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「つくばエクスプレス」は「遅い」

 「つくばエクスプレス」は東京都の駅である秋葉原駅と、茨城県の学都つくば駅を結ぶ鉄道路線である。この路線の最大の特徴はなんといってもその「速さ」である。最高速度は130km/hと特急並、58.3kmの距離をなんと45分で結ぶ。60kmというと京急で言えば品川ー久里浜間に相当する。なお、同社の快特は最速で56分である。如何に早いかがおわかりいただけただろうか。

 しかし、私は敢えてここに疑義を唱えたい。本当に「TX」は「京急」より速い鉄道なのか?そもそも「TX」は「速い」のか?ここについて考察していく。

それにしても炎上商法と捉えられても仕方のないタイトルである。


そもそも、「平均速度」が遅い

 鉄道では一般的に「表定速度」と言われる概念がある。これは言ってしまえば「平均速度」である。すなわち、乗った駅から目的の駅までにかかる距離を時間で割ったものである。もう少しわかりやすく言えば、「一瞬だけめっちゃ速くても、止まる駅が多かったり、ゆっくり走る時間が長かったら意味ないよね。じゃあ表定速度(平均速度)も見てみようか。」ということである。

さて、TXの表定速度はというと…

78km/h(秋葉原ーつくば間)

 これが速いか遅いかで言えばまあまあ速いことには速い。が、めちゃくちゃ速いかと言われるとそうでもない。例えば、ねぶたライナー(青森ー八戸)。これは最高速度は110km/hとそこまで速くないが、表定速度は86km/hとTX快速を上回る。どうしてこんなことになるのかと言えば、途中駅が三沢しかない、つまり一個しかないからである。TXはこういうことをするわけにはいかない。なぜなら、どの駅もそこまで極端に需要差がないからである。

 先ほどの例はローカル線かつ有料快速だったため、少々意地悪だったかもしれない。ここで、三大都市圏内を走る列車を見ていこう。新快速である。といっても関西の方ではなく名古屋の方であるが。同列車は豊橋ー大垣間を最速約85分で結び、その速度は約82km/hである。なお、こちらも使用される列車の最高速度は120km/hとTXには劣る。(ちなみに、関西の方の新快速は姫路ー野洲間で表定速度80km/hとTXには勝っているものの、そこまでではない。末端区間の各駅停車が大きな理由と考えられる。なお、JR西日本にもねぶたライナー並の表定速度を誇る快速があるが、今回は取り上げないでおく)

まとめると以下のようになる。

$$
\begin{array}{|c|c|c|c|}
運行会社&列車&最高速度&表定速度\\ \hline
つくばエクスプレス&快速& 130km/h &約78km/h\\ \hline
青い森鉄道&ねぶたライナー& 110km/h &約86km/h\\ \hline
JR東海&新快速& 120km/h &約82km/h\\ \hline
JR西日本&新快速& 130km/h &約80km/h\\ \hline
\end{array}
$$

 結局のところ、TXは「速いことには速い」がぶっちゃけ取り立てて言うほど早くはないといったところが実情である。関東でそんなに早い列車に乗りたければ、隣を走ってる「ひたち」か、160km/hを楽しめるスカイライナーでも乗った方がいいだろう。

E657はいいぞ

もっと大きな問題「乗り換え」

 しかし、TXにはもっと大きな問題がある。それは、「あまりにも乗り換えに時間がかかる」ということである。乗り換えの回数の変化が地域にもたらす変化は甚大である。参考になるデータとして、北陸新幹線延伸時における北陸地方の関西→関東へのシフトが挙げられるだろう。

参考:https://www.sankei.com/article/20160316-HOBQ2BC3FFOSLELC2QPO6F53OI/

幹線鉄道の乗換駅における乗換環境の評価に関する研究「https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalip1984/25/0/25_0_741/_pdf」によれば、「通常の乗換1回の解消は、 乗車時間が30分程度短縮される効果と同等の価値を有する」と言われている。(本来は原文の「新幹線直通運転化事業調査報告書」から引用したかったが、諸事情で断念した。)これをもとに乗り換えによる心理的負担を時間に換算した式は以下のようになる。数式アレルギーの方、どうか逃げないで頂きたい。この式は覚えなくても結構である。

$$
T_p=T_t+30n
$$

$$
(T_p:心理的時間(分)、T_t:乗車時間の合計(分)、n:乗り換え回数(正の整数))
$$

(立式が雑とは言ってはいけない。そもそも乗り換えと心理的時間の関係に関する研究があまりにも少なすぎる。これは鉄道趣味者にも言えるが、全体的に乗り換えの心理的負担を軽んじる風潮がないだろうか。)

