【家庭採園】簡単おてがる自然豊法で楽しい糸瓜栽培【ゆっくり解説】
今日も一日
0. まえがき
どうも、初めまして。
21生の十角糸瓜(@Datte_hechima)と申します。基本サークル内では「へちま」と呼称されているので、そう呼んでいただければ幸いです。
突然ですがみなさん、オタク、やってますか?
私は、と言うと……どうなんでしょうね?
新歓 𝕏(旧Twitter) に載せた自己紹介にも書きましたが、ここのところ本当にテレビアニメは僅かしか見なくなっていますし、声優さんにしても、嫌いではないにせよ、特別好いているかと問われるとかなり困ってしまいます。そんな私なんぞが、弊サークルが誇る素晴らしく高尚なオタクの皆々様と並び立って『オタク』と名乗らせていただくのは余りにもおこがまⅭ 限りなので、『キモオタからオタが抜け落ちて残ったキモの部分』を自称している次第です。
とはいえ、所謂オタサーと言うべきこのような団体に籍を置いている以上、傍からはオタクだと見做されるっぽいので、この記事は「私ってどうしてこうなっちゃったんだろう???」という感じの内容になると思います。
『隙自語(隙あらば自分語り)』という太古から伝わる諺にもある通り、オタクは自分語りが大好きなので、この団体に所属するに至った経緯の自分語りをね、これからね、やらせて頂きますね~~。
なんかめっちゃ長いです。隙を与えたお前らが悪いです。真面目に読む価値とかは全然ないので、暇な人だけ読んでください。なんか15,000字くらいあります。読む人は覚悟してね。
この記事を読めば、私の"""全て"""が、理解ります────。
第1章 誕生
私こと十角糸瓜は、香川県は坂出市、瀬戸大橋で本州と繋がるその街の、快生病院という大きな総合病院で、十角家の末っ子として生を受けました。
出生体重は2,750g。平均より少し小さめではあるものの、元気に産声を上げていたと聞きます。初春のうららかな陽差しが降り注いでいた、ある日のことです──。
え? 流石に全て過ぎる?
"全て"ってこういうことじゃない? マ?
オタクになったきっかけだけでいい?
おかのした
1. 幼児期~小学校時代
私がオタクに目覚めたのは生まれてからちょうど1年後のことでした。
1歳の誕生日を迎えたその瞬間、突然"天啓"が下り、"オタク"に"成る"ために自分が存在することを唐突に悟り、"萌え"の"全て"を"完全"に"理解"します。
その時生まれて初めて発した言葉が「誰そ今期絵巻のいみじう美しき女子なりや?」(=今期のアニメで最も可愛らしい女の子はどなたですか?)であったという伝説が各地に残っています。
嘘です。
すぐ茶化そうとするのよくないですよ~。(自戒)
ちゃんとやりますね。
生まれて初めて触れたコンテンツ自体は恐らくアンパンマンとかその辺になるんじゃないかなぁと思います。めちゃめちゃ妥当ですね。まぁ普通に覚えてないので、今の私に直接繋がっているかは微妙です。
今の私の元の元を辿りに辿ると、最古の記憶のひとつに、「実はこれがオタク体験の一番最初の最初の最初だったんじゃないか!?」というものがあります。
私には2つ年上のお兄様がいるのですが、彼がゲームをやっているのをずーっとただ眺めている記憶です。本当に小さい頃の思い出なのですが、確かに覚えています。
最初はそんなに凝った物でなく、それ専用の簡素なハードでプレイする、スペースインベーダー然としたシンプルなゲームでした。
しばらくして、比較的複雑なこともできるようになると、彼は据置型のゲームに挑戦します。ちょうど20年ほど前爆発的に流行っていた据置ゲームハードというと、みなさんもうお分かりでしょう。
そうです。スーパーファミコンですね。
え? そこはPlayStation2(2000発売)だろって?
は?? 何を言っているんですか??
