影の迷宮 labyrinth of a shade
影の迷宮 labyrinth of a shade
雨が降っていました
その中を走り抜けていく人がいます
白い帽子に黒い服でした
何か急な様子で走っていました
後ろからサイレンが聞こえてきます
救急車でした
雷が鳴りました
走っていた人は病院に入っていきます
必死の形相です
手には濡れた花束を持っていました
彼は受付をしていました
とても早口でした
病院の人も困っていました
彼は泣いていました
大切な人のお見舞いに来たのでしょうか
白衣のお医者さんが彼を案内します
病院に入ると包帯を巻いた女性がいました
とてもにこやかな表情でしたが苦しそうでした
彼は手を握りました
そして花束を一本一本に分けて花瓶に差し込んで行きました
彼は先程とは違いとても笑顔が多く気丈に振る舞っているようでした
病院の先生が3人ほどやってきました
そして彼は診察室へ連れて行かれました
神妙な面持ちで話していてレントゲンや検査の結果を見ています
とても難しい言葉も飛び交っています
どうやらこれから手術があるようでした
彼はあふれるようにむせび泣いていました
彼の頭には今までの彼女との思い出が走馬灯のように蘇りました
初めて出会った日
ぎこちなく喋っていてどこか上の空な2人
最初のデート
海辺に行って花火を見ました
3回目のデート
彼女の好きな遊園地に行きました
6回目のデート
東京の夜景を見ながらレストランで告白されました
そして付き合って3ヶ月目
展望台の上でモノレールを待っている時に突然プロポーズされ私たちは結婚しました
子どもが生まれていつのまにか忙しくなり彼のことは構ってあげられなくなったけれど誕生日や記念日はすべて覚えてくれるマメな人でした
結愛と舞美人は小学生になりこれから彼が出世するという時でした
私の脳に影が見つかりました
少し頭痛が続いたので違和感を感じて行きつけのクリニックに行ってみてもらったら区の総合病院を案内されました
そこでCTや精密検査を受けると結果が出ました
ステージ4の末期がんでした
私は勤めていた百貨店の婦人服売り場を休業し書類などを提出してお見舞い金でなんとか病院代をやりくりしていました
彼はそれからがむしゃらに働いて子どもの面倒もお母様方に頼みながら見てもらって急場を凌いで行きました
その時でした
私に彼の行動が見えるようになったのは
どういうことかというと私は病院で過ごしているのですが彼の1日の行動がよく見えるのです
朝身支度して彼は子どもの面倒を見ています
ご飯を子どもたちに与え自分はパン2枚を食べ皿洗いをして洗濯物を取り込みそしてスーツを着て家を出る
そして会社に行き会議をしたり書類をまとめてたまにコーヒーを同僚と飲み外部と折衝をして車を運転し他部署をチェックしそれから夕飯を軽く食べ小学校の前で子どもたちを車に乗せ帰宅する
本当に彼はよく働いていました
何も不正をすることなくしっかり相手とコミュニケーションを取りそして帰宅して夕飯を子供たちに作り風呂に入り歯を磨いて寝る
その繰り返しでした
私は偉いと思いました
正直彼の生活が全て見えるようになるまで私は彼を疑っていました
どこかで遊んでるんじゃないかとかお金を無駄遣いしてるんじゃないかとか適当にやり過ごしてるんじゃないかとかさまざまなことを考えて家や職場で過ごしていました
でも彼は私が好きになった人というだけはありました
とても誠実で潔く清潔感のある身なりで正直に話し誰も裏切らない
人間の鑑のような人でした
私は彼が職場で信頼を置かれている理由がわかりました
私は彼を見守ることにしました
ある日私が彼をいつものように見ていると彼は山に登っていました
私は彼の背中の方向に視線をフォーカスしました
何をしているんだろう?と不思議で少し怖さを感じました
彼は崖の上に咲く青い花を摘んでいましま
私は花をよく見ました
私の好きな勿忘草でした
なんでこんなところで摘んでいるんだろうと妙に感じました
彼はそれをiPhoneで撮影しGoogleで調べました
この島にしか咲かないマボロシのワスレナグサでした
それを彼は桐箱に詰めて持ち帰り
テーブルの上で花束にしていました
そして電車に乗り私のいる病院の最寄り駅で降りました
その時でした
大雨が降りはじめ雷が鳴りました
彼は慌てて走り始めました
青い花束はびしょ濡れになっていました
それでも彼は花束を握り走っていました
今日は私たちの結婚記念日でした
その日に合わせて私の大好きなワスレナグサを握りしめて走ってきてくれたのです
子どもたちは家でお母様と留守番しています
彼は車で来ればいいのに電車に乗って来ているところも愛おしく思いました
彼は水を滴らせながら病室に来て、先生方が見ているところで透明な花瓶に勿忘草を飾っています
私は久しぶりに元気を取り戻しました
彼は診察室から戻ってきました
よかったね退院できるって
ウソ ホント?
うん今 先生から聞いたよ
ガンが消えてるって
ありがとう
ありがとね
私はポロポロ泣いていました
君の好きな勿忘草持ってきたよ
これのおかげかな?
かもしれないね
私たちは久しぶりに手を繋いで家まで電車に乗って帰りました
電気が点いていてカレーの香りがします
遠くからジャズの音色がしています
お母様の作ったカレーを食べた瞬間帰ってきたのだと思って笑顔になりました
カレーはあふれるように美味しく勿忘草はこぼれるように美しい花でした
この思い出は一生涯忘れないでしょう
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