短編3.1 天体観測
「私、もういなくてもいいかなって。」
「そうか。」
「だから、死のうと思ってるのです。」
「いい事を教えよう。人は死ぬんだよ。お前が死のうとか言わなくても死ぬから、自ら死ぬ必要なんてないんだよ。」
そういうことじゃない。私は…。
「今、死にたいの!」
「もうひとつ教えよう、100年。100年なんて一瞬だ、今と言っても過言じゃない。」
マリアントンへ。こいつに相談した私がバカだった。いつも意味不明な理論をかざして宇宙規模くらいで話してくる。
目は細くて鋭いのに口元はヘラヘラしてる、けど、なにかの勝負事になると、もの凄い覇気を出す。
「じゃあね、ヤーマン。あなたじゃ話しにならない。」
「ちょっと待て。お前が何で死にたいのか理由を聞いてない。ここまで話したんだ、話せよ。」
これだ、この目。別に今は勝負事じゃないのに。
「なによ、急に。」私は正直、嬉しかった。真剣な悩みなのに、茶化すように相談したからヤーマンも少しふざけて返事していると思っていた。そうじゃない、ヤーマンははじめから真剣だ。
「この前、石巻のパン屋に行ってきて、凄く美味しかった。羨ましかった。ひとり。ひとりで全部やってて。スタッフいないの。凄くない!凄すぎじゃない!はこ。」
「興奮すんなよ、なにそれ。最後の“はこ”とか意味不明。“へそ”みたいな挨拶か。はこ。」
「ちょっと真似しないでよ!はこ。」
「真似じゃねーよ。はこ。」
「ちょっと…」私は吹き出した。お腹を抱えて笑った。私の悩みなんてどうでもいいくらい笑った。
「私ね、親に暴力受けてて、体中アザだらけ。恐いの。家に帰るのが。でも帰る場所なくて。」私は少し声が震えていた。
「うちこいよ。」ヤーマンは簡単に言う。
「弟がいるの。」
「弟も一緒にさ。」
「ううん、ダメ。迷惑かけちゃう。」
「迷惑って何しててもかかるんだけどな、その迷惑受け止めてやるよ。」
「バカ、ハゲ。かっこつけんな。」私は嬉しくて涙が出た。こんなまっすぐなやついるんだな。
「…泣きながら凄い悪口いうやつ。」
「でも大丈夫。決心ついたよ。あまり詳しく話せなくてごめんね、でもスッキリしたよ。」
「こういうのって、どう解決できるんだろうな。俺がもがいたところで結局お前にかえっていくだろうし。」ヤーマンは真剣に悩んでいた。
それだけで私は満足だった。いや、足もいらない、満かもしれない。
「嘘ぴょ~ん!騙されてやんの、嘘に決まってんじゃん。帰ろうっと。ヤーマンと話すの楽しい。じゃあね。バカな話しにつきあってくれてありがとう。」
「…今度、そのパン屋連れてけよ。」ヤーマンは怒るでもなく、笑うでもなく、ただ一点をみつめていた。
私は少し気まずいなと思いながら、その場を去った。
終わりにしよう。この世の始まりと終わりは何か。それは私が生まれてから死ぬまで。
あまりパラレル的な考えは好きじゃないけど、人それぞれの世界が複雑に交差して世界はつくられているのではないだろうか。
だから、人によって世界は少しずつ違う。私の世界線は最悪だ。
次の世界では楽しく生きられるかな。
気づくと私はアパートの屋上にいた。真っ赤に染まった両手も暗くてよくみえない。ごめんね、マモル。
私は空を見上げて、ヤーマンと話した事を思い出す。あんなに笑ったの久しぶりだったな、ありがとうヤーマン。
私は足をはずして、空を歩いた。一瞬。地面に落下するまでは一瞬なはずなのに、これまでの私の記憶が目の前を駆け巡る。
人の思想は光より速いのかもしれない。そう思った。記憶が過ぎ去り、目の前が暗くなると、一点の光が私を包んだ。最後ってこんな感じなんだ。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。