗い海の上に間違いなく立っていた」
まるで何かの本を朗読しているかのように淡々と話す。
僕は何を聞くべきか、どう聞いたものかろくにまとまらないまま、とりあえず何か言わなくてはという謎の強迫観念のような思いで口を開いた。
「で、でも、飛んだところは見たのかよ? 海の上に立っているからって、飛んでいるとは限らないぞ」
「うん……私が動かずじっと見続けていたら、急に浮かび上がったよ」
「浮かんだ?」
「空に吸い込まれるようにすーっと浮かび上がって、星空に紛れそうになると思ったら、突然方向転換したみたいに向こうの方へ飛ぶように消え去っていった」
そう言って、リザミアは水平線を指差した。僕は海に立って浮かび上がって飛び去る人影を思い描いてみたが、どうにも釈然としない想像図だった。
リザミアはふと、こちらへ向き直る。そうして薄い笑みを浮かべる。
「やっぱりそんなことまで知らないよね。信じられないような話だもんね。次は伝説に関する本を借りてきてもらうことにするよ」
月の明かりに照らされるその表情に、なぜだか僕は言葉を失ったように口を開けなかった。
「それとも、夢だったのかな」
何か言ってあげようと思っても、思うだけだった。
「レグのこともバカにできないね。 空を飛ぶことなんて、できるはずないのに」
リザミアは僕から目線を外しながら、わずかに上げていた口角をそっと下げる。闇の色をした波が僕たちの足元でざわざわと蠢いている。
「もっと勉強するよ」
心ここに在らずという感じで、僕は浮ついた言葉を絞り出した。まるで自分の声じゃないようだった。
それを聞いたリザミアはおかしそうに小さく笑うと、大切なものをそっと包み込むような優しい声音で言った。
「私、空は好きだよ」
まるで告白されたかのように、胸の奥がわずかに弾んだ。実際に好きと言われたのは空なのに、僕は思わず目を泳がせる。聞き慣れない声色だった。いつも凛として落ち着いたリザミアの印象とは、少しずれているように思えた。
泳いでいた目線が再びリザミアの瞳を捉えると、彼女はまた薄く笑った。
「海も好き」
そんな顔を見るのは初めてのように思えた。僕やカロルよりもずっと大人びた、どこか妖艶とも見える表情。何か愉快で美しい秘密を隠しているような、いつの間にかリザミアだけ先に大人になってしまったかのような、なんとも形容し難い不思議な笑みだった。
僕は手にした本をぎゅっと握り直す。あまりにぼんやりしていたら、手からするりと離れて波にさらわれてしまいそうだ。
「ありがと、こんな時間に来てくれて、変な話も聞いてくれて」
「あ、いや……僕の方こそ、本、ありがとう」
「明日頑張って起きてね」
「起こしに来てくれてもいいよ」
なんだかいつになく上機嫌そうだった。顔には決して出さないタイプだが、僕からはそう見受けられた。こんな冗談みたいな話を真面目に聞いてくれるのは僕ぐらいだからだろうか。確かに信じ難いけれど、リザミアがあれだけ真剣な手前、何を見え透いた嘘を、と一笑に付すようなことはできない。
じゃあね、と僕たちは砂の上で別れを告げた。しばらくリザミアの後ろ姿を見送るように見つめ、やがて僕も背を向けて歩き出す。
波の音が聞こえるか聞こえないかぐらいまで歩き、僕は徐に振り返った。小高いこの場所からは、遠くの海まで見渡せる。今はただひたすらに夜が広がっているが、僕はそこに空を飛ぶ人を思い浮かべてみた。暗闇の中、ひっそりと海に佇む人――。
やはり想像するのは難しくて、さっさと帰るかと再び海に背を向けた、その時だった。
鈍い音が、微かに届く波の音を縫うようにして耳に飛び込んできた。反射的に振り返り、音のした方を見やる。鈍い、これは水の音だ。間違いない、水に何かが沈んだような音。しかし……付近の水は、海しかない。
