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【ジャックジャンヌ】根地黒門ルート感想:大海を翔べずとも、果てなき大地を共に歩もう
ジャックジャンヌの6人の攻略対象の男の子のうち、最後に攻略したいと思ってずっと楽しみにしていた根地黒門ルート。今回も存分にネタバレしつつ感想を語っていきたいと思う。
今回は根地黒門ルート
今回の攻略対象はクォーツの三年生、根地黒門先輩(以下、根地先輩)。彼はクォーツの組長で、作中すべての舞台の脚本・演出を担いつつ、本人も役者として舞台に上がっている。これらの肩書きだけでも充分マルチだな〜と感心してしまうほどなのに、実は2年時にクォーツ屈指の天才こと田中右宙為が所属するクラス、アンバーからクォーツに転科してきたという異例の経歴を持つキャラクターだ。
アンバーからの転科については別ルートで何度も言及されている。一方でなぜ転科したのかまでは詳細に描かれていなかったため、わたしはてっきり根地ルートではその詳細な顛末が語られ、かつ、根地先輩の根幹にある悩みや問題がそのアンバーにおける経験に由来するものなのかな? と勘違いしてしまうほどだった。なぜなら他ルートでは、いつも田中右宙為とアンバーはクォーツ生の心を迷わせ、曇らせ、時に奮い立たせる存在だったからだ。今思えばそれは盛大なミスリードだったのだが、そのおかげで本ルート最大の衝撃に体当たりでぶつかることができたともいえる。とはいえこの衝撃のせいでなかなか考えがまとまらず今日までうまく感想が書けなかった。
やはり根地先輩はそのたぐいまれなる才能と壮絶な境遇ゆえに、クォーツの誰とも異なる視座から舞台に向き合い、対等な立場から田中右を眼差していたのだということを、プレイして少し経った今ではしみじみと考える。
根地先輩の根幹にあるもの
ではいったい、根地黒門は何に葛藤するのだろう? と、序盤の親密度イベントを経て、どうやらアンバーからの転科がこのルートで巻き起こる物語の本筋に密接に関わるわけではないらしいと感じたわたしは無邪気に考えた。しかしその答えを得るまでそう時間はかからなかった。
夏休みに入ってすぐの、3度目の親密度イベント。いつもおちゃらけている根地先輩の様子がおかしく、雲行きが怪しい……あれよあれよと言ううちに見ず知らずの海岸に連れて行かれ、かつてそこで彼の父親が亡くなったのだと知らされる。滔々と、父親が亡くなるまでの顛末を語り聞かされる…。その内容が、2度目の親密度イベントで見せられた根地先輩の1人劇とまったく同じ筋書きであることに背筋が凍る。壮絶な内容もさることながら、自分が彼の悲惨な過去をエンタテイメントとして見てしまっていた構図にもグロテスクさが漂う。
舞台に命をかける奇抜な演出家の父、突如彼のもとに現れその才能に理解を示し、愛人となる女優。舞台に命を燃やす父の様子を楽しげに見ていた息子が、1人劇の最後に悲しげに父を呼んだ声…。思えば、1度目の親密度イベントのエチュードも妻と愛人の諍いだった…。さまざまなことが脳裏にフラッシュバックする。
下手な例えで恐縮だが、まるで可愛がって遊んでいたぬいぐるみが動物の死骸だったことに気づかされてゾッと身震いし手放すような、そんな気分になった。
これまでずっと気になっていた根地先輩のセリフがある。冬公演、愛人ドミナの解像度の低さを白田先輩から指摘された時にこぼした、「ルキオラは僕なんだ」という言葉だ。根地先輩の過去は他ルートでは知ることができないので、この言葉が釈然とせずいつも心に引っかかっていた。でも意味がわかったらわかったで辛すぎる。
ところが根地先輩の暗い過去を知ったこの出来事はまだほんの序章に過ぎない。
