データ活用でマルチプロダクト戦略を推進するエクスパンションモデル
23年8月からSmartHRのデータアナリストとして働いている岡田(@taka_san_777)です。
前回のnote「新入社員から見た、今、SmartHRのデータ分析が面白い理由」ではSmartHRのデータ分析が面白い理由をご紹介しましたが、今回は私が取り組んでいる「マルチプロダクトにおけるエクスパンション推進」についてご紹介させていただきます。
また、引き続き、絶賛データアナリストの仲間を募集中ですので、SmartHRにおけるデータ分析のお仕事や面白さを少しでも知ってもらえると幸いです。
サマリ
結構、長文になってしまいましたので、最初にこのnoteのサマリを書きます。
マルチプロダクト化とエクスパンションを推進するメリットは、データを全てのプロダクトで分断することなく繋げられるため、顧客体験が良くなります。また、セールス・マーケティング活動を効率化できた分、プロダクト・サービスの価値向上に向けた投資をしやすくなり、中長期的により良い顧客体験を提供できるようになります。
エクスパンション機会を増やすには、①既存プロダクトの活用度を高めて顧客の定着数を増やしていく、②エクスパンション対象となる追加プロダクトの認知率(興味・関心も含む)を高めていく、ことが必要です。
SmartHRではエクスパンションを加速すべく、マーケティング組織内だけでなく、カスタマーサクセス組織、カスタマーセールス組織、プロダクト開発組織ともデータ活用などで連携の再構築を行っています(具体的な事例も本編でご紹介します)。
SmartHRでは一緒にデータを切り口として、組織の行動変容を起こし、仕組みの再構築に取り組んでくれるデータアナリストの方を募集中です。
それでは本編へどうぞー。
マルチプロダクトとエクスパンションの重要性
もともと人事・労務管理システムから始まったSmartHRですが、現在はマルチプロダクト戦略を掲げており、新たな領域としてタレントマネジメント領域のプロダクトをスピーディにリリースし、事業も急成長しています。
また、SmartHRは”労働にまつわる複雑な社会課題を解決する”ために、Nstock(株式報酬SaaS)、AIRVISA(外国籍従業員のオンライン在留資格管理・ビザ申請)、Smart相談室(法人向けオンライン対人支援サービス)、BYARD(業務プロセス設計SaaS)など、グループ会社による新規事業も積極的に展開しています。
自社サービスのマルチプロダクト化を進め、顧客に自社サービスの利用範囲を広げていただく(エクスパンション)メリットを簡単に説明します。
顧客視点
例えば、従業員マスタ管理、給与計算、勤怠管理、タレントマネジメントといった業務で全て異なるベンダーのプロダクトを使ったケースを考えます。
プロダクト間の従業員データが分断されているため、従業員マスタに変更があった場合、他のプロダクトの情報も一つずつ書き換える必要があり、不要な工数がかかってしまったり、ミスが発生しやすくなります。また、各プロダクトでUIが異なるため、使える状態になるまでの学習コストも高くなります。
これらの業務を全てSmartHR1社のプロダクトで行った場合、従業員データが全てのプロダクトで分断することなく繋がっているため、従業員マスタの変更さえすれば良いので、情報書き換えによる工数やミスが発生しません。プロダクトのUIや問い合わせ先も統一されるため、学習コストも下がります。
そのため、顧客は自身の事業を伸ばすために、よりクリティカルな業務に注力できますし、常に最新の事業情報を保てるので、リアルタイムな経営意思決定ができます。
つまり、SmartHRがマルチプロダクト化とエクスパンションを進めることで、顧客自身の事業サクセスにつながります。
サービス提供者視点
下の図は、米国VCのBessemer Venture Partnersが公開したものですが、同じ新規受注金額とエクスパンション(アップセル or クロスセル)受注金額を得るために必要なコストは、エクスパンション受注の方が新規受注の約1/4であることを示しています。
つまり、エクスパンション受注の方が新規受注よりも4倍効率的な活動ということです。
SmartHRがエクスパンションを推進することでセールス・マーケティング活動を効率化できるので、プロダクト・サービスの価値向上に向けた投資をしやすくなり、より良い顧客体験を提供できるようになると考えています。
エクスパンションの、もう一つのメリットとして、顧客の業務により広く、深く入り込むことができるので、リプレイスのスイッチングコストが上がり、解約率を下げる効果があります。利用する部署が増えると、一つの部署の意向だけで解約できず、部署間の調整が必要になってくるのが理由として挙げられます。
エクスパンション機会創出のモデル
マーケティングやカスタマーサクセスの書籍やWeb記事をいくつか読んだり、社内の人にヒアリングした結果、エクスパンション機会を決める主な因子としては以下の2つがある、という仮説に行きつきました。