 これに基づいて計算すると、驚くべきことが分かる。例えば、日中における東京駅ーつくば駅の心理的時間は60分(山手線+TX快速の合計乗車時間)+乗り換え回数1回×30分=90分となる。ここで比較対象として土浦駅を出したい。土浦はつくばの隣町でよく言えば古い町並みが残る官庁街悪く言えばよくある寂れた地方都市である。なお、土浦駅は秋葉原まで上野経由で68.6kmとおおよそ秋葉原ーつくば駅より10kmキロ程が長いが、運賃がおおよそ同じなので比較対象とした。

土浦駅とつくば駅の心理的時間の比較

$$
\begin{array}{|c|c|c|}
到\発&つくば & 土浦\\ \hline
上野& 80分 & 65分\\ \hline
秋葉原& 46分 &99分\\ \hline
東京& 92分 &72分\\ \hline
品川& 107分 &81分\\ \hline
新宿& 109分& 118分\\ \hline
渋谷& 126分 & 125分\\ \hline
\end{array}
$$

※平日ダイヤ始発かつ乗り換え回数最小のルートで比較、つくばは必ずTXを、土浦は必ず常磐線普通列車を利用することを条件にルート検索

 いかがだろうか。乗換のない秋葉原についてはつくば側に分があるか、それ以外の駅について、山手線東側の主要駅については全滅である。山手線西側についても、常磐線とあまり大差ない。一応新宿駅がそれなりに勝っているが、徒歩5分かかるようなので微妙なところである。その上、常磐線は有料着席サービス(普通列車グリーン車、特急列車)があるため、アクセス性以外の利便性についてもTXは不利である。

 さらに、つくばー東京駅の心理的時間が90分かかるというのはかなり痛い。なぜなら、同区間を「つくば号」というバスが走っている。乗り換えなしかつ90分である。しかも、つくば号なら途中様々な場所を経由するので、つくば市内における乗車機会が高いといえる。つくば号も定時性の低さなど課題もあるが、心理的時間がほとんど変わらないとなれば、(しかもTXと違いそれなりに柔らかい椅子に確実に座れるとなれば)TXとつくば号のどちらかに乗るか、一考する余地があるだろう。

 さて、もう一つ重要な視点として、秋葉原駅での乗り換えの悪さがある。JR山手線、中央線のホームは高架駅になっているのに対し、TXのホームは地下4階にある。そのため、乗り換えは最短でも3分、余裕を持って乗換するなら6~8分は欲しいところだろう。

※参考・山手線エスカレーターからTX改札まで

 武雄温泉駅のような対面乗り換えができるのと、高架から地下まで下るのは大きく話が変わるだろう。

武雄温泉は写真のようにリレーかもめと新幹線かもめが同じホームで乗り換えできる

 ただし、TXには北千住駅がある。北千住駅のTXホームは高架にあり、常磐線や東武線、地下鉄と乗り換えができる。もっとも、東京・品川方面に行くためにTXの乗客が常磐線に乗り換えているのは何か本末転倒な気がするし、結局東京駅に行くために乗換が必要なのは結局変わらないのだが。

結局どうしたらいいのか

 TX東京駅延伸、これしかない。ただし、東京駅に延伸したからと言って、TXの利便性が向上するかは保証されていない。東京駅の地下は既にスペースがほとんどなく、今後東京駅に延伸するとなれば、大深度に掘るか。京葉線ホームのように超遠くに建設するか。そうなってしまっては折角乗り換えを失くしたところで意味がないであろう。

 結局のところ、現在のTXに与えられている選択肢は「乗り換えによる不便さ、地域経済への悪影響を我慢して現状維持」か「現在と比較して状況は改善しないかもしれないが、大金をつぎ込んで東京駅まで延伸する」のどちらかである。どちらにせよ、TXの未来はそこまで明るいものとは言えないだろう

結論

 一般的に鉄道の所要時間は鉄道の乗車時間のみで語られがちだが、実際はその鉄道までのアクセス性まで検討しなければならない。しかし実際は、例えば、新幹線の駅新設でも、時間の短縮ばかりが取り上げられ、その駅までのアクセス方法はあまり取り上げられにくいように感じる。速達性のみを重視するばかりでアクセス性を無視して作られた鉄道は、鉄道輸送のメリットを活かせていない、いわば「遅い航空便」なのだ


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