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雨の駅で

「雨の駅で」

それは、雨の降る静かな午後のことだった。小さな地方の駅のホームで、あかりは次の電車を待っていた。傘を持たずに出かけたのを後悔しながら、屋根の下で雨音に耳を澄ませていた。濡れた石畳に反射する光が、ぼんやりと景色を揺らしている。

あかりが目を閉じて雨音に身を任せていると、ふと、隣に人影を感じた。ゆっくりと顔を上げると、そこには、見覚えのある青年が立っていた。背が高く、落ち着いた雰囲気を纏ったその男は、あかりの元同級生、修一だった。

「あかり…?」

修一もまた、あかりに気づいた様子で驚いている。二人は高校を卒業して以来、会っていなかった。いつもグループの中心にいたあかりとは違い、修一は静かで目立たない存在だった。あの頃、二人は同じクラスにいながら、ほとんど話したことがなかった。

「久しぶり、修一くん。」あかりは微笑んだ。だが、内心は戸惑っていた。どうしてこの駅で、今、彼に会うのだろう。

「本当に久しぶりだね。こんなところで会うなんて、偶然だね。」修一も少し照れくさそうに笑った。

雨はまだ降り続けている。二人はしばらくの間、ぎこちない沈黙を共有したが、やがて修一が口を開いた。

「君も電車待ち?どこに行くの?」

「うん、次の街まで。でも、特に用事があるわけじゃないんだ。ただ、何となく…。」

あかりは、理由のない旅に出た自分を説明するように、言葉を濁した。最近の生活に少し疲れを感じていた。仕事に追われ、夢中になれることもなく、ただ毎日が過ぎていく。それに耐えられなくなって、ふらりと出かけたのだ。

「僕もだよ。なんとなく、ここまで来てしまった。」

修一の言葉に、あかりは驚いた。彼もまた、どこか迷っているように見えた。目の奥に、かつての彼とは違う寂しさが宿っていた。

「君は変わらないね、あかり。高校の頃、いつも楽しそうにしてたから、今も変わらず元気にしてるんだろうと思ってたよ。」

その言葉に、あかりは苦笑いを浮かべた。あの頃の自分は、無邪気に振る舞っていただけだ。外から見れば明るく見えたかもしれないが、実際は不安や孤独を抱えていた。

「そうでもないよ。今は…まあ、いろいろあってね。」

雨の音が二人の会話を包み込んでいた。ふと、修一がポケットから小さな折り畳み傘を取り出した。

「一緒に入るかい?駅の外までなら、傘があれば少しは濡れないから。」

あかりは頷き、修一の差し出した傘に入った。二人は肩を並べて歩き出した。傘の下、ほんの少しの距離しかない。雨音が少し遠くに感じられ、静けさが広がる。

「高校の頃、僕、君に話しかけたかったんだ。でも、どうしても勇気が出なかった。」

修一の告白に、あかりは驚いた。彼がそんなことを思っていたとは知らなかった。

「そうだったんだ。私も…修一くんのこと、気にはなってたけど、なんだか近寄りがたい雰囲気があったんだよね。」

二人は顔を見合わせて、少し笑った。時間が経っても、こうして素直に話せるのは、雨のせいかもしれない。いや、再会のせいだろうか。

駅の外に出ると、修一は傘を閉じ、あかりを見つめた。

「また会えるかな?」

「うん、今度はもっと話そう。」

彼の笑顔は、昔とは違う穏やかさに満ちていた。

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