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暗号資産。

その頃、東京は下町、雑居ビルの界隈ではあることで盛り上がっていた。
「Xさんのビットコインは俺が貰う。今回こそこれでパスワードがとける!」
Xさんとは雑居ビル界隈を仕切っている好々爺。酒と煙草が好きで金持ちだ。息子二人は海外で生活をしている。
山本紘一は自称何でも屋、家電製品の点検と修理依頼、介護関係の書類作成、司法書士の資格も持っているから色々している。彼も雑居ビルの住人で二つの住居を借りていて一つが事務所で一つが家だ。
家の方には家出からもう五年も帰らない北国出身の美しい女の子が紘一の身の回りの世話をしている。女の子はいまだに本名を名乗らない。名前を検索されたら親に連れ戻されると思っているらしい。紘一は彼女の名を好きな名前の玲子と呼び、仕方なく世話をしてもらっていた。玲子は紘一に体で払うと言って誘ったがロリコンでもないし、万が一そちらの仕事に就いてもらっても困るからホームレスから戸籍を買って、彼女を定時制の高校に通わせていた。真面目には通っていた。
それ以外は家事労働と買い物、近所づきあいときちんとしていた。東京は幼い子供と成人が明らかに身内でもないのに住んでいても気にしない土地だ。
玲子は紘一が有限会社で借金することなく仕事をこなしているのをずっと見ていて、
「紘一さんのお嫁さんになる。18過ぎたら本名とどこから来たか言うわ。」
そう言って紘一を惑わせた。紘一は普通に恋愛もするが30代半ば、自分の仕事で東京で生きられたらいいと思っていたから玲子のことはいつか去ってもらうつもりだった。
紘一は吉原に幼馴染が高級コールガールとして勤めていたのにかなり絶望してからは4年間、セックスはよそのラブホで風俗嬢を抱いていた。
玲子に欲情しないわけではないが、ダメダメと言い聞かせてまあ今は仕事と思い生きていた。
Xさんのビットコインの件が持ち上がったのはつい三か月前だ。
Xさんは独学で仮想通貨を初めて、8年前にそのもうけが100億を超えた。そういう話はすぐに伝わる。そして三か月前、そのうちの80億は現金として口座に入れたが残りの20億の暗証番号を失念してしまった。
Xさんは近所、とはいっても周囲三十件くらいにそれを伝えて、
「暗証番号を当てたら9割はあげる。当選金として税金はこちらが立て替える。」
と、言ったのだ。
それに周囲は飛びついた。
アル中の旦那にあきれて風俗とパチンコ屋で働く熟した30代人妻、大学五年生でそろそろ親から見捨てられそうな九州から来た身体だけは大きい男、
元警官だが下着ドロボーで首になった警備員とか、様々な人間がその暗証番号解読に飛びついた。
Xさんは、一応色々ヒントをくれた。
亡くなった妻の誕生日、結婚記念日、息子たちの居住住所とかだ。だが、三か月皆は雲をつかむような話に段々疲れてきたが一人だけ執念深いのがいた。
瀬戸内から逃げるように上京して風俗ライターとして生きているKだ。
ちなみに先述の人妻を風俗に紹介したのもKだ。その前にきちんと味見もしている。かなりだらしない男だ。見た目はそれなりにさわやかだがとにかく下品の塊だ。だが、そんなKも脇と手首に剃刀の傷がある。
多分自殺未遂を繰り返した末の今なのであろう。どこ出身かは言わない。方言もない、必死に隠しているのだろう。
そのKと紘一は話が合ってよく飲む。お互いフリーで仕事をしているようなものだから気が合う部分がある。
Kは紘一の事情を知っているから玲子の件は一切触れないのだ。下品の塊だが一線は越えない。結構人情家である。

Kは三か月の間に50回はXさんの所に行って暗証番号を試した。全部失敗したが。
Xさんも少しは焦っている。あと二週間で期限が来るからだ。
紘一は午後、少し東京の北の方で遺品整理の仕事の仲介をした時、職場に戻る時、ふとある数字が浮かんだ。遺品の中に何かヒントがあったのか、
紘一はXさんの所に行ってふと耳元で囁いた。