プロダクトやブランドに対するロイヤルティ
アップセルやクロスセル対象となるプロダクトの追加ニーズ
それぞれの因子が、高い状態と低い状態における顧客の状況を示すと以下の図のように考えられます。
まず、既存プロダクトに対するロイヤルティは高いもののプロダクト追加のニーズがなければ、解約はしませんが、エクスパンションもしないでしょう。
逆に、プロダクト追加のニーズは高いが、既存プロダクトに対するロイヤルティが低ければ、顧客は他社のプロダクトで追加ニーズを満たそうと検討する可能性が高まります。そして最悪の場合、既存プロダクトも他社プロダクトにリプレイスされてしまいます。
そのため、エクスパンション機会を増やすためには、ロイヤルティと追加プロダクトのニーズの両方を高める必要があります。
エクスパンション機会創出のための主な因子を分解すると、下図のようなKSF(Key Success Factor)とKPIで表すことができます。
ロイヤルティ
専門的な見解とは異なるかもしれませんが、プロダクトやブランドに対するロイヤルティは「アウトカム」と「体験の満足度」に分解して考えています。
アウトカム
顧客が実際にプロダクトを使って目的とする結果(プロダクト価値)を得られたか。例えば、SmartHRの人事評価機能を使って、人事評価業務を完遂できたか。
一般的なKPIとしてはヘルススコアやプロダクト活用度といった指標が該当します。SmartHRではプロダクト活用度に加えて、プロダクト活用に至る一つ前のファネルである”実務を行うユーザーが各プロダクトに来訪してくれているか(活用の機運を高められているか)”といった指標もアウトカムの先行指標として追いかけています。
体験の満足度
アウトカムを得られるまでの体験満足度。例えば、SmartHRの人事評価機能を使って、人事評価業務を簡単に完遂できたか、カスタマーサクセスマネージャーやサポート窓口の対応は適切で満足できたか。
一般的な指標としてはNPSなどが該当します。SmartHRではNPSは重要な指標としてモニタリングしていますが、非常に複数の要因が関係する結果指標であるため、現時点ではNPS向上を狙った特定の施策は実施していません。
ロイヤルティについては、一部私の解釈を含みますが、以下の書籍を参考にしています。
プロダクト追加ニーズ
CS関連の書籍には、「顧客内でプロダクト活用が定着していれば、顧客と継続的なタッチポイントが持てるのでエクスパンションの機会は自ずと増える」といった話が良く出てきます。
これは間違いなく真実だと思いますが、マーケティング関連の書籍を読んだり、SmartHRユーザーの声を聴いていると、それだけではエクスパンション機会を創出していくには不十分だと気づきました。
それが、エクスパンション機会を決めるもう一つの因子である”プロダクト追加ニーズ”ですが、以下のように2つに分解して考えています。
追加プロダクトの認知
顧客が追加可能なプロダクトの存在を認知しているか、そのプロダクトが解決できる課題を認知しているか。広義に捉えると、プロダクトが解決できる課題を理解し、興味・関心を示しているか。
KPIとしては、契約済みの顧客における追加プロダクトの認知度(ebookをダウンロードした、セミナー参加した、特定のサイトページを閲覧した、カスタマーISが説明した、エクスパンション商談した、など)になります。
ただし、顧客とカスタマーインサイドセールス(カスタマーIS)との会話を数十件聴いて注意すべきだと思った点としては、一口に認知度と言ってもコンテンツやタッチポイントによって追加プロダクトに対する認知・興味度合いに差があったことです。例えば、SmartHRの基礎機能の活用セミナーに参加した顧客は、追加可能なプロダクトの存在はほとんど認知していませんでした。
そのため、タッチポイントとコンテンツによって追加プロダクトの認知度を数段階に分けた方が、有効な打ち手や予算計画の精度向上につながりやすいと思います。
顧客の事業環境
顧客の事業環境が、課題の種類や強さの起点となるため、エクスパンション機会にも大きな影響を与えます。例えば、事業拡大フェーズの顧客は人事労務の効率化に加えて、タレントマネジメントや申請・承認などのワークフローへのニーズが高まったりするでしょう。また、資格取得が必要な業種ではスキル管理に対するニーズが高いはずです。
ただし、これら顧客の事業環境はSmartHRがコントロールすることはできないので、KPIとは切り分けて考えた方が良いです。つまり、セールス観点で、どの顧客に対して、どのプロダクトを優先的に提案すべきかといったスコアリングや検知に使うまでにとどめた方が良いというのが私の見解です。
特に、追加プロダクトの認知の重要性については、「確率思考の戦略論」が大変参考になりました。
結局、エクスパンション機会を増やすには何を改善する必要があるのか?
