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レノファなスタジアムの話(39)民間資本でスタジアムを作ろうとすると

前回のさらに続きです。

前回の最後に「そもそも『スタジアム事業』だけで採算が取れるのであれば、最初から民間企業がやっている」ということを話しましたが、では本当に『スタジアム事業』を民間がやっている事例が皆無なのかと言えば必ずしもそんなことはなく、近年でも民間が整備し民間が運営するスタジアムというものが複数存在します

今回は民間主導でスタジアムを整備し管理する例を2つ示して、どうやったら民間企業でもスタジアム運営が上手くいくのか、あるいは民間によるスタジアム運営が主流になりうるのかについて考えてみたいと思います。

Fビレッジ(エスコンフィールド)

まず、2023年に開場した北海道北広島市の北海道ボールパーク Fビレッジについて。
プロ野球・北海道日本ハムファイターズの新たな本拠地「エスコンフィールドHOKKAIDO」を中核とした複合施設です。

プロ野球に関心の薄い層(あるいは、プロ野球を現地で見たことがない層)には「いや、新しい野球場だけでしょ?」と思われるかも知れませんが、実はFビレッジ(野球場の外)にあるのは、アスレチック施設やドッグラン、子供向け遊戯施設、グランピング施設、農業学習施設、レストランに宿泊施設(ヴィラ)、果ては認定こども園医療施設サービス付高齢者賃貸住宅まで揃った、いわば一つの「レジャー施設」になっているのです。

そして野球場自体も一般的なフードコートだけではなく「TOWER 11」と称する球場内ホテルを備え、施設内には温泉やサウナ、アミューズメントエリアを有し、多くの施設が試合のない日もオープンしています

これらFビレッジを運営しているのが「ファイターズスポーツ&エンターテイメント」(FS&E) という会社。
北海道日本ハムファイターズの運営会社と親会社の日本ハム、それに電通と一般財団法人民間都市開発推進機構(MINTO機構)が出資した企業で、ファイターズによる「まちづくり」の要素が多分に入っています。
実際、Fビレッジの敷地は元々北広島市が所有する公園用地で、FS&Eが北広島市から有償で借り受けた上で、固定資産税と都市計画税の減免を受けています。
総工費600億円は日本ハムが拠出、うち200億円は個人投資家から調達したということも、金融筋では話題になったようです。

日本ハムは上場企業なので有価証券報告書が公開されるのですが、これを見ると日本ハムグループのセグメント(経営分野)に「ボールパーク事業」(球団運営+Fビレッジ運営)が位置づけられており、セグメント単位で一定の利益を出すことに成功しているようです。

長崎スタジアムシティ(Peace Stadium)

そして2024年、今度は長崎市に「長崎スタジアムシティ」が誕生します。
通信販売大手のジャパネットホールディングスが主導して整備した、Jリーグ・V・ファーレン長崎のホームスタジアム「PEACE STADIUM Connected by SoftBank」とBリーグ・長崎ヴェルカのホームアリーナ「HAPPINESS ARENA」を核とした複合施設です。

長崎スタジアム"シティ"と名打つくらいですから、こちらも市街地再開発の要素が多分に含まれており、スタジアムとアリーナだけではなく、商業施設オフィスビルスタジアム一体型シティホテルを併設しており、JリーグやBリーグのない日でもスタジアムのスタンドを開放して、ショッピングモールやフードコートの休憩スペースとして利用されており、試合がない日でも1日1万人近くが訪れる人気スポットとなっているようです。

そして、長崎スタジアムシティの整備にあたっては、Fビレッジを含めたそれまでの日本各地のスタジアム・アリーナ整備とは全く違うスキームを採用しています。

  • 敷地は三菱重工長崎造船所の跡地(国や自治体の所有する公有地を使用せず

  • 建設資金は金融機関からの借入も含めてジャパネットグループが全額を拠出(公的負担をほぼ求めず

このおかげで、都市公園法など一般的なスタジアム整備にかかる法規制を受けることなくスタジアム・アリーナ整備が可能となり(法的な扱いとしてはショッピングモールなどの「商業施設」と同じ扱いのようで、当然建築基準法等の諸法令の規制対象にはなります)、利活用においてもジャパネットの判断により自由度の高い運用が可能となっています。