暗証番号が一致した。

Xさんは派手に喜ぶとばれるから少し小踊りしてからすぐに現金化して、紘一のスマホのオンラインバンクに振り込んでくれた。

その金額、18億千五百万円。紘一はあまりのことに自分でもわからなかった。

Xさんは明日には発表するから玲子ちゃんと銀座にでも行って高級なものでも食べなさいと現金でも300万くれた。
本当の金持ちは払いがいい。これを言って自分を殺して奪ったりしないと確信しているからKに伝えて、玲子と三人で銀座にドレスコードをそろえて高級な寿司と最高級カラオケルームではじけて次の日の朝に帰宅した。

Kは、
「俺はさあ、こうちゃんならいいんだ。俺なんかどうせぼろ雑巾みたいに死ぬ身だからね。玲子ちゃんと一緒にこの地を去りなよ。彼女は明日卒業式だぜ。」
つい一週間前、あの高級すしから一月経った時にKに言われて確かに玲子は戸籍上は18歳を超える。
それで悶々といしていたのだ。会社はたたむつもりだった。資金もあるし、実は沖縄移住が夢だった紘一はネット経由で二億の家を買っていた。

夕方の卒業式には出席した。そして、玲子が、帰宅したら家出当時から持っていたナップサックから学生証を取り出した。

本名は片岡裕子、2004年生まれ、本籍地は山形。両親とも死去。今の2022年に確かに成人したのだ。

紘一は戸籍の復活と以前の玲子戸籍を抹消してから、片岡裕子と結婚した。

裕子は一途だった。真面目だったし、何より紘一だけが全てだったからだ。

二人は新婚旅行にシンガポールに一週間行ってからそのまま沖縄に移住した。

ハネムーンベイビーですぐに女子が生まれた。眼がぱっちりした可愛い赤ん坊だ。年子で次は男の子が生まれた。

2024年現在、裕子は次の子供を欲しがったが紘一は沖縄で始めたツアーガイドの多国籍版の会社の立ち上げに協力してから最近は忙しかった。
オリオンビールは美味く、海葡萄、テビチ、ちゃんぷるとうまいものだらけ、紘一は二年で五キロ太った。

元々英語にはたけていた男、色々な国籍の人間と上手くやっていた。

そこに、月一でメールはしていた東京のKが遊びに来た。
Kはすっかり筋肉がつき、バイトのAV男優はやめて、たまたま書いた小説がエンタメの登竜門である賞をとったために今はすっかり売れっ子作家だ。

二年で30万部、電子と紙で本を売った。
Kは自分の地元がY県だとやっと明かして獺祭を持ってきてくれた。
実家と仲直りできたらしい。
すっかりいいお母さんになった裕子に感心して、あんまり邪魔にならないように二日だけ泊まってあとは那覇市の高級ホテルで執筆と取材を兼ねてひと月こもるという。
その経費は大手出版社持ちだ。景気のいい会社である。

Kは、
「Xさんに一度だけ尋ねたことがある。暗証番号は誰が言うかで初めから知ってたんでしょ?」って。

その時、Xさんは笑みを浮かべるだけでそれ以上は何も言わなかった。それからひと月も立たずにXさんは長男の住む米国に移住した。雑居ビルは大手ゼネコンに売ったが条件を付けた。
「再開発は5年は待つこと。」
Kはその件を言いたかったのだ。色々思い出も人生もある雑居ビル、皆はまだ住んでいる人が多い。
K自身は世田谷の賃貸マンションに引っ越ししていた。
「俺はさあ、下品極まりない通俗作家になっちまったけど。あんたが困ったらいつでも駆けつける。それが俺の約束だ。絶対に守るよ。」

Kはいい笑顔をして去っていった。
紘一と裕子は日常に戻った。

沖縄は穏やかだ。なんくるないさ。


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