断崖絶壁
梅雨が明けて久しぶりの晴れ間、暇すぎて昼で仕事場を追い出され半休になった。溜めていた録画でも見ようかと思ったら、電話が鳴る。
「アオイ、私、結婚することになったの。隠してたけど、お腹に赤ちゃんが居てね、もう3か月も過ぎてて、いつ言おうか悩んでたんだけどね、今日彼と一緒に籍を入れてきたの。」
と言い出した。
「……おめでとう。ちょっと驚きすぎて、そうなんだ。良かったね」
「母子手帳ってどこでもらうの?」
「ちょっと待っててね。あ、アオイ。またかけるね!じゃあね」
ドキッとした。今、聞こえた声はまぎれもなくアイツだ。これは、すなわちアイツがお父さんになる。アイツが完全にユミの物となり、ユミがアイツの物となるのだ。また2人は、同じ空間から私に電話をかけてきたのか。
私とアイツは、高校3年生からずっと付き合っていた。この人とそのまま結婚するんだろうな。と、さえ思っていた。クラスメイトだったユミも交えて、3人でよくご飯にも行ったっけ。一緒に住む日を夢見てがむしゃらに働いていた20歳のある日、突然別れを告げられた。
「アオイ、最近忙しくて会えてないじゃん。休みの日も合わせてくれないし。俺さ、そういう気の使えない可愛げのない女ちょっと。」
「そんな言い方しないの! ちゃんとアオイに謝りなよ」
突然の話に驚く私に追い打ちをかけたのは、その場にユミの声もしたからだ。
「え?ユミがそこにいるの。2人で居るの?」
「いや、あの、相談とかに乗ってもらってたんだよ」
「どうして急に。とりあえず、会って話そうよ」
「もう、無理なんだって。ごめん」
電話を切った後、ユミからはラインがたくさん届いていた。彼女は真面目だから、浮気なんてしないだろう。でも休みを合わせてくれる女、いつでも話を聞いてくれる優しい女、それはユミだ。私の代わりに、一緒の時を過ごしていたのはユミだ。
連絡を無視して1月経った頃、
「私達、付き合うね。アオイとも会いたいな」
なんて来ていたけど、私はそれも無視していた。
あれから3年か。こんな気持ちの時に相談できる友達は、リアルには居ない。Twitterを開いて、
「失恋した時ってみんなどうするの?」
とつぶやいてみる。すると、すぐにリプが届いた。
「彼氏いたっけ?」
「失恋と言えば海。海に向かって叫びましょう。」
「海は危険ですよ。断崖絶壁は特にやめよう!僕は、今からなら会えますけど?よかったら話聞くよ?」
クソみたい。どうするか聞いただけで自殺の話なんて誰もしてないし、これを面白いと思って顔も知らない相手に送ってくるやつはどんな顔なんだろうか。プロフを見に行ったら、『優しいおじさんです』の一言。出会い坊の変態野郎だろうか?鬱陶しい。
日焼け止めをたっぷり塗って、午後のまぶしい外を歩きながら空いた電車に乗った。私はまだ23歳。世の中で言えば、これから誰かと出会い結婚するにしても遅くない年齢だろう。でも、クソみたいなおじさんに時間を割いている時間はない。
昔のことを思い出して電車に揺られる。海なんていつぶりだろうか? アイツは海が嫌いだった。だから、私も何年も来ていない。アイツは、家で過ごすことが好きだった。だから、デートも家で我慢していた。なのに、ユミを連れて遊園地に行ったと聞いた。ユミと一緒に、海外旅行へも行ったと。私は、外へ連れていきたいと思えるほど可愛い彼女じゃなかっただけなんだ。
電車の窓ガラスに映る私。ツンとした顔で愛想はないけれど、けしてブサイクではないし大人っぽい態度が好きだって、高校生の頃言ってくれたのに。ケンカするたびに、
「可愛げのない女代表だな」
とアイツが言った。ユミは、ケンカしたら何て言われるのだろうか?
高校時代を共に過ごした時、3人で遊んでいた時、ユミはもしかしたらアイツのことを好きだったのかもしれない。浮いた話のない彼女を心配していたけれど、もしかしたらずっとアイツを好きだったのか……。
電車を降りて、海へ沈む真っ赤な夕日を眺めながら久しぶりに泣いた。海、思ってたより遠かったな。キラキラ光るシーグラスを拾い上げ、夕日にを透かして見る。
「誰かに捨てられたゴミでも、こんなに綺麗になるんだ」
窓から見える景色は夜の海を過ぎ、帰宅ラッシュでどんどん込み合う電車に揺られている。
「こんなに人間が居るんだから、親友も彼氏もこれからまた作ればいっか」
Twitterへ最高に綺麗な夕焼けの写真を投稿した。
【妄想ショートショート部】
今週のテーマは、「夜の海」「親友」 でした。
毎週お題を決めて、ショートショートを投稿しています。
珠玉のメンバーが妄想をぶちまけているのでお楽しみください。
【メンバー】
ダラ
https://note.com/daramam
たね
https://note.com/cherry_seeds
チホケスタ
https://note.com/chihokesta
ハンプティ
https://note.com/humptyonthewall