眼前の黒い海は何事もなかったようにそこに広がっていて、月は相変わらず美しく輝いている。星の散りばめられた夜空を見ていると、さっきの音が幻聴だったような気さえしてきた。
そもそも何が沈んだというのだ。沈むも何も、落ちてくる場所が頭上には一切存在しない。それこそ鳥か、もしくは星か、まさか空を飛ぶ人でもいない限り……。
僕の足は、再び砂浜へと、海の方へと向かっていた。
何が起きているのかわからない不穏な気分と、何が起こるのかわからないどこか期待にも近い気持ちとが綯い交ぜになって、波のように行ったり来たりしている。
鳥かな、まさか星ではないだろうけれど、鳥にしては音が重すぎたような気がしないでもない。まあ鳥だろう。そう信じる心とそうであってほしくない心がせめぎ合っている。僕は何を期待しているのだろう。何を欲しているのだろう。
波打ち際に戻ってきた。やはり音はもう少し遠くから聴こえたように思う。もう少し深いところに沈んだような音だった。
風はつい先ほどよりもずっと弱まり、海原は静かに凪いでいる。何か浮いていないか、月明かりを頼りに目を凝らしてみるが、どうにも見当たらないし、ましてや海に立つ人なんて見つからない。そもそも沈んだのならば、立てていないじゃないか。
僕は何をすることもなく、ただただ静寂の中海を眺めた。こんな風に、一人きりでこんなにもしっかりと海だけを見ているのは初めてかもしれない、と弱い風を感じながら思う。海を見る時はいつも空と一緒だった。空はある程度ならどこでも見えるけれど、海はこうして足を運ばないと見ることはできない。
風に呼応するように弱々しくなった波が、僕の足先をかすめた。その時、海の一部が不自然に蠢いた。何かが、浮かんできた。
「……人?」
人だった。溺れた後みたいに背中だけしか見えないし、心許ない月の光だけど、それは確かに人だと認識できた。こんな時間に、あんなところで、どうやって、なぜ浮かんでいるのか、次から次へと思うことはあったけれど、そんなことは後回しでよかった。
考えるより先に足が動いた。波に向かって駆け出し、ひやりと足に冷たい感触を覚える。
「おい」
突然、先ほどの音のように本当に唐突に、背後から低い男の声がした。恫喝するような強い響きに、僕は僕に向けられた言葉かどうか理解する前に、思わず立ち止まってしまった。
浮かんできた人を助けないと。頭でそう思っていても、今の鋭い声で金縛りにあってしまったかのように動けないでいた。
そのまま、どれぐらい時間が流れただろう。溺れたように浮かぶ人を前にして、僕は何をしているのだろう。脳内を空回りするように、想いと行動が繋がらない。背後で、誰かの気配が濃くなってきた。
「悪いが、お前を返すわけにはいかない」
意味はよくわからなかったけれど、その言葉が聞こえた瞬間、僕は我に返ったように猛烈な勢いで振り返った。ちょっと待て! と叫んでまずは助けに向かうために再び駆け出そうとした。
しかし、振り返った先の人物を見て、僕は絶句した。怒鳴ろうと開けた口が、だらしなく開いたままになった。
「浮いている……!」
どうにか声を絞り出したが、どうしようもない言葉しか出てこなかった。ぶわっと、海からの風が再び吹き出した。生温い、肌にまとわりつくような湿った風だった。
ばたばたと上着らしき衣服をはためかせているその人物は、フードを目深に被っているがどうやら男のようだ。そして驚くべきことに、恐るべきことに、彼は砂の上ではなく、何もない宙に立っていた。
僕からたった数歩先、僕の背丈ぐらいの高さで浮かんでいて、それはそれは板についた壮観な仁王立ちだった。
ものすごく長い間、目の前の信じられない人間を見ていたような気がする。ほんの数瞬間だったような気もする。どちらか結局僕には理解できなかったけれど、気付いた時には男が僕に向かって襲いかかってきた。