ゲームと言えば、天下の任天堂様ですよ?? 我が家はお行儀のよい家庭だったので、ソニー機なんて野蛮なもの買うわけないじゃないですかww
まぁ、そういうわけでね、お兄様がスーファミでマリオワールド、アラジン、ドラクエ3をやってるのをずっと見ていたわけですよ。今となっては懐かしい思い出ですね。
この傾向は成長してもずっと続き、DSやWii、3DSもほぼお兄様がプレイしているのを見る専として過ごすことになります。(ゲームハードは共用のものひとつだけしか買ってもらえませんでしたからね。弱者に使用権は回ってこない)
こうして、ゲームをプレイするよりも早い段階でゲーム視聴のスキルポイントを大量に貯めてしまっていたため、ただ見ているだけの行為への抵抗がまるで生まれず、その後巡り巡って、ゆっくり実況→ゲーム生配信→VTuberへとにょきにょきとスキルツリーが伸びていく羽目になるんですね。
Wiiでは複数人でプレイできるスマブラやマリカーも所持していましたが、お兄様にボッコボコにされた記憶しかなく、プレイスキルがずっと伸びないままここまで生きてきました。依然としてどんなゲームをやらせても下手くそです。VTuberの視聴者参加型配信に潜っても恥を晒さないくらいには上手くなりたいにゃんねぇ……。
さて、お兄様がスーファミの次に触れたのがパソコンでした。そのため、自動的に私が次に触れるのもパソコンになります。最初は、父が入れていたゲームアプリで遊んでいただけなのですが、次第に知恵がついてくるとインターネットに手を出し始めます。
そこで出会うのが……みなさんもうお分かりでしょう。
そうです。おもしろフラッシュ倉庫ですね。
いやー、こいつが本当によくない影響を与えました。
こいつで初インターネットのスキルポイントを醸成してしまったため、先程も述べた動画コンテンツ系の受容への下地が出来上がり、ニコ厨、ネトゲ、ツイ廃等の悪いインターネットスキルへの足掛かりとなってしまいました。私がヘビーインターネッターの私になった諸悪の根源は確実にこいつです。
そんな感じでインターネットを覚えると、フラッシュアニメの次はフラッシュゲームへと手が伸びていくわけですね。
当時はYahoo!きっずにかなりたくさん謎のフラッシュゲームが置いてあったりしたので、ゲームには困りませんでした。そういったゲームを遊んでいるお兄様を見てたり、自分でも遊んでたりしていました。その中にはあの伝説のゲーム、くまのプーさんホームランダービーもありました。公式に配信終了されている今なおカルト的人気を集めているゲームになるとは知る由もなく、当時はただただ動体視力ゲーとして楽しんでいました。
そんな中、同じくYahoo!きっずで何故か配信されていた謎のインディーアニメに出会います。
脚本から作画、音楽やキャストに至るまでほぼワンオペで作られ、最終的に政局を弄った話をした挙句炎上して打ち切られ、サイト閉鎖にまで追い込まれた(という噂がある)ギャグアニメ、みなさんもうお分かりでしょう。
そうです。やわらか戦車ですね。
おもフラ倉庫から入った手前、親和性があったんでしょうね。当時狂ったように何周もずっと見てました。今でもテーマ曲(?)がソラで歌えますよ。
こいつがそののち、スキル"ショートアニメ・ラバー"への道を切り拓くことになるわけですね。
そんな感じで、今は亡きAdobe Flashくんと共にあったインターネットデビュー戦でした。他の媒体へと移植されているものも多いものの、フラッシュが停止されると同時に、懐かしきものたち大半は失われてしまいました。思い返すと涙が止まらない。
また、その頃になると、ドラえもん、クレヨンしんちゃん等の所謂国民的テレビアニメも毎週嗜むようになっています。その時はアニモク(アニメ目的)というよりはむしろ、普通にテレビっ子として楽しんでいました。当時はアニメよりむしろ特撮キッズをやっていた気がします。
そしてテレビっ子の一環で見ていたのが、ピラメキーノやビットワールドです。特に後者、これ番組の一環としてブラウザゲームとかも配信していたりしたんですけど、これもよくない影響を与えましたね。子供向け番組の付属コンテンツのくせして妙に出来がよくて、普通にめちゃめちゃ楽しかった記憶があります。
そしてその中に何故か、子供向けに絶対あっちゃダメだろレベルのかなり本格的なホラゲーが配信されてたんですよね。シナリオも結構仄暗かったし、今考えても普通にヤバすぎる。しかも1本とかじゃなく何本かあった気がする。怖いもの見たさ(文字通り)で挑んだ結果、ホラー耐性へのスキルツリーが伸びていく土台を完全に築き上げ、今ではホラー映画見ながら爆笑してるバケモノになってしまいました。あーあ。
同じ頃、ちゃんと年相応にコロコロキッズもやってました。私の漫画人生の発端ですね。月刊も別冊も買ってる堂に入ったコロコロキッズをやってた気がします。(初めて買った漫画単行本はペンギンの問題でした)
