「マイ・フェア・レディ」11月17日マチネ
2回目の観劇。
今回も初日に引き続き「朝夏まなと―別所哲也―寺西拓人」組です。
ただしキャスト表は撮影して来ませんでした。・・・・・だって初日と同じだからw
初日は「前回とは違うなぁ」とは感じたのですが、前回初めて朝夏まなとイライザから受けた感動は甦らずと少し寂しかったりしたのですが・・・・・
この17日は素晴らしい舞台でした。
やっていることは同じようでも、舞台の中のやり取りは変化していくもので、ラストシーンの感動で涙が・・・・・・
やっぱり舞台は生き物ですね。
あと、恋愛的要素を強くしたという演出変更も効いているかも知れません。
この日は初見の人を連れて行っていたのですが、やはりラストシーンで思わず涙を拭っているのも目にして、良い観劇に招待できたのだなぁ、と安心したりして。
ここから先は多分にネタバレ的要素を語っていきますので
以前に「ピグマリオン」でヒギンズ教授の言う「階級の間に作り出された溝を言葉などの教育を通して埋めるのだ」と言う場面。一幕のラストです。
「そのために彼女と正面から向き合い努力してきた。それは個人の尊厳や相手への思いやりなくして到底やり遂げられるものではない」
とヒギンズ教授は思わず本音を漏らしているのですが、映画ではこの後姿を現したイライザと腕組みするシーンが「階級の間の垣根」が取り払われた瞬間という象徴的場面に見えて感動しますが、舞台だとここはちょっとサラリと流れそうな場面なんですよね。
何と言っても、舞踏会がどうなるのか気が気でないピカリングと、虚勢を張っているけれどイライザがうまく出来るのか気が気でないヒギンズ。結局は心配でしょうがないヒギンズが、慌てて気付けのワインをこっそり飲むコントラストが面白くて、この貴重な吐露が曖昧にされてしまうのです(それも意図的なのかも知れませんが)。
そう、階級の間に横たわる「言葉」に象徴される垣根を取り払うことに成功したはずのイライザとヒギンズ教授ですが、この身分的・階級的序列が二人の中で取り払われてしまうと、今度はその言葉によってスレ違い続け、本当の気持ちを伝え合うことが出来なくなる・・・・・・「これでは逆だぞ」とジャベールの台詞が頭に浮かびます(あ、関係ない話題を突っ込んでしまった)。
お互いに分かり合えそうなのに、言葉をぶつけ合うことで溝が出来ていく・・・・・
ラストで切々と心情を独白していく場面は、心に響きます。
だからこそ、最後に訪れる救済に感動してしまう。
バーナード・ショーの意図と関係なく、「良かった」と感動してしまう。
素敵な素敵な舞台でした。
来週は「寺脇康文―神田沙也加―前山剛久」組も観る予定です。
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