まとめると、結局のところ、エクスパンション機会を自社努力で増やしていくためには、以下2つの活動に集約されると考えています。
既存プロダクトの活用度を高めて、顧客の定着数を増やしていく。
エクスパンション対象となる追加プロダクトの認知率(興味・関心も含む)を高めていく。
1つ強調したいのは、これらの活動はエクスパンション機会を”増やすことができる”点です。
AI活用の話で「どの顧客がクロスセル・アップセルしやすいのか予測してエクスパンション受注数を増やしたい」という話題を良く聞きますが、これで分かることはエクスパンション受注率の高い顧客ということです。
つまり、受注率の高いと予測された顧客に提案することで、提案数に対する受注率は上がると思いますが、全体のエクスパンション受注数の総量が増えるわけではありません。
もちろん、効率性の改善も大事ですが、SmartHRのような組織・事業ともに急成長するスケールアップ企業においては、エクスパンション機会を増やしていくことも非常に重要であると考えています。
元プロ野球選手のイチローさんも「打率よりもヒット数の方が大切である」と考えていたそうです。
エクスパンション機会を増やしていくために、データアナリストとしても上記モデル式の2つの変数(プロダクト活用と追加プロダクトの認知)について、以下を見極める必要があります。
どこに伸び代があるのか?
上記2点が増えない要因は何か?、その要因を取り除く打ち手はあるのか?
“コンビニの父”と称される元株式会社セブン&アイ・ホールディングスCEOだった鈴木敏文さんもPOSが導入された時に「売れ筋を見るな。売れていない死に筋商品を見極めて、それの対策を打て。」と言っていたそうです。
データ活用によって改善を促進することはできるのか?
スコアリングや検知に限らず、複数の組織間で施策を協働しやすくするためのデータ活用なども含みます。
エクスパンションモデルを軸に取り組んでいること
SmartHRで実際に取り組んでいる事例をいくつかご紹介します。
さらなるマルチプロダクト化を見据えたエクスパンションKPIのアップデートと定量的な仮説検証
ここまで書いてきた”エクスパンション機会創出のモデル”は、SmartHRの中ではあくまで仮説段階だったため、定量的な検証を行いました。
また、SmartHRには既に「プロダクト活用」や「追加プロダクトの認知度」を示す指標としてヘルススコアや契約済み顧客に対するMQLといったものは存在していましたが、プロダクトを切り分けた概念は存在せず、シングルプロダクトを前提とした指標になっていたので、さらなるマルチプロダクト化を見据えた定義にアップデートしました。
そして、定量検証では、仮説通り「プロダクト活用」と「追加プロダクトの認知度」が高い顧客ほどエクスパンション商談の機会を得られる確率が高いという結果が得られました(下の図で色が濃いセグメントほどエクスパンション商談の機会を得られる確率が高い)。
ちなみに、この取り組みは、指標をゼロから作り直したわけではなく、先人が既にきちんと定義してくれていたものをマルチプロダクト化に合わせた形でアップデートした点、他のアナリティクスメンバーが構築してくれたプロダクトカットで見れるデータマート基盤があったからこそ定量化できた点から、まさに巨人の肩に乗らせてもらった事例です(大感謝❤️)。
顧客とのタッチポイント体験向上(Product Led Growth事例)
「プロダクト活用」と「追加プロダクトの認知度」を向上させるために、プロダクト内での顧客とのタッチポイント体験の改善に取り組んでいます。
具体的には、顧客にとって必要な情報を過不足なく届けられるように、顧客の状態に合わせて、コンテンツリストを出し分けられるような仕組みをKARTE(株式会社プレイド)を活用して作りました。
検証の結果、これまでの通知よりもクリック率が大幅に向上しました。KARTEはローコードで設定ができたため、エンジニアによる開発工数はほとんどかからず、実装期間も非常に短かったです。
これは、マーケティング施策担当者やPMのリードのもと、アナリティクスメンバーが直接データ活用に携わった施策事例です。
現状は比較的シンプルなロジックで表示コンテンツを出し分けているので、今後はプロダクト活用度に応じた表示切り替えを行い、ユーザーにとってより有益な情報を届けられる体験作りにチャレンジしたいです。