そこで普通のコロコロと同じだと思って手に取ってしまったのが、今はもうないコロコロGなんですね。小学高学年向けだと知らずに読んでしまったのが運の尽きでした。コロコロG、たかがコロコロと侮るなかれ。これ、かなり凄惨なシーンや鬱展開もバンバンやってるような雑誌で、このせいでグロ耐性やシリアス耐性スキルが伸びるようになってしまい、これがそののち陰鬱な作品を敢えて踏みに行く行為へと繋がるわけですね。
ところで、私には4つ年上のお姉様がいるのですが、私が小学校低学年の頃、彼女によって我が家に革命がもたらされます。
低学年のガキからしたら高学年ってめちゃめちゃ大人に見えるもので、お姉様がそんな大人の世界で友人から仕入れてくる知識というのは、完全に未知との遭遇なんですよね。そして往々にしてそういうものは、背伸びしたい盛りのガキの目にとても眩しく映るのです。
昨年原作開始20周年を迎え、当時から現在までずっと大人気、みんな大好きこのアニメ、みなさんもうお分かりでしょう。
そうです。銀魂ですね。
マージで面白すぎた。
これ以前にもアニメ自体は見ていましたが、私に"アニメ"という楽しみを真の意味で教えてくれたのが銀魂なんですよね。アニモク(アニメ目的)でアニメを見るという行為の原体験。
お姉様が銀魂を見始めていなかったら、おそらくアニメを見るようにもなっておらず、ここに存在すること自体なかったと思います。
テレビが一台しかなかったので、お姉様がアニメを見ようとすると必然的にきょうだいみんなで見る形になったわけですね。まぁそんな感じで、きょうだい3人揃って見事に銀魂にド級のハマり、ドハマりし、毎週の放送で一緒に大爆笑しては次の放送を心待ちにするようになります。
そして、お姉様がイナイレや他のジャンプアニメ等々、次々とアニメを仕入れて持ち込んできてはみんなで見るという流れが出来上がるわけですね。
ややあって私は、Yahoo!きっずから離れるようになり、個人サイトのブラウザゲームを回り始めます。この辺とかもフラッシュくんの恩恵に預かっていましたね。
海外のカートゥーン調のグロゲーとかをわざわざ踏みに行ったりして、これもまぁよくない影響は与えたのですが、一番よくなかったのはネットを介して実在する人間と繋がってしまったことなんですね。
そういうわけで、出会ったこちらのコーラムバインというゲーム。
これ、何がいけなかったかと言うと、無料かつ会員登録等もなしで遊べるチャット付オンラインネトゲだったんですよね。小学校低~中学年のクソガキが触れるにはあまりに過酷な世界でした。
ここで、インターネットの失敗の"全て"を経験し、この屈辱的敗北によってネットリテラシーのいろはを骨の髄まで徹頭徹尾叩き込まれます。
ゲーム内の小さい閉じたコミュニティだったので、ここでのやらかしが大事にはなったりすることはなく、こういう場でネットリテラシーをねっとり照らしていたことによって、今の今まで炎上やバズ等とは無縁の生活を送らせていただけていると言っても過言ではありません。
まぁそんな感じで、いろいろと無料で遊べるネトゲの海を放流するようになるわけですね。
そんな中また出会いがあります。チビ牧場というゲームです。
このゲーム、ゲーム性がほぼないに等しく、ゲーム内の掲示板での交流がメインみたいなゲームだったんですよね。
他のゲームの掲示板がどうだったのかは知りませんが、このゲームの掲示板では何故かオリジナルの小説を流すのが流行っていました。日記じみた私小説みたいなのはなく、(思い出でしかないので多少美化しているかもしれませんが)結構しっかりしたファンタジー小説やホラー小説が主流でした。
その頃には、お姉様が読んでいた影響で、青い鳥文庫の小説を嗜むようになっていたんですよね。当時は夢水清志郎シリーズとか好きでよく読んでいました。読書好きの原体験ですね。現在のスキル"ミステリフリーク"に繋がります。
そんな私が、ネットでオリジナルの小説に出会うんですよ。
「小説って自分で書けるんだ!!」という衝撃の体験なわけです。
当時掲示板に投稿される小説は全部読んでました。それぞれ投稿されるたびに感想をしこしこ書いては送って(感想を送っていたことが高じて、当時の私のハンネをもじった登場人物を出していただいていたりもしました。いい思い出です)は、「こうなりてぇ!!」という想いを募らせることになります。
そこでまぁ、何を間違ったかトチ狂って自作小説を投げてしまうんですよね。創作体験の起こりです。
その時は、ちょっとしたファンタジー小説のほとんどプロローグだけしか書きませんでした。今思い返しても、内容がカスすぎてこっぱずかしくなってしまいます。(そういえばうどんが出てきた気がする。当時からうどん好きすぎ?)
