【アグリテックを読み解く】植物工場が苦戦する中、「農業版Tesla」OishiiがNYで跳ねた理由
こんにちは!Dawn Capitalインターンの八並映里香です。
皆さんは、Oishiiという植物工場スタートアップが今NYで人気を博していることをご存知でしょうか?
エネルギー価格の値上げで電気を多用する植物工場が大苦戦する中、Oishiiは
「他に類を見ない蜂の受粉コントロール技術」
「日本の気候をNYで徹底再現」
「日本の糖度文化の輸出」
という一風変わったフックでNYでの成功を収めたと言えます。
Oishiiが参入したのは「垂直農業」と言うアグリテックを用いた日本産イチゴの量産、しかも海外栽培というニッチ産業ですが、シリーズAラウンドで55億円の大規模資金調達を成功させました。
マンハッタン中の星付きミシュランレストランや海外有名誌も熱視線を送るOishiiは、なぜ今ここまでNYで注目されているのでしょうか?
今回は、Oishiiのユニークな競合優位性「受粉技術」「糖度」「気候技術」をキーに同社の成功ステップを解析していきます。
最後には「次期Oishii候補」とも言うべき隠れた最先端企業を徹底リサーチの上でピックしておりますので、アグリテックでの起業ヒントを探している方や優良企業を探す投資家の方はぜひ参考になさってください。
【読了時間目安:5分】
1. Oishiiの競合優位性
Oishiiは、以下のような競合優位性を持ちます。
ⅰ - 従来、受粉が必要な作物、特に果実は植物工場での栽培が難しいとされてきました。
しかしOishiiは、ミツバチの受粉に関する長年の研究開発に多額の投資を行った結果非常に高い成功率を誇る自然受粉技術を開発し、これにより世界で初めて高品質いちごの安定量産化に成功しました。
実は、このミツバチの研究成果こそがOishiiの競合優位性です。
「世界の食料の9割を占める100種類の作物種のうち、7割はハチが受粉を媒介している」という国連環境計画の報告からもわかるように、ハチの受粉コントロール=作物の成長コントロールという側面があります。
ミツバチの自然受粉は人工的に行う場合成功率が30%や40%で終わることも少なくない非常に難しい技術ですが、Oishiiはここを制したことで通常の垂直農業とは一線を画したと言えます。
また、Oishiiは世界最先端の自動気象管理システムを自社開発しています。
これにより気温・湿度・二酸化炭素・風・日長・光の波長・培地・灌水等といった精密な気候要素を完全に制御することでいわば「日本の気候をNYで完全再現」し、日本でしか栽培できないイチゴを異国の地においても年中栽培することができるようになりました。
通常イチゴは年一の収穫ですが、年中収穫が可能になったことでキャッシュフローと客層の増加が見込めます。
このシステムは通常の農業試験場における数百年分の実験を一年で実験できるほど高性能であるため、他社と比較して研究開発を圧倒的な速度で行うことができるという強みもあります。
また、Oishiiの工場の敷地は日本でもお馴染みのバドワイザーの製造元であるアンハイザー・ブッシュ社の工場を再利用しています。
これにより工場建設費や管理費を削減したほか、本工場は他会社の初期垂直農場に比べてエネルギー使用量が60%、水使用量が40%少ない仕様を実現しました。
これによりOishii Farmは、多角的なコストカットを可能にしています。
ⅱ- 日本のフルーツ文化は、実は海外、特に米国にスライドさせた時それ自体が競合優位性となり得るものです。
最も注目すべきは、「糖度」です。
日本では果物のことを「水菓子」と形容したり、販売の際に高い糖度が強調されたりするように、とにかく果物が「甘く」あることが重視される傾向にあります。
しかしこの傾向は実は欧米から見るとかなり特殊です。海外生活研究家の方が考察したところによると、
「海外ではフルーツは朝食やスナックとして、野菜と同じように材料のひとつとして料理に使用する。また、食事の最後のデザートにはフルーツを使ったケーキなど、基本フルーツには甘さをプラスする。(一部表現は筆者編集)」と述べています。
実際、CEOの古賀氏も「アメリカではイチゴのほとんどが西海岸のカリフォルニアで生産されている。そのため、ニューヨークや東海岸では収穫から1週間経ったような鮮度の落ちたイチゴが売られていて、美味しくない。消費者は高くても美味しいイチゴを求めていた」と言及していました。
Oishiiを紹介したこちらの海外記事でも
「東京生まれの彼は、最高の果物を高級品のカテゴリーに置く国で育った 。日本では高級ワインと同じように、よく育てられたイチゴ一粒が何千ドルで売れることもある。米国にはそのような同等の企業が見つからなかったので、古賀氏はニッチな市場を作り出すことを決意した」と紹介されており、Oishiiは日米の価値観の違い・食べ物の質の違いで、企業チャンスが生まれた事例だったということがわかります。
他のユニークな例で言うと、鳥取県大栄産スイカを中東ドバイに輸出したところそのあまりの瑞々しさ・甘さが現地で大絶賛されたと言う事例もあります。こちらはなんと1個3万円超という驚きの高値で取引され、UAE諸国の王族にも献上されたとの事です。
このように、日本の「糖度信仰」文化は海外に出た時に強力な競合優位性となっています。
余談ですが、米国で「ベリー」といえばクランベリーやラズベリーといった果物を連想する方が多く、日本人が想像するような「甘くて瑞々しい苺」というのはあまり食べたことがないという方も多々います。
「ケーキを想像してください」と言われた時、日本人の大半がまず連想するような「苺のショートケーキ」も実は日本発祥であり、海外Twitterで「Japanese strawberry short cake」と検索すると「日本スタイルのケーキを作ってみた!」というようなコメントと共に写真がアップされているのが見受けられます。
