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ワン・アワー・ライティング「私はあなただけを見つめる」
むしむしと熱い気候と曇天に一人、ショートカットに黒髪の、チューリップのアプリケットが刺繍されたお店のエプロンが似合う若い女性が汗を流している。
ここの商店街は大型スーパーの無計画な開発と撤退によって、シャッター通りとなってしまった。ただ、鮮やかな花を携えた「生花店」だけはいつもと同じように、緩やかに時が動いているように営業していた。
「姉ちゃん。やってる?」
「えぇ、やってますよ!」
彼女がよく聞いたことのある声に反応し、汗をぬぐって顔を上げてにっこりと出迎える。声をかけた男は背丈が高く、明るい笑顔だった。そして金髪ウルフカット、いかにもヤンチャそうな格好にちょっと不似合いなソケット型の古びたネックレスを着けていた。
「いつものでいいですか?」
男はハイっす、と礼儀正しくお辞儀した。そそくさと彼女は店の中に入り、手慣れた手つきで一輪の花を男に渡す。しっかりと彼の手を握りながら。
「アザス、いやあ今日もこの日が来ちまうと、ちょっと沈んだ気分になるもんです。しかもこの天気ときたら!」「泣き言を呟くと彼女さん泣いちゃいますよ」「ははっ、ちげえねえや。悪い悪い。」
受け取った花に謝るように語りかけながら、男はごそごそとポケットをまさぐった。お金が渡される、そして彼の手が離れる。軽い会話に、いつもの調子。このやり取りを続けて何年になるだろう?そう思いつつも笑顔は絶やさず彼女は。
「じゃ、また来年。続けて下さいよ、生花店」
「ふふ、もちろん!また、来年またここで」
小さげに手を振って、せめて気丈に振舞った。彼が去っていく。心と天気が一緒になっていく感じがした。手を伸ばす、深呼吸する。心に亀裂が入りそうになる。今日こそは、今年こそは、言わなければ。私は。
「どこにも行かないで」
そんなこと、言えなかった。彼には…彼女が居たのだ。だから、私という存在が奪うわけにはいかない。ぎゅうっと汗を拭いたタオルを顔に押し付ける。まだふわりとしている。私の心と一緒になって、これから萎むのだ。
遠くなっていく彼に預けた向日葵は、私の方を見向きもしなかった。