この時から今の今までずっと、何かしら面白い文章を読んでは「面白い文章書けるようになりてぇ!!!!」と絶叫しながら過ごすことになるわけですね。
ちなみに、ゆっくり実況もこの掲示板で薦められて見始めました。
他にも、
お姉様がハムモク(ハム太郎目的)で見に行った映画で、一緒に連れて行かれていたお兄様がゴジラに心を奪われ(当時、何故か(本当に何故?)ゴジラとハム太郎の映画を同時上映していました。実家に当時のゴジハムくんソフビもあります)ており、その影響で私もゴジラを好きになったり(映画フリークの原体験)
お姉様が聴いていたボーカロイドを私も聴くようになったり(実家にお姉様が買ったボカロ小説もなんかいっぱいある)
お兄様の影響でゆっくり以外にも普通に人間がやってるゲーム実況を見るようになったり
などと、お姉様やお兄様の影響を受けつつ、さまざまな芽を出しながら小学校生活を駆け抜けていきます。
そんなこんなで、幼少期では本格的にオタクになることこそなかったものの、オタクになる下地を着実に築き上げていきました。
2. 中学~高校時代
中学校に進学してしばらく、来る2015年初夏、ついに私のオタク運命が大きく動き出します。
それまでの私はと言うと、アニメとは夕方テレビでやっているものを見ればいいという認識で、深夜アニメという概念は私の思考の外に存在していました。(香川県では深夜アニメはほぼ放送されていないに等しいため)
そんな感じだったので、少年漫画系のアニメを見たり、ゆっくりや実況者のゲーム動画を見たりして(当時はむしろ後者の方にハマりこんでいた)、それなりに楽しく生きていました。
転機は唐突に訪れます。
まず初めは、お母様でした。
ある土曜の昼下がり、日課の皿洗いをしていると、お母様が使っているiPadのその画面が目に留まります。(ちょうど洗い場の目の前がお母様の席でした)
なんかアニメ見てるな、と。
あ、これアレだ、ヘタリアだ、と。
ドラえもんで学ぶ地理みたいな漫画に混じって小学校時代ヘタリアに触れていたことがあったんですね。
その時楽しく読んでいた記憶があったので、ほーんアニメあったんや、おもろそうやんけ、となります。
次に、なんていうサイトで見てるんや? となるわけですね。
お母様のことやから違法視聴サイト使てるわけあらしまへんし……
えっ、公に無料配信サービスっちゅうもんが存在しとったんか!
