【書評】利益の質による企業評価(一ノ宮士郎著)
2004年に書かれた論文です。
https://www.dbj.jp/ricf/pdf/research/DBJ_EconomicsToday_24_03.pdf
本当はその4年後にかかれた書籍「QOE(利益の質)分析」(中央経済社)が欲しかったのですがもはや手に入らいようなのでこちらを確認しました。
1.利質とは
聞きなれない言葉ですね。利益の質のことです。2002年にEnron事件が発生している時流の中で、アメリカでは会計報告のクオリティ、とくに利益の恣意的なコントロールが問題になっていました。もちろんそこから20年近くたち、会計基準の整備=ルールの設定により、QOEは大幅に向上していると考えていいと思います。
しかし、利質をコントロールする要素を知っておくことは、バリュエーションを左右する要素を知ること同じです。このチャートが分かりやすいです。
これは、3種類の利質を、企業価値との関係で整理したものです。
横軸はEPSですから、利益です。縦軸は株価なので、角度がPERになります。これは「利質によって市場で付くPERが違う」ということを示しています。
たとえば、銀行の決算であれば、利息収入からコストを引いた利益と、トレーディング利益には違うマルチプルが付きます。前者は継続的でコアの利益だからです。高い利益がつく利益かどうか判断することが、目標株価の決定に役立つわけです。
ちなみに、1/rでPERが分かると書いてありますが、
PER=配当性向/(r-g)で、成長がない場合の公式です。公式については、このnoteで解説しています。配当性向100%の場合g=0なので、1/rがPERになります。企業全体として利益が伸びていく場合、gを考慮しますが、この議論では「利益1が株価いくらに相当するか」という1時点の話をしているので、これで理論的に間違いありません。
2.利質はバリュエーションに直結
まず、先のチャートに関する解説です。
永続性に焦点が当たっています。ここで思い出すのはSaaSですね。高い継続率を前提としたリカーリング収入がメインの企業であれば、高いマルチプルを獲得できる収益が多いわけです。そもそも資本コストrもリスク(可視性)にリンクする項目であるため、1/rのrが下がればマルチプル=PERも高くなります。
全体の利益のうち、より多くの利益が、より高いPERを獲得するのがSaaSなわけです。結果として市場の評価は高くなります。
つぎに、キャッシュフローと利益の関係を整理した部分です。
利益が営業CFより多い場合、その利質が低いと判断されます。これは私のディープなnoteを読んでいただくと分かるのですが、マルチプルをファンダメンタルズから説明すると、CF/利益が公式の中心になります。これは、利質が高い方がPERやEV/EBITDAが高くなるということを示しています。
ますます興味が湧いてきました。では何を見たらいいのか?
3.利質を決める要素
利質は、将来利益の予見可能性なんですね。もうこれはドンピシャ私の割引率の定義そのものです。
株投資というのは、将来のキャッシュフローや利益をいくらで買うかというゲームです。将来の数字が決まっているので、それを安く買うことでリターンをだします(=ディスカウント)。
この際、どれくらい安く買うかという意思決定は、どれくらいその利益創出を信用できるかということに直結しています。要は、予見可能性が高い利益に対しては小さい割引率(=要求リターン)を適用していいということなんですね。このあたり参考になるかも。
具体的に確認すべき項目はこちら。
事業上の質の検討にあたって考慮すべき要素の例
・事業リスク
・競争環境
・環境リスク
・国際競争等
⇒まさにファンダメンタルズ分析しなさいということですね。定性的な情報から利益の持続可能性を評価するスキルが求められるわけです。どうしても成長性に目がいくマーケットですが、継続性+成長性が高いバリュエーションの必要条件だということです。
会計上の質の検討にあたって考慮すべき要素の例
・会計処理の保守性=収益を小さく、コストを大きく計上すること
・会計処理の変更の背景
・利益とキャッシュフローの相関
利質の特性理解のための具体例
なかなかこれを我々が評価するのは難しいですね。ただ結局、①②はほとんど同じことなのでCF/利益の流れを見ることから始めるといいです。
上の⑥はソフトウェアやSaaS企業に高いマルチプルがつく理由ですから、常にPLを分析するときに意識したいポイントです。
⇒ストックビジネスから出る利益は利質が高い!
下の⑥はnon-GAAP=企業が調整した業績数字は信用しすぎてはいけません、ということです。どんなときも中身を理解することが大事ですね。
4.まとめ
利質はマルチプルの大部分を説明します。
①利質が高いと割引率が下がる
利益の予見可能性が高いと割引率が下がります。
②利質が高いとキャッシュ・コンバージョンが上がる
利益のクオリティが高い=CF/利益が大きいということなので、マルチプルが上がります。
マルチプル=CF/利益÷(r-g)
ですので、g以外は利質でコントロールされてることになります。gは企業全体として増えていくものなので、特定のビジネスから出てくる特定の利益に対するマルチプルは
マルチプル=CF/利益÷r
なわけで、もはや②/①なんですね。全部利質になってしまいました。ということで、私にとっては利質は実は物珍しいものではなかったわけですが、改めて違う視点でDCFのバランスの良さを確認できたという意味で非常に有意義でした。
是非、本を読んでみたい、、、もっと実務的な論点が整理されていると思うんですよね。いつか手に入れたらまたこの書評(メモ?)を見返したいと思います。