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審判の判決書

令和2年3月 判決日

愛する娘達を連れ去られて約5ヶ月近く経とうとしていた。

結審を経てから判決が出るまでに1ヶ月半程かかり、コロナの中で娘は大丈夫なのかと心配をしながら1日1日が過ぎ去るのを耐えている状態だった。

本来判決文は裁判所から送達される物だが僕は待てなくてウズウズしていたので家庭裁判所に直に取りに行く選択をした。

とはいえ厳しい審判だったのは百も承知で裁判所に向かう車中では娘達の好きなGLAYの歌を聴きながら溜め息ばかりついたり内心は諦めムードだった。

裁判所に着いて受付にて判決文を発行してもらった。

僕は判決文に目をやりながら事務員さんの説明や署名、捺印をした。

「この判決文の最後のページに判決が書かれているのだろうな…」

そして僕は事務員の方にこう尋ねた。

「ではこれからどのような流れになるのでしょうか…?」

この時僕は負け確定と思って出た言葉だった。

即時抗告の案内をされると思ったから…しかし事務員さんから出た言葉は

「そうですね。今回申し立てが許容されましたので相手方の即時抗告をされるか待ってみて…」

え? 今何て言ったのだ? 申し立てが許容された?

申立人って僕だよね?

判決文の最後に書いてあると思ったのだが表紙に目をやるとこう記載されていた。

未成年者らの監護者をいずれも申立人と定める

相手方は、申立人に対し、未成年者らを引き渡せ

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その時僕の中に長女が面談の時に書いた文が頭にフラッシュバックする。

「パパに会いたい すぐ会いたい」

そこからは泣きそうな顔で事務員さんの話を聴いていた。おそらく相当酷い顔だったかのように思う。

僕は判決文を受け取りすぐさま車の中で判決文の中身を確認した。

「なぜ僕が勝てたんだ?何が決め手となったんだ?」

判決文から僕は娘達の愛情に助けられたのかと愕然とした。

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僅か8歳の長女と4歳の次女の僕側に対する想いが裁判官の気持ちを動かしたのかと思いっきり泣いた。

声を上げて思いっきり泣いた。

本当にありがとう…本当にありがとう…

そしてこの日パパは審判に勝つ事ができた。

              つづく

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