と初めて知ったんです。テレビでやっていないアニメは存在していないにほぼ等しいため、見ようという思いが起こることすらあるはずがなく、そういった配信サービスの存在を、知る由もありませんでした。
お母様にそのサイトを直接聞くのはなんか恥ずかしかったので、皿洗いの傍ら目を皿のようにして、お母様の開いているそのページからサイト名を探し出します。
そして、ついに自力でそのサイトに辿り着いたわけです。
そうです。GYAO!ですね。
親子共々Yahoo!を使っていたので当然と言えば当然の帰結ですね。
しかし、このGYAO!と出会うことで私の生活が大きく変わることになります。私を語る上で切っては切れないのがこのGYAO!なんですよね。
今の私を形作るアニメとは全てGYAO!で出会いました。GYAO!がなかったら確実に私はここにいなかったことでしょう。
まぁそんなわけで、初めはもちろんヘタリアを見たわけですが、問題はその次でした。
適当に配信されてるアニメのリストを見ても全く知らない作品がズラリと並んでいるんですよ。今度ばかりは誰かの薦めや影響がまるでないわけですからね、何か見てみたいけど何を見ればいいか分からない……と思い悩みます。情報がない中、生まれて初めて自分で道を決めねばなりませんでした。
その時、おもフラ倉庫、やわらか戦車、加えてヘタリア、と培ってきたショートアニメ受容体と銀魂で培ったシュールギャグ受容体にミラクルマッチするアニメが現れます。
全然知らない作品を見始めて30分間も拘束されるのはちょっと勇気が要る、そんな中、再生時間2分という文字がとても輝いて見えました。
GYAO!で何故か無限回配信されていたシュールショートギャグアニメの殿堂、みなさんもうお分かりでしょう。
そうです。てーきゅうですね。
私のアニメ史において燦然と輝きを放つこのアニメ、本当に面白すぎて、当時腹がちぎれるくらい笑い転げていました。
ずっと本当に大好きで大切な作品です。1クール30分というお手軽さで、今でも軽率に見返せるのが素晴らしいですね。
10期、永遠に待ってるからよ……。
といった感じで、これが私の、初めての選択でした。
ここから、全てが始まったと言っても過言ではありません。
そうそう、余談にはなりますが、私が現在ハンドルネームとして使っている、この十角糸瓜。実は一応、由来がてーきゅうシリーズなんですよね。
それがこちらの、てーきゅうライバル校を描いたスピンオフ作品うさかめです。
このハンネ、弊学入学時に大学垢用の新しい名前がいるわね、と考え出したものです。「一応学内で名乗る名前だし、生身の私とあまりかけ離れすぎるのもなぁ」と私が生来持つ行政用ハンネから一文字取って、いい感じの名前の思案を巡らせます。
行政用ハンネも四文字だし、ほな四字熟語にしよかなぁとネットで四字熟語一覧みたいなのを検索し、その中で見つけたのがこの十角糸瓜という文字列でした。
浅学ながらヘチマの種類に十角糸瓜というものがあることを、この時初めて知りました。(切ったときに十個の角があるヘチマの一種みたいです。南国の方で栽培されています)その時、ヘチマと言えば~、と脳内から呼び起こされる記憶があります。
そうです。うさかめ 第2幕『後輩と そこのけそこのけ お馬が通る』にて、主人公 田中きなこが昼食として、ヘチマにストローをぶっ刺して啜っていたシーンですね。
この記憶がきっかけとなって、行政用ハンネから一文字取ってるし、ちゃんと四字熟語だし、うさかめも好きだし、ぴったりやんけ!! となり、こんな感じの経緯でこの十角糸瓜というハンネになった、と言うわけです。使い始めて早3年少しと思うと、ちょっとしみじみなりますね。
閑話休題。
さて、そんなこんなでてーきゅうによって無事アニメデビューを果たした私でしたが、『オタクになったきっかけ』として決定打になったのは、この次に見た作品でしょう。
この作品で性癖が不可逆的に破壊され、もう元に戻らなくなりました。
みなさんもうお分かりでしょう。
そうです。がっこうぐらし!ですね。
そもそも、以前の私は所謂萌えアニメと呼ばれる存在を敬遠、いえむしろ忌避と言った方がいいかもしれません、していました。それまで見ていた作品と言うと、アツい少年漫画系かケロ軍みたいなギャグアニメばかりでしたからね。萌えアニメを、正直言うと、気持ち悪いとすら思っていたかもしれません。(小学校時代、ニコニコで知った、らららコッペパンから元を辿り、らき☆すたのアニメを見ようとしてはすぐに挫折してしまったという悲しい過去があります)
しかし、そんな私がなぜこの明らかに萌え萌えビジュアルのがっこうぐらし!を見ることになったのかというと、これまた過去の因子が影響してくるわけですね。