2. なぜ、今垂直農業に着目すべきなのか
Oishiiは、垂直農業というアグリテックを用いたスタートアップです。
垂直農業は2020年前後にかけてホットトピックでしたが、その後否定的な見方も多く出ています。
なぜなら最も大きいデメリットとして、近年の電力値上げにより栽培に必要なLEDのコストがかかりすぎると言う課題感があるからです。
(これについて2023年3月、WIREDは「垂直農法で栽培された野菜が、わたしたちの食卓に並ばない理由」と題された記事を発表しました。)
2020年12月から22年7月までの間にEU圏における家庭用のエネルギー価格は58%近く上昇し、2021年6月時点で約25%だった欧州の垂直農園の電気代の割合は40%前後に増えている可能性もあるといいます。
一例として2020年創業の垂直農法のスタートアップGlowfarmsは75万ユーロ(約1億830万円)という潤沢な資金を調達したうえで、オランダ国内に概念実証(PoC)型の農園を建設しましたが、急激な電力値上げが原因で最終的に閉鎖に追い込まれてしまいました。
しかし今、垂直農業は再び可能性を帯びつつあります。
前述したようにOishiiは他会社の初期垂直農場に比べてエネルギー使用量が60%、水使用量が40%少ない仕様になっており、最新技術を用いてエネルギーコストをカットしています。
Oishii以外にも電力というエネルギー問題に向き合えるだけの技術力がある垂直農業スタートアップが現在再び勃興しており、
グローバルインフォメーションが2022年3月に公開した「垂直農法の世界市場 (2020-2026年):メカニズム・製品・国別」によると、世界の垂直農法市場は2020年に55億米ドル規模(約5,885億円)に達しました。
2021年から2026年の間に市場は成長し、2026年には198億6千万ドル規模に達するという予測も出ています。
さらに直近では砂漠や海上といった通常絶対に農耕地にはなり得ない場所での垂直農業も研究されており、理論上は地球の表面積全体が農耕地となり得る可能性を秘めています。
我々は再び垂直農業のメリット面に目を向け、方向性を検討すべきかもしれません。
3. 垂直農業市場のハック法
以下では、Oishiiのような垂直農業の成功モデルを再現するには、どのようにすればいいのかを解説します。
事業上で垂直農業市場をハックするには、以下の3点のうち少なくとも2つを押さえておく必要があります。
ⅰ - 垂直農業は、栽培できる作物がまだまだ限られています。この根本的な縛りを解放して垂直農法で栽培できる品種の種類を増やせば、それだけで優位性をある程度担保することができます。
ⅱ - これはⅰの条件とは真逆であり、Oishiiのように単独品種のリッチさを強化する、という戦略です。
一つの品種に特化して市場開拓をする=ニッチ産業を開拓するにあたって、特に重要とされるのはユニークなユーザー体験や潜在的な顧客を出すことです。
Oishiiは「美味しいイチゴが中々存在しない米国市場」において「日本にしか存在しない味、見た目のイチゴをグルメ層に届ける」ことで顧客を創出しました。ベリーの味が薄いアメリカに美味しいイチゴを輸出する、ロシアのような北国でバナナといったトロピカルフルーツが高級品になる、水不足の中東の王族にスイカを献上するというふうに、いかに市場・ペルソナを選定するかが勝ちに繋がります。
ⅲ - 垂直農業はいわゆるハコ(工場)が、開発国以外の気候にも適応できるか・海外においてもシステムを展開可能かというところでタイプが分かれます。大規模工場は物理的に地域から動くことはできませんが、BABYLONのようなレストラン内に置くタイプの箱型垂直農業機器はいくらでも輸送可能です。
また、Oishiiの工場のように一国の気候を完全再現できる工場も、「土地に縛られない」アグリテックであると言えます。
Oishii Farmは「希少品種特化」 X 「土地に縛られない」の掛け合わせで、成功を収めた型です。
4. 「次期Oishii候補」スタートアップ
最後に、垂直農業という筋からはズレてしまいますが、Oishiiのように世界に羽ばたく可能性の高い注目アグリテックスタートアップをご紹介します。
TOWING - 「地球上における循環型農業の発展と宇宙農業の実現」を目指し、圧倒的な市場開拓可能性
本会社は世界初のバイオ技術を用いて、人工土壌「高機能ソイル」を開発し、従来は土壌として使えなかった植物炭・セラミックに微生物を付加して、高効率かつ持続可能な次世代の農業ができる超良質な土に変えていくという試みを行なっています。
温湿度条件を満たせば、海上や砂漠の上、宇宙でも、農作物の栽培が可能となるのです。栽培技術は実験レベルでは実証済みであり、今後は大規模実証実験を進める見込みです。
2023年5月17日に資金調達を行い、累計調達額は10億にのぼりました。
高機能ソイルが垂直農業などあらゆるアグリテックに活用されれば、農地面積の拡大は想像もつかないほどになるかもしれません。
5. 終わりに
いかがでしたでしょうか?
最後に、Oishii のCEO、古賀氏がPR TIMESで述べた言葉を引用します。
食糧危機問題がトレンドになる今、今後日本からはどのようなアグリテックが世界に羽ばたいていくのか。
今後のスタートアップの動向に注目です。
文・リサーチ/ 八並映里香・劉又誠
クリエイティブ/ 池田龍之介
Dawn Capitalでは、今後もスタートアップ業界の方に役立つさまざまな情報を発信していきます。
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