根地先輩は、父親の一件から女性と接するのが怖くなってしまった、自分も女性を愛してしまったら父親のように才能を失い、果てはこの海岸から身を投げる運命を辿ってしまうのではないかと怖れている。当然、この言葉は性別を偽ってユニヴェール生になった希佐に重くのしかかる。
それでもふたりが惹かれあい、互いを深く求め合う引力に逆らえない。とくに根地先輩は希佐の才能にすっかり惚れ込んでいて、君が女性だったら結婚を申し込む(遺伝子を残したいから、子どもを作りたいからと暗に仄めかす根地先輩。ドキッとしつつもどこまで正気かわからなくてひたすら困惑)とまで言いはじめる始末…。もうこれは女バレ不可避だよ流石に。
結局、希佐も根地先輩への恋心を抑えきれず、毎度彼から求められる(※一応稽古)がままに要求を呑んでいるうちに、根地先輩は希佐の演技に滲み出てしまう「女」に勘づいてしまう。
愛した彼女は女神か、死神か
根地先輩といえば、クォーツの舞台の脚本・演出(演技に関することから舞台セットや衣装まで多岐にわたる)、歌の作詞にいたるまで、ありとあらゆることを高水準でこなせる人間離れした才能とバイタリティを兼ね備えた人物。いわばクォーツの中枢神経のようなものだ。そんな彼に何かあればクォーツがどうなってしまうかは想像に難くない。
1年間の集大成であるユニヴェール公演を目前に、根地先輩は希佐が女であることを悟り、同時に彼女への恋心をはっきりと自覚したことで脚本が書けなくなってしまう。それだけでなく、これまでさんざんクォーツの舞台を創り上げてきた演出家としての才覚をも失ってしまう。
もぬけの殻のようになってしまった身体に、ただ希佐への想いだけが募っていく。彼が恋に舞い上がることはない。恋心によって才能の死(ところでわたしは文字通り才能を失ったわけではないと思っている)を突きつけられ、自分のなかから舞台がどんどん遠のいていく。それを許せなかった彼は、人知れず父親が最期を迎えたあの海岸へと向かう。正直、このシーンは辛すぎて思い出すのも苦しい。根地先輩がどれだけ舞台を愛していたか、舞台のためだけに生きてきたかを思い知らされる。たった片時でも舞台から離れてしまう自分がこんなに許せないのだから。
同時に、彼がどれほど情熱的に希佐を愛してしまっているのかもわかって、苦しい。
根地先輩が才能を失ってしまったことで、田中右先輩はめざとく希佐を「死神」だと非難する。女であることを隠しながら根地先輩のそばにい続けてしまったことに罪の意識を抱く希佐には辛い言葉だったに違いない。
けれどわたしには最初から最後まで希佐は死神なんかではなく、根地黒門というひとりの芸術家の心を震わせ続けるミューズにみえた。
やはり印象に残っているのは希佐が海岸に向かった根地先輩を追いかけ、一緒に冬の海に入るシーン。
海へ向かおうとする彼を希佐は無理に止めようとはせず、自分も一緒に行くと言って彼の手を取る。寒々しい冬の海を進んでいくふたりは危うくて美しくて、まるで映画のワンシーンでも観ているようだった。
海の中でふたりは静かに対話を重ね、死さえも覚悟していたはずの根地先輩が、才能という翼をもぎ取られたまま、空白をひとつひとつ地道に埋めていく途方もない道のりを、希佐と一緒に自分の足で歩んでいくことを選んだ。彼の心に蔓延る才能の死への恐怖を、これまで彼女がクォーツの舞台で見せてきたうつくしい瞬間に対する賛美の気持ちと、これから先の未来への期待に塗り替えたのだ。これが死神の所業であっていいはずがない。
田中右宙為との友情
このルートの好きなポイントがもうひとつ。他のルートではずっと孤高の人で,時に脅威としてクォーツに翳りをもたらす存在だった田中右くんの立ち位置が、根地ルートではとてもフラットに描かれていること。