GYAO!にはレビュー機能のようなものが付いており、私は時折、見る作品探しの一助にしていたのですが、その夏の新アニメであったこのがっこうぐらし!にも当然レビュー欄がありました。
1話公開当時はがっこうぐらし!という名前すら存じていなかったのですが、1話放送からややあって、めちゃめちゃ話題になっているという情報をキャッチします。ミーハーだった当時の糸瓜くんは、話題になっているともなると、まるで知らない作品でも興味が湧いてくるのでした。そこで私は、萌え萌えサムネイルに顔をしかめつつ、「こんな萌え萌えアニメ見るのは絶対キツいよなぁ~~」となりながらも、話題の真相を確かめるべくレビュー欄を覗きに行ってしまいます。
そのレビュー欄には「衝撃の展開!」や「ゾッとした」等々このビジュアルからは全く予想だにしていなかった文言が並んでいます。これらの言葉が、それまでの経験から培っていたホラーセンサー、シリアスセンサー、グロセンサーにビビっと引っかかり「この絵柄で?? 本当に???」と、ものすごく興味を呼び起こされてしまうわけですね。
直前に、ギャグのノリで取り入れたてーきゅうで、女の子しか登場しないアニメと出会って萌えアニメへの障壁がわずかに薄くなっていたことも視聴決定への足掛かりになりました。
そしてついに意を決して視聴したがっこうぐらし!第1話『はじまり』。
私には"萌え"に対する耐性があまりにもなさすぎた。
最初は本当に見ていられませんでした。OPは聞くに堪えず、思わず飛ばしてしまいました。
当時の私にとって、"萌え"は完全に未知の概念でした。
この頃の年齢になると、未知は、好奇心よりむしろ変化への恐れを引き起こします。自分の中で生まれゆく、未知の象徴たる"萌え"に対する初めての感情は、完全に恐怖の対象でしかなかったのです。
それでも、なんとか痛みを堪えながら1話の視聴を続けていくと、ラストでようやくレビューで見た言葉の意味を知ることになります。
ラストのシーンに辿り着くまで、ほとんどアニメ映像を直視することすら難しかったこともあり、それまでの各描写の違和感にもまるで気付いていなかったため、そのシーンになった瞬間、まるで脳天を強烈に殴打されたような衝撃を受けたことを覚えています。
えっ??? どういうこと??????
と、頭が真っ白になりました。そうして続きへの興味から、萌えに対する忌避はすっかり忘れ去り、続けて第2話、第3話と再生することになります。(アニメ開始からしばらくは最初の方の話をまとめて見ることができました)
その後も、毎話毎話「この先どうなっちゃうんだろう?」と続きが気になって気になってしょうがなく、数週間もすると毎週金曜日がすっかり待ち遠しくなっていました。(がっこうぐらし!は金曜正午更新でした)
6話公開時の半クール分追いつき一挙があれば見返し、12話直前の振り返り一挙があれば見返し、と何度も見ました。同じテレビアニメを複数回見るという行為も勿論初めての経験でした。
そんなこんなで迎えた2015年9月25日。
最終話『そつぎょう』。
糸瓜くん、号泣──────────。
初めてアニメを見ながら号泣しました。
そして、この時生まれたのです。今の私が。
最初は視聴にものすごく抵抗感を感じていたがっこうぐらし!ですが、今では本当に大好きで欠かすこのできない大切な作品として私の心に焼き付いています。もちろん同時に、当初は正気で聞いていられなかったOPテーマふ・れ・ん・ど・し・た・いも、一番好きなアニソンのひとつとして刻まれることとなります。
最終話を迎える頃になると、何度も見返したこともあり「萌えへの恐怖?? なんですかそれ??」というような感じになっており、全てのアニメに対する抵抗感が完全に消え去っていました。
そこから先は、ジャンル問わずどんなアニメでも見始めたら見通す、雑食アニメくんとして生きていくようになるわけですね。(雑食言うても結局萌えアニメが多い気がする……)ずっと本数はそんなに見ているわけではなく、狭く深く派ではありますが。
というわけで、以上が『オタクになったきっかけ』となります。
が、書きたいことがあるので、もうちっとだけ続くんじゃ。
がっこうぐらし!ショックからしばらく経って、また嗜好に少し変化が訪れます。
出会ったのが、2017年冬アニメが誇る傑作アニメーション。
そうです。けものフレンズですね。
これまた話題になっていたから見たクチですね。ミーハーがよ。
それまでも、GYAO!で配信されたNEW GAME!等女の子しか出てこないアニメも幾本か見ていましたが、このアニメ、何を間違ったかニコニコの一挙放送で見てしまったんですよね。