実はジャパネットはグループ全体が非上場企業となっており(この点も、スタジアムの自力整備という大胆な経営判断のできる要因の一つになっています)、収益等の内訳は明らかになっていないのですが、建設資金(全体で1000億円と言われています)を回収するために、スタジアムシティ内の施設は(商業施設のテナント等を除くと)ジャパネットグループの直営となっており、長崎スタジアムシティ自体がグループの命運を握ると言っても過言ではない存在になっています。

2つの施設の共通項は

さて、Fビレッジと長崎スタジアムシティには民設民営というだけではなく、別の側面で大きな共通点があります。それは、

  • スタジアム単体で儲けようとするのではなく、スタジアム周辺を含めた「施設全体」で利益を出す

  • スタジアムは複合施設における集客施設の一つに過ぎず、試合のない日でも人を集める工夫を凝らす

という施設整備にあたってのコンセプトです。
Fビレッジが観光客中心、長崎スタジアムシティが地元利用者中心という顧客層の違いはあります(これらはFビレッジが都市郊外、長崎スタジアムシティが市街地という両者の立地の違いも大きいと思っています)が、スタジアム単体だけを捉えると、試合のない日は維持経費だけがかかる存在になるのを、スタジアムを周辺施設に人を呼び込むためのツールとして活用することで、スタジアム周辺の施設全体で利益を生み出し、スタジアムの維持管理費用に還元するという手法をとっているのです。

この「スタジアムを『人を呼び込むためのツール』とみなす」発想というのは、実は地方自治体がスタジアム・アリーナを整備する際の目的の一つとしている「地域活性化」「交流拠点化」とほぼ同じと言えるのではないでしょうか。

「民設民営」は現実的な手法か

ただ、その一方で、「民設民営」の手法を実現させるためには、いくつか条件があります。

一つは、「整備に当たって地元関係者(行政や経済団体)の支持・支援を受ける」という点が不可欠となります。
Fビレッジは先に述べたように敷地が北広島市の公園用地(固定資産税の減免あり)で、長崎スタジアムシティは三菱重工業による長崎造船所跡地再開発のコンペ参加に当たって地元経済団体(商工会議所)の支援を取り付けています。

さらには、現在の商業施設の建築費の相場が鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)で坪あたり約130万円だそうなので、スタジアム+周辺施設の延床面積をざっくり12万㎡と見込んだ(観客席込みのスタジアム単体の延床面積が大体5-9万㎡なので、これでも小さめに見積もっています)としても約470億円になるので「500億単位で建設資金を調達し、それを回収するスキームを用意する」ことも必要となり、これを一民間企業で調達するとなると相当の企業体力を削られることになります。

ということを総合的に考えたとき、行政によるスタジアム整備に批判的な人々がよく言う「民間企業単独でやる」という手法は、その企業が社運をかけるレベルで投資できない限りは限りなく夢物語に近い(言い換えれば、このレベルの投資が出来る企業は相当に限られる)と言えるのではないでしょうか。

このように、民設民営のスタジアム(を中心とした街作り施設)の整備には現実には特にイニシャルコスト面を中心に様々な高いハードルを越える必要があることを考えると、これからのスタジアム整備に向けた「現実的な手法」としては、行政による事業(公園整備やまちづくり事業)に民間が乗っかる「公有民営」ではないかな、と思うわけです。

実際、近年整備された球技専用スタジアムであるパナソニックスタジアム吹田(国有地に民間ベースで建設、完成後に市に施設を寄付)、エディオンピースウイング広島(市主導のPFI事業)、ミクニワールドスタジアム北九州(市主導のPFI事業)などは、みな「公有民営」のスキームを用いたものになっています。

もちろん、PFIというのは参画する民間企業側にも相応のメリットがあるものではないと事業が成り立ちませんから、スタジアムの整備に当たっては、それだけ魅力ある事業となるような制度設計を行政サイドが組み立てられるかというのも鍵になってくるかと思います。


さて、ここまで書いたところで、スタジアム建設に批判的な方々からは「でもプロ野球の本拠地球場は球団が作って球団が好きなように使っているでしょ?」といった声が聞こえてきそうですが、その考え方は実は全く違います
この辺について触れると長くなりすぎるので、次回に回したいと思います。


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