見出し画像

板橋に行ってきました

○○橋という地名の場所はもともと橋がかかっていた場所が多く、東京周辺だと日本橋はもちろん、今は橋の跡形もなさそうに見える新橋ももちろん「新橋」という橋が昔存在したことが名前の由来です。今でも柱が現存し昔の姿を今に伝えています。

画像1
画像2

東京23区の北部に位置する板橋区。「橋」が名前につく区は板橋区が唯一です。川がつく区は結構多いのですけどね(品川、江戸川、荒川)。その名前ともなった板橋にも元々は橋があり、それが地名・区名の由来になっているのだろう、と思い、その痕跡を探しに出かけてみました。

画像3
画像4
画像17

結論から言うと、痕跡というより、橋が現存していました。名前はもちろん「板橋」
板橋は、石神井川にかかる橋で、元々は板状の木を川にかけていたことから「板橋」と呼ばれていたようです。歴史は古く鎌倉時代ころから板橋という名前が存在し、江戸時代には五街道で有名な「中山道」がこの橋の上を通っていたようです。

画像5
画像6

板橋一帯は江戸時代には中山道の第一番目の宿場町「板橋宿」としても知られ、大変に栄えたようです。かつて本陣・脇本陣(大名などが宿泊する豪華な宿)などが軒を並べたとされる仲宿のあたりは、今でも多くの商店で賑わっています。

画像7

今では本陣の痕跡を残すものは跡地を示す標識のみで、今の板橋には当時の宿場町の栄華を感じさせる面影はそれほど多くはないようです。実際のところ歩いてみるとチェーン店だらけの商店街、という様相。
そのなかでも「板橋」という橋は、今ではコンクリートで整備されたきれいで立派な橋になっていますが、この地がかつては多くの人が往来して栄えた名残を感じさせるものになっています。

多くの人が往来した街であったエピソードとして、板橋にはかつて競馬場が存在していたようです。明治以降、居留地競馬から始まる競馬ブームは全国を席巻し、多くの地で競馬が開催され、ここ板橋も例外ではなかったようです。
ただしWikipediaを見ると板橋競馬場で競馬が開催されたのはわずか11日。短命に終わったのは色々で諸々な事情があったようです。その歴史の短さ故、今痕跡を探し出すのはとても難しいのが現実。

画像12

一応、複数の記事などの情報を参考にすると、現在の豊島病院などが建っている敷地のあたりにかつては競馬場があったようです。私もそのあたりを歩いて見ましたが、今ではすっかり住宅地となっており、コースを縦断するかたちで東武東上線が開通したりと区画も大きく変わり、当時の面影らしきものを探すのは難しいようです。

画像8
画像9

一応、コースの向こう正面にあたる辺りを歩いては見ました。このカーブは競馬場由来なのか否か。
もともとこの辺はかつての千川上水と石神井川に囲まれた地域で、石神井川の崖線沿いです。そのため住宅街を歩いていると唐突にすごい起伏に遭遇したりします。

画像10
画像11

競馬場も、この崖線の地形をうまく使って作られたようです。
もちろんこの地に作られたのは、地形的な理由というよりはかつて中山道の宿場町でとても栄えていた場所であったことが大きな理由なのでしょう。

中山道がその街道としての役割を鉄道に譲ったのがわずか100年ほど前。板橋の中心地には国鉄など主要な鉄路は通らず、結果として街の位置づけや役割も大きく変化したように思います。たった100年で街というのは大きく変わるものなんですね。
なんてことを、帰り道に東武線大山駅まで歩き、パチンコ屋と小熟女パブばかりが目立つ町並みを眺めつつ、考えたりしました。

画像16


ちなみに、日本以外に台湾にも「板橋」という地名があり、「板橋区」という行政区画が台湾にもあります。

スクリーンショット 2021-10-25 11.52.36

台湾は都市発展に伴い首都台北周辺が手狭になってきたため、川を挟んだ南西部にある新北市が急速に発展してきており、その中心地の一つである板橋区は大きなビルやショッピングセンターが立ち並ぶ街に進化しているようです。
訪れる場所によりますが台北周辺に宿泊するより板橋あたりに泊まった方が安いし便利だし、ビジネス出張には都合が良いかもしれません。夜市も有名な観光地もあります(写真は林本源園邸。お金持ちの別荘跡)
川を挟んだ隣の新荘区には野球場もあります。

画像19
画像20

なお台湾の板橋は「橋」が由来の場所ではなく、元々の名前だった「擺接」から音の近い語に言い換えられ「枋橋」「板橋」と変化し今に至るとのこと(by Wikipedia) 。ただ諸説あるようです。

台湾の板橋には新幹線(台湾高速鉄道)が止まります。板橋駅は台北と、空港のある桃園の間の駅。鉄道の格という意味では東京の板橋はだいぶ差がつけられており、鉄道網如何での街の発展という意味でも大きな差があるように思います。
なお日本の板橋との結びつきについては特に感じられる場所はないと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?