それがよくなかったですね。
ニコニコには動画だけでなくイラスト投稿のためのニコニコ静画というサービスがあるのですが、ここでけものフレンズ二次創作イラストレーションを漁ってしまったことで何かがおかしくなりました。
以前から実家には、青の祓魔師の奥村兄弟が仲良くしているアンソロジーとかが普通に目の届く場所に散乱していた(お姉様は夢女子かつ腐女子でした)こともあり、そういった性別を問わない関係性にも抵抗が薄かったのかもしれません。
ニコニコ静画にたくさんアップロードされるフレンズたちの可愛らしく尊いイラストを見ているうちに、ふいに風向きが変わっていたんですよね。
今の私の本棚に、女の子同士の関係性を描いた書籍がたくさん並んでいる(※ そうでない書籍もたくさんあります)のも元を辿ればこういった原体験があるからですね。
そして、けものフレンズを経た直後、ここで"運命"と出会います。
私と言えばこの作品、みたいなところもあるでしょうか。我らが香川県が舞台の変身ヒロインアニメ。
そうです。結城友奈は勇者であるですね。
このゆゆゆという作品シリーズが今の私の根幹をなしていると言っても過言ではないかもしれません。
シリーズ通して基本的に割と重い内容ではあるため、このシリーズの受容へと過去に得たシリアス消化酵素が活きてくるわけですね。
本放送は2014年のアニメなのに、どうしてこの時初めて見たのかと言うと、2017年当時、鷲尾須美の章が劇場公開される直前だったからです。
(こういう風に続編公開の前に振り返り配信をしてくれていたのもGYAO!のいいところですね)
初見時、かなり楽しくは見たものの、正直ここまでハマるとは全然思いもしませんでした。
運命が大きく動くのは2018年冬クールのことです。
ゆゆゆ2期たる鷲尾須美の章/勇者の章は2017年秋アニメなのですが、深夜アニメ過疎国香川では当然放送されていませんでした。
しかし、地元パワーで県内の地方局が放送権を獲得。1クール遅れの2018年冬アニメとして地上波で放送されることになったわけです。
当然視聴を開始します。上映している映画館が遠くて劇場公開当時、鷲尾須美の章を見に行くことができていなかったので、完全に初見です。
そこで浴びるのが、第4話『たましい』だったんですね。
またしても衝撃を受けました。
4話視聴後、気付いたらゲームアプリをインストールしていました。それまでもアプリの存在自体は知っていたのですが、ソシャゲへの忌避感情があったため触れることはなく、これが初めてのソシャゲ体験となります。
結城友奈は勇者である 花結いのきらめき、最高のゲームすぎる。
略称、ゆゆゆい。
毎週のように新規シナリオが更新されるめちゃめちゃ大ボリュームかつフルボイスのこのゲームに、私は虜となります。
アニメでは見られなかった様々なイベントやストーリーで世界観をどんどん補強するシナリオを次々と流し込まれ、1期時点ではそこまで刺さっていなかった私も、気付けば頭からつま先まで勇者部員となってしまっていました。
勇者部員となった私は、行動力が飛躍的に向上します。
同じ県内が舞台なんだから、こりゃもう行くしかない、と。
初めての聖地巡礼は2018年の花見の時期でした。
当時の私は体力がアホみたいにあったので、2日連続、往復100km超えも意に介せず、自転車で爆走していきました。(今の私がこれをやると確実に命が潰えます)
初めて訪れた坂出市及び観音寺市では「アニメで見た景色が目の前に広がっている!」と、本当に心が躍りに躍りました。
この時の経験が本当に本当に楽しくて、これ以降何度も聖地に足を運ぶこととなります。(直近だと先月とか)
そして、アプリに合わせてスピンオフ小説にも触れだします。
ここで出会うのが、乃木若葉は勇者であると、その登場キャラクターである、郡千景さんです。
『推し』という言葉はあまり好きではないので、使いたくはないのですが、他人の言う『最推し』に該当するキャラクターが彼女になると思います。
彼女と出会って以降、何かにつけては彼女に対して思いを馳せる時間が人生に発生するようになるわけですね。彼女の20歳のお誕生日祝いをしに行った話も、機会があればまたどこかでするかもしれません。
郡千景さんのどこが素晴らしいかをこの場でくどくどと書き連ねても構わないのですが、本題からズレるため割愛いたします。
代わりと言ってはなんですが、下記にお気に入りのゆゆゆいスチル絵をいくつか貼っておくので、ビジュから気になった人はゆゆゆいのゲームをするなり、乃木若葉は勇者であるを読むなりして、彼女のことを好きになってください。なんなら直接お貸しいたしますのでご興味の方は私にお声かけくださるようお願いいたします。