上で書いたように、私はてっきり根地先輩とアンバーには並々ならぬ確執があると勘違いしてたので、根地先輩に対する田中右くんの信頼しあった友人のような、可愛らしい後輩のようなムーブにまんまとやられてしまった。やはり根地先輩はこの作品屈指の天才だから、その目線から見ることで、普段はあまりに壮大な才能のヴェールに隠されてしまう田中右宙為の人となりが輪郭を持って見えてくる。まさかあの田中右くんが人を心配して他クラスの稽古を観にくるなんてシチュエーションが存在したとは…。
ふたりのアンバー時代のパートナー関係の終焉が、ごくあっさりと、でも互いには納得できてしまう形だったというのも、凡人を蚊帳の外にして、天才同士でしかわかちあえないものがあったんだろうなと言う感じでめちゃくちゃ萌えた。このふたりの掛け合いを、根地先輩を尊敬して慕う後輩田中右くんの姿を、もっともっと見たかったー。
スチルよもやま話
印象に残っているスチルイベントの話もいくつか。
温泉スチル
まずは親密度イベント3後の夏合宿の温泉イベント。このイベントに限らず、夏合宿の根地先輩は全体的にハイテンション。こちらはあの海辺で父親の昔話を聞いた直後なので、温度差に身体がついていけないくらいだった。肝試しといい、温泉で鉢合わせた時といい、希佐が根地先輩に振り回されてたまに本気で怒ったり困惑したり苛立ったりしているのが可哀想可愛い。
1回目(?)のプロポーズ
これも色んな意味で衝撃だった。夏合宿といい、その後のこのプロポーズといい、彼の暗い過去を知りながら思わずくすくす笑ってしまうようなハイテンションかつエキセントリックなイベントが続く物語中盤。あまりに突拍子のない発言の連発に、読んでいる最中はつくづく変な人(褒めてる)だな? と思っていたけど、今思えば希佐にどんどん惹かれてしまってる自分の本心に本気で向き合うのが怖くて、それをはぐらかすためにこういう態度になってしまっていたのかも。そう考えると愛しさで胸がギュッとなる。本当のプロポーズスチルも大好きだけど、今回は根地先輩のなかで結婚という選択肢が初めて見えた衝撃に負けてこちらを採用。
もう、どこにもいないんだね
バレンタインイベントのスチル。希佐の献身的な支えもあり、実家に帰って父親の遺品を整理してその死とようやく向き合えた根地先輩…。希佐の身体に身を預け、「本当に死んでしまったんだね、父さん」とつぶやく根地先輩から、1人劇で心から楽しそうに、無邪気に父親の作り出す舞台を見ていた幼い彼の姿が重なる。
彼のこの長い長い苦悩の物語は、自分を置いて消えてしまった大好きな父親を理解し、その死を乗り越えるためのものだったのだろう。根地先輩が希佐に恋して才能を失ってしまったのも、彼のなかで本当に才能が潰えてしまったわけではなく、彼の心が父親を必死で理解しようとして意図せず父親の身に起こったことを追体験しようとして生じてしまったものなのではないかと考えている。そうでもしないと、こんなに父親を愛し慕っていた自分を置いて逝ってしまったことを消化できなかったんだろうな。あまりに苦しい。だからこそ、この過程に最後まで添い遂げた立花希佐というヒロインの器の大きさ、聡明さに脳を焼かれずにはいられない。
おわりに
噂に違わぬ波瀾万丈だった根地ルート。終始、彼の暗い過去の気配が漂い続けていたので確かに重苦しさはあるものの、このルートの文学的で情熱的な空気感がとても好きだった。「可愛い」や「愛してる」と率直に希佐に愛の言葉を投げかける、恋をしている根地先輩の新たな一面を見られたのも新鮮だった。
いよいよジャックジャンヌのメインルートも残すは立花希佐ルートのみ。ここまでこのゲームをプレイしてきて、やっぱりわたしは立花希佐というキャラクターがとてもとても好きだ。もしかすると1番好きかもしれない。彼女が誰のことも選ばない(ある意味では全員選ぶ?)ルートはどんな物語になるのだろう。とても楽しみ。
ここまで読んでくださった方、ありがとう。