ユーザーコミュニティ(PARK)のグロースとエクスパンション促進
SmartHRでは「PARK」というユーザーコミュニティを運営しているのですが、データ活用によってPARKの成長を促進し、それによってエクスパンション機会も増やしていきたいと考えています。
具体的なデータ活用としては下図の通りです。
ユーザーの状態を可視化するダッシュボードによって、PARK運営側がPARK登録者の状態を把握しやすくなります。
PARK運営側が登録者の状態に合わせた最適なコンテンツを届けることで、登録者はPARKにより早く馴染みやすくなりますし、それによってプロダクトへの定着率も向上します。
また、運営側が登壇・取材企画に合った登録者を見つけやすくなり、登壇・取材コンテンツ数を増やしやすくなります。
それによって、SmartHRファンのコンテンツを他の顧客や新規リードにも届けられる機会が増え、プロダクト活用度や追加プロダクトの認知度向上につながります。
その結果、エクスパンション機会や新規の受注数が増え、コミュニティも成長していくという流れが作れると考えています。
顧客のプロダクト活用度を使ったカスタマーセールスの提案の質向上
これは狙っていた動きでは全くなかったのですが、カスタマーセールスチームの方が自主的に取り組んだ事例です。
具体的には、エクスパンション商談時の提案内容を顧客のプロダクト活用状況に合わせて、適したプランを提案するというものです。
また、契約済みの機能について、もっと活用の余地がある場合、活用方法も合わせて提案しており、セールスチームがカスタマーサクセスマネージャー(以下、CSM)の役割も果たしているのだと関心しました。
プロダクト活用度改善に向けたマーケティングとCSMの活動をデータで繋げる
SmartHRでは、マーケティング組織の中にも1:N施策によって顧客のプロダクト活用を促進するチームがいるのですが、顧客の企業規模が一定の大きさ以上になると、マーケティング活動だけではプロダクト活用仕切る部分まで伴走することが難しいのではないかと思っています(あくまで個人の感想です)。
そこで、マーケティング施策(例えば、イベント・セミナーなど)によってプロダクト活用に向けて動機づけされた顧客をCSMにきちんと共有し、CSMにプロダクト活用仕切る部分まで伴走してもらうスキームが作れないか模索中です。
顧客体験の観点からもマーケティングとCSMとの間で体験の分断が生じなくなるのでメリットがあると考えています。
SmartHRではデータアナリストを募集中です!!
SmartHR CEOの芹澤さんのnote「SmartHRという「スケールアップ企業」について 〜スタートアップにも大企業にもなれないわたしたち〜」でも書かかれている通り、SmartHRはスケールアップ企業として、大きな組織になっても急成長し続けるための仕組みづくりが必要なタイミングです。
我々データアナリストも蓄積したデータを事業成長にどのように活用していくか、ますます求められているフェーズです。
マルチプロダクト化を推進していくにあたり、個々の組織だけにデータを閉じるのではなく、データを共通言語として、組織と組織を繋げて事業により大きな動きを作り出していくような役割をデータアナリティクス組織として担っていきたいと思っています。
現在、データアナリストを絶賛募集中ですので、データ活用に関するイシューを一緒に作り、「あーでもない、こーでもない」と試行錯誤しながら、SmartHRのデータ分析を一緒に盛り上げていきませんか!
チームの雰囲気や、どういうバックグラウンドを持ったメンバーが在籍しているか、などの質問にもお答えできますので、「とりあえずカジュアル面談してみたい!」という方がいらっしゃいましたら、お気軽に以下のリンクからお申し込みください。
X(旧ツイッター)に私のアカウント(@taka_san_777)もありますので、DMいただいても大丈夫です!
インタビューnote「「データから戦略を立てる」SmartHRマーケのデータアナリストの働き方」にSmartHRのデータアナリストがどんなことを大事にしているか、なども書いていますので、ご参考ください。
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