とまぁ、こんな感じでゆゆゆシリーズの沼へとどっぷりとつかってしまったわけですね。
さて、ゆゆゆにハマってしばらく経った、2019年1月27日。
そこで、人生初めての声優さんイベントに赴くこととなります。
そうです。讃州中学文化祭 in 観音寺市2 ですね。
市の公式イベなので、抽選応募無料、最初に市長が登壇して挨拶。
↑これすごい
と、いきなり驚くことだらけのイベントでした。
ゆゆゆ好きが高じて参加したイベントでしたが、「声優さんってすごいんだなぁ!」と思う原体験になります。
このイベントがマージで楽しかった。このイベント以降、ゆゆゆへの気持ちが更にこの上なく高まっていくこととなります。
まぁこうして、すっかりゆゆゆシリーズ大好きくんへと成長していったわけですね。
おかげさまで、ゆゆゆいには6桁ほどの愛をつぎ込むこととなり、我が家はゆゆゆグッズで溢れかえるようになってしまいました。ワハハ。
みなさんも先月発売されたCS版のゆゆゆいを、買ってくださいね。
観音寺帰りてぇ~~~~。
そんなこんなで、着々と本格的なオタクへとなってった感じです。
小学校以前とは異なり、家族の影響はほぼなく自ら選んで沈んでいったのが特徴ですね。
この頃から高校時代にかけて、他に、
ハイスクール・フリート
ヤマノススメ
となりの吸血鬼さん
少女終末旅行
宇宙よりも遠い場所
刀使ノ巫女
少女歌劇☆レヴュースタァライト
などなどの、今の私を形成する大切なアニメ作品たちと出会っていくわけです。(全部GYAO!経由。GYAO!様々ですね)
このあたりで、映画をひとりで見るようになったりもしています。
ひとり映画童貞を捨てたのは2017年12月24日のことです。作品は、ご注文はうさぎですか??~Dear my sister~、でした。これが現在の平均週1本以上は映画を見歩く映画狂への第一歩でしたね。
また同じ頃、今まさに興隆していかんとするVTuber文化にも出会います。五人揃って四天王~とかの時代ですね。
その頃見てたのは電脳少女シロちゃんでした。ニコ厨だったので普通にイルカアマゾンから入りましたね。未だに何かと賛否両論絶えないVTuber文化ですが、私は特に抵抗なく受け入れていた記憶があります。
当時は動画コンテンツのみ楽しんでいたのですが、現在主流となっている生配信を見始めるのはもう少し後で、2018年の秋頃となります。
授業の調べものでパソコンを使っていた折、調べものに飽きたので他の事を適当に調べていた時のことです。自分の誕生日で検索しては、他に誰の誕生日なんやろ~って見るのをたまにやってたのですが、その日検索したら、初めて見る名前があることに気付きます。
それが今でも見ているVTuberと、そのハコとの出会いですね。(知り合いに自分のコメント見られるのがこの世で一番恥ずかしいので、具体名はここでは書きません。ごめんね~)
まぁ今メインで見ているのは同じハコの違う方ではあるのですが、この出会いも今に大きく繋がっている事象ですね。
こんな感じで、本格的にオタクと化し、現在生きる私へと大きく舵を切った中高時代でした。
3. 大学、そして現在へ
さて、この項目では弊学に入って以後経験することとなった、声優文化研究会加入に至った経緯、好きな声優さんとの出会い、そして、キモオタだった私から如何にしてオタが抜け落ちてただのキモになってしまったのか、について語っていく……はずだったのですが、なんとここを書いている時点でもう既に〆切を大幅に過ぎてしまっているわけですね。カス先輩すぎる。
その辺りもちゃんと書くべきやろなぁ、という思いはあるため、なんと、なんとこの記事、なんと続きます。いえーい。
なんと続いてしまうんですね。かく言う私もなんとびっくりです。
前項までの文章で、一応この一連のマガジンの主旨たる『オタクになったきっかけ』については書けているはずなので、まぁこの辺で一旦置いてもいいでしょうと、そんな感じです。
というわけで、今回はこの辺りでお別れとなります。
冗長で面白みも特にないこんな駄文をここまで読んでくれた方(いる?)みんなありがとうね~。好き 好き 大好き~。
それでは、また次の記事でお会いしましょう。
そういえば、この一見謎のヘッダー画像の話をしていませんでした。これ、一昨々年撮った写真なので、その話もこの項目でやろうと思ってたんですけど、普通に書けませんでしたね。
次の記事まで、この写真の意味が一体全体なんなのか気になって夜しか眠れないようになっててください。
ほな
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