宙を滑るように、それこそ飛ぶように僕へ突進してきて、そうして――。
頭に鈍い痛みが走った。浅い波打ち際に倒れ込み、視界が徐々にぼやけてくる。頭を何かで殴られたんだ、とすでにわかりきっていることを薄れゆく意識の中で改めて思い、力無く目を閉じた。
それから先は、僕の身体を撫でていく波の感触しか覚えていられなかった。僕の周りでもう一悶着何かが起こっていたような気がしたが、確認のしようもなかった。
――僕も空を飛ぶ人を見たよ。
ただ一刻も早く、リザミアにそう伝えたかった。
***
目が醒めると、どこか見慣れない部屋にいた。
身体を起こすと頭に痛みが走って、襲われたことを思い出した。同時に信じられないようなことがいくつも起こったことも、次々と爆発するように蘇ってきた。
がばっとベッドから飛び起きて、また痛くなった頭を押さえ、ベッドに寝かされていたことに気がついた。結構な衝撃で殴られたはずなのに、包帯が巻かれていてある程度の治療も施されていた。それほど広くない、ちょうど一人分ぐらいの大きさの部屋見渡すが、これといって目を引くものはなかった。クローゼットや棚、小さな机と椅子など、一人部屋にありそうな物がよくありそうな感じで配置されていた。
何から何まで思考が追いつかない。突然変わるものなどないと、つい最近考えていたことが嘘のように、何もかもがどうなっているのか把握できなかった。何かが変わったのかどうかさえ、僕にはわからなかった。
ベッドは部屋の隅にあり、その対角線上に扉があった。とりあえず部屋を出ようかとドアノブに手をかけようとすると、かちゃりと音を立てて勝手に開いた。
思わず驚いて一歩下がったが、どうやら外から開けられたようで、そこには一人の少年のような人物が立っていた。剣のようなものを腰に携え、実際に見たことはないけれど都市部にある城の兵士みたいな格好にも見える。
それだけで俺も大概驚いたのだが、目の前の少年は化け物でも見たかのように大きく目を見開き、まさに驚愕の表情を浮かべていた。栗色の柔らかそうな髪が、ふわりと弾んだ。
「き、気が付いたんだね!」
見た目からの想像よりも幾分高い声音で、少年は興奮を抑えきれない様子で言った。
確かに気が付いたのは間違いないが、彼に喜ばれるような関係でもなければそもそも面識すらない。もしかしたら本当に城にでも連れてこられたのだろうか、と瞬間的に思考を巡らせる僕は、ひとまず慎重に言葉を選ぶように口を開く。
「えっと、僕……」
声を出して、喉がひどく乾燥しているように痛いことに気が付いた。風邪をひいたみたいに咳払いをひとつすると、この水飲んで、と少年が自分の荷物から小さな水筒みたいなものを取り出して渡してくれた。
「僕、何がどうなったんでしたっけ」
あまりの喉の渇きに遠慮も忘れて、ごくごくと結構な量を飲んだ僕は、一息ついてから改めて尋ねた。すると少年が僅かに俯き、その顔が長い前髪に隠れた。ぼそりと零すような呟きが聞こえる。
「誰かに襲われたところを調査部隊の方が偶然見つけたんだって。犯人は捜査中だけど、まだ何も手がかりが掴めていないらしいよ」
「そ、そうなんですか」
「ていうか何、その話し方」
「え、いや、何と言われても、初めてお会いしますし……」
ばっ、と少年は凄まじい勢いで顔を上げた。先ほどの驚愕はさらに濃く、また恐怖に慄いているかのような表情。よく見るとずいぶん中性的な顔立ちをしていた。僕はその不安げに揺れる栗色の瞳に射抜かれるように見つめられ、思わずたじろいでしまう。
「ユーリ……」
「え?」
「頭殴られていたからね、もう少し安静にしていたらいいよ。着替えてくるから、一緒にレミニスのところへ行こう。多分まだ城内にいるだろうし。待ってて」
初対面の僕でさえどう見てもわかるほど無理のある小さな笑みを浮かべて、少年は部屋にも入らず立ち去っていってしまった。
待ってて、と言われたのでとりあえず僕は再び部屋に戻ってベッドの上に腰を下ろした。ここがどこかわからないうちは、下手に動かない方が良さそうだ。
「一体、何なんだ……」
夢だったのかな――リザミアの声が不意に蘇る。
そうだ、これは夢かもしれない。やけに頭は痛いけれど、夢という可能性だってある。
僕はそのまま上体を倒し、ベッドに沈み込んだ。もう一度眠れば、この夢から醒めるに違いない。目を閉じて、寝よう寝ようと強く念じる。
早く寝よう、早く目覚めよう。そんな矛盾した思いを心の中で何度も唱えているが、その度間隙を縫うようにさっきの子の言葉が思考に入り込んでくる。
ユーリ、城内……。
都会へと連れて来られてしまったのだろうか。国を統べる王がいるという、城の方へ。
ふと、窓が目に入った。そこでいつの間にか目を開いていたことに気が付いて、僕はため息を吐いた。導かれるようにカーテンで閉ざされた窓へ向かい、さっと手をかける。これで今の居場所がわかればいいのだが……。
そう祈ってカーテンを開く。眩い外の光に一瞬目がくらみ、やがて僕は外の世界を、窓から見えるほんの一端の景色を見て――言葉を失った。
まさかとは思ったが、僕はどうやら城みたいな建物の中にいた。僕が今いる建物を、眼下に広がる城壁みたいな高い壁がぐるりと囲っているように見える。幾人もの人が門らしき出入り口を行き交い、その先は城下町というのだろうか、豊かそうな街並みが広がっていた。思いの外、僕のいる部屋は高い場所に位置しているらしい。なんならもう最上階では、と思ったが、窓からは城らしきこの建物の全貌はわからなかった。
と、まあ僕のこの状況は別に良かった。いや、良くはないが少なくとも理解できうる範疇だった。すでに絶句に値する状況下であることは間違いないのだが、僕が本当に言葉を失ったのは、その街並みのさらに向こうの景色だった。
僕はひとまずカーテンを閉めた。一つ息を吐いて、再び開けた。見える世界は何一つ変わっていなかった。
「何なんだ……」
そんな陳腐な言葉しか出てこなかった。本当に一体、何なんだ。僕は街並みの奥を凝視する。自分の目が信じられない。つい最近人が浮いているところを目にしたが、同じような感覚だった。下手したらこちらの方がひどく強烈だ。こんな街は、こんな世界は、こんな閉ざされた空間は、見たことも聞いたこともない。僕はどこに連れて来られたんだ――。
「ここは私たちの街」
突如飛び込んできた背後からの声に、僕はばっと振り返った。そこには先ほどの子が、少し物悲しそうな顔で微笑んでいた。
「すごい形相。まるであなたじゃないみたい」
「君、いつから……」
「ノックしたのに返事なかったから」
さっきからずっと驚いてばかりなのだが、畳み掛けるように今ここでまた驚愕の事実が明らかになっていた。
「君……女の子だったんだ」
やっぱり。返事というより何やら意味深な呟きを返してきた子は、スカートを履いていた。中性的な顔立ちだが、確かにこう見ると身体のラインとか女の子らしく見えてくる。
と、こうも連続で凄まじい驚きを繰り返していると、もはやどうでもいいような瑣末なことを口にしてしまっていた。そんなことより。
「ここは私たちの世界」
まだ名前も知らない彼女は、僕の隣に並んでカーテンを開けた。
僕は再び窓の外へ視線を戻す。
「雲の上の世界、クラウディア」
どうにも理解し難い目の前の光景と、彼女の言葉に。
「あなた……記憶を失ったのね」
僕は何も言